act13 それぞれの夢へ
あれほど両親に反抗してみたものの、やはり少しは力を借りないといけなかった。しかし、これでも父からの申し出はかなり断ったくらいだった。実際、父の力を借りたのは一つ。知り合いの弁護士を紹介してもらい、勉強を見てもらってアドバイスを頂く事だった。
そして、休日の昼間もこうして相手の自宅にお邪魔していた。
「ごめんなさい。ちょっと用事で外出していますので、こちらでお待ち下さいね」
羽山弁護士のお嬢さん、紘佳さんはそう言うと応接室へと案内してくれた。彼女は聖南学院の近くにある香学館大学の文学部に在籍している一つ年下の女性だ。何度かこちらにお邪魔すると、羽山先生を待つ間にこういう話もしたりする。
「それで、いかがですか? 法学部に編入して今から勉強し直すのも大変ですよね」
「そうだね。でも自分で決めた事だから、どんな事があってもくじけず頑張るよ」
借りていた資料と彼女を交互に見ながら笑って答えていると、玄関の方から慌しく足音が聞こえてきた。
「やぁ、悪かったね。急に依頼人から連絡があって」
「いえ、とんでもないです。こちらこそお忙しいのに、いつもお邪魔してばかりで」
いやいやと笑いながらソファに掛けた羽山先生は俺にも座るよう勧めると、そこから世間話を続ける事も無く勉強の時間は始まった。せっかく時間を割いてくれているのだから、俺はその貴重な時間を無駄にする訳にはいかないのだ。
それにしても、あれだけ両親(特に父)に反抗していたのにいざとなるとやはり父の力は必要になっている。父が羽山先生を紹介してくれなければ、俺はこうして専門の知識を深く勉強する事は出来なかったのだ。そう思うとやはり……
「まだ、人形から卒業できていないのかもな……」
「えっ?」
勉強を終え、玄関先でボソッと呟いた俺の言葉に、紘佳さんは俺の顔を覗いてきた。
「いえ、何でもないです。それじゃあ、ありがとうございました」
足早にその場を後にして、門の前で深くため息をついた。父の力は自分が思っていたよりも大きく、そして頼りになるもので今の俺にはそれを受け入れずに済む……という訳にはいかない事が思い知らされた。ありがたいと思いつつも、できるだけそれに頼らないようにしなければ。
「ほら! 一球一球ボールを見ろよ!」
自宅に向かっている途中、ふと広場の方を見るとそこには休日を有意義に過ごす人々でいっぱいだった。家族で楽しんでいたり、野球をしている子供たち、そしてそんな子供たちと一緒になって叫んでいる……
「一ノ瀬?」
思わずフェンスに手を掛けて声をかけると、一ノ瀬はこっちに気付くと傍に居た子供に何かを伝えてこっちへやって来た。
「あっれ〜、尚弥? こんな所で何してんの?」
「いや、一ノ瀬こそここで何してるんだよ」
お互い意外な場所で意外な人物と会った為か、同じ様な質問しか出来なかった。
「いや俺はね、休日になるとここでクソガキ共に野球を教えてやっているのですよ」
そう言うと、持っていたバットで懸命に練習をしている子供たちを指していた。そして、またそんな子供たちに向かって叫ぶと、子供たちはさらに一生懸命に練習していた。
「俺は、この近くにある父の知り合いの弁護士の家で勉強していたんだよ」
「あぁ、そういえば尚弥は弁護士になりたいんだっけ。この間蓮子から聞いたよ」
先日、大学の図書館で調べ物をしていた時に倉田や萩原、そして彼女に確か話したっけ。
「あっら? 尚弥じゃない!」
「え? えっ、萩原?」
萩原は持っていたタオルを一ノ瀬に押し付けて、子供たちの方へ彼を突き飛ばした。
「萩原も来てたの?」
「そうなのよ、渉がねお前も汗をかけ〜ってうるさくて仕方なく」
そう言う割にはあまり嫌そうな素振りを見せていないのは気のせいだろうか?
「介護士の勉強の方はどう?」
「大変よ〜。実習続きで、クタクタなのに帰ったらレポートの作成でしょ? 休む暇もないわ。尚弥はどう? 弁護士なんて私よりも大変なんじゃないかしら」
「大変だよ。けど、今まで自分に甘えていたツケだからね、頑張りますよ」
こうして二人きりで萩原と話すのは初めてのような気がする。いつもは一緒に一ノ瀬がいるからなぁ……。そんな彼は、再び子供たちへの野球のコーチに戻っていた。
「一ノ瀬は将来何になりたいんだ?」
何となく萩原は一ノ瀬の事を一番知っていそうな気がしたので、とりあえず聞いてみると萩原は
「渉はね、体育教師になりたいの。それで、運動がてら休日にはこうして子供たちに野球やサッカーも教えたりしているのよ」
そう言って立ち上がると、萩原は一ノ瀬達がいる方へと歩いていった。運動ついでに来ている一ノ瀬も、それに仕方なく付き合っている萩原も俺から見ると二人の表情はとても活き活きしていて楽しそうだった。
そう思っていると携帯の着信音が聞こえてきた。急いでバッグから取り出すと、液晶には“自宅”の二文字が表示されていた。
「はい?」
「もしもし、あなたにねお客様がいらしているのよ」
客? 今日はそんな約束なんか誰ともしていないのに……と言うか、母から電話なんて初めてじゃないだろうか? 今日は何だか初めてのことばかりだな。
「客って名前はなんていうの?」
……
母の口から来客者の名前を聞いた途端、俺は慌てて一ノ瀬達に声を掛けるとすぐに自宅へと向かった。




