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act15 思い出と彼女を置き去りにして



 家を飛び出して大通りに出てからタクシーに乗り込む。そこから走らせる事三十分で俺が降り立ったのは、以前俺が彼に話し合いの場所として連れられた丘の上にあるあの家だった。


 普段は誰も住んでいないと聞いていた家を見ると、やはり明かりが付いているのが確認できた。彼の自宅やナオトさんのバーに行かなくても、彼がここにいる事は分かっていた。自宅に来た時点で彼の様子はおかしかったのだ。そんな彼があの後まともに帰るはずが無い。


 「って、俺は宇佐美の彼女かよ」

 ブツブツ呟きながら門に手を掛ける。本来ならば常識に則って家主の了解を得てから入るべきなのだが、今はそんな事をする必要は無い。そのまま門を通り抜けて、玄関の扉をゆっくり開けて中へ入った。

 「……無用心」

 家の中は確かに電気がついているのに、まったくと言っていいほど人の気配がしなかった。そんな中、俺はただ廊下を歩いてリビングへと進んだ。

 リビングの前で足を止めると、目の前には以前来た時と変わらずたくさんの写真が飾られている。そして、その写真の前にある木製の大きな椅子に座っている彼の後姿があった。


 「不法侵入者、発見」


 彼はそう呟いたが、こちらを振り返ることも無くずっと俺に背を向け続けている。俺の存在に気が付いているのに、それでもここに俺がいる事を認識しようとはしていない。俺はそんな彼に近付いて彼の前方に回ると、ただ呆然と座っていた彼はやっと俺の姿をその目に映した。それでも……どこを見ている?

 「やぁ……」

 何か疲れきった表情の彼からは、いつもの余裕さは感じられなかった。

 「宇佐美、お前……」

 「君は本当に凄いよね。すぐに俺の居場所を掴んでは、こうしてやって来るんだから」

 いつもの彼ならこういう事は小馬鹿にした様に言うのだが、今日の彼からは本当に驚いた様子が見られた。それほどまで苦しいのか? 苦しいのにどうしてイギリスに行くなんて事決めてしまったのか。


 「宇佐美、イギリスに行くなよ」

 この一言に彼の眉がピクリと反応して、視線だけをこちらに移す。イギリスなんて行かないで、お前が彼女の事を守らないといけないじゃないか。俺なんかに任せるなんて本当は嫌なくせに。そんな死んだような顔を見せるくらいなら、ずっと……彼女が嫌がるまで傍にいてやればいいんだ。


 そうだろ? そうじゃないなら、お前がイギリスに行くのは……


 「イギリスに行かないで、ずっと夏海の傍に? それじゃあ、俺はもっと苦しくなるよ」

 やはり留学目的じゃないんだな、今回の渡英は。だいたいの見当は付いている。恐らく彼女が原因の大半を占めているに違いないが、それならつじつまが合わなくなってしまう。彼女が原因でイギリスに行くのに、彼は彼女に一緒に行こうと誘っていた。彼女が行かない事を寂しげに答えていたのに、日本で一緒にいるのは自分を苦しめると言っている。

 宇佐美……お前、自分が何を言っているのかも分からないくらい状態まで来ているのか? 自分の言動をコントロールできないくらい、お前の精神は壊れかけているのか?

 「今、ちょっと俺のことおかしくなったとか思っていない?」

 ククっと笑い声がするので逸らしていた視線を彼に戻すと、怪しげな笑みを見せている。もしかして、またからかわれていた?

 「馬鹿にして……」

 「そんな事無いよ。むしろ当たっているかもね」

 嘘じゃない? それならやはり彼は……

 「夏海がこの手に戻ってきたらそれで終わりじゃない。むしろこれからが辛いんだ」

 ――――? ずっと好きだった彼女と想いが通じ合ったのに、これから何が辛いというんだ?


 「想いが通じても、今の俺は夏海の傍にはいられないんだ」

 そこには過去にさかのぼる彼の苦しみが纏わりついていた。彼の口から出てくる話は、俺が知っている“遊び人・宇佐美琉依”からは考えられないくらい闇に包まれたもので、中には思わず耳を塞ぎたくなる物もあった。


 「だから、今のまま夏海の傍にいると俺は自分が壊れてしまうんだ。それに、ここは思い出が詰まり過ぎているしね」

 自分がいなくなる事で、そのまま別離を切り出されても仕方が無い……そう呟く彼。誰よりも彼女を幸せにしたいと思っているのに、それが叶わない。だから彼は彼女の元から去る事を決めたんだ。

 「こんな事、君にだけ押し付けてごめんね。でも、あいつら……特に夏海には留学とこのまま偽り続けて欲しい」

 そう言って頭を下げる彼にこれ以上何を言う事があるだろうか。その頼みを承諾した俺に、彼は安心したのか穏やかな笑みを見せていた。




 そんな笑みを見せた彼はこの数日後、イギリスへと旅立った。



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