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act12 人形から人間へ




 今朝早くに東條から呼び出されて行った大学の喫茶店での出来事を、帰宅した今でもずっと頭から離れられないでいた。


 宇佐美がイギリスへ行く事……それもあるけれど、やはり彼が彼女への気持ちを偽りも無く俺に告白した事に少しだったがショックを受けていた。わかっていた事だったけれども、それでもやはり面と向かって言われると

 「落ち込みますよ……」

 そう呟きながらだらけていた俺の横には、数冊の資料が積んであった。

 彼女への気持ちにばかり構っていられるほど余裕は無い。将来について何も決まっていない俺にはするべき事はたくさんある。これまでずっとそう思っていた。

 こういう事なら、勝手に父が自分の力で決めて話を持ってくるが、それに頼る事だけは絶対避けたかった。もう自分は彼らの人形じゃ無いのだから。

 「だからと言って、この職業はケンカを売っているとしか思えないよな」

 資料をペラペラめくっては笑いながら呟く。それでもまあ決めた事だと、決意して立ち上がり部屋を後に居間へと向かった。


 「父さん、話があるんだ」

 居間で母と一緒にニュースを見ていた父は、ゆっくりと俺の方を見ると無言でソファに座るようにと顔で指示した。

 「俺、弁護士になりたいんだ」

 「な、何だと!?」

 俺が言い終わった途端、父さんは驚きの表情を隠す事も無く叫んだ。その横では母が見ていたニュースを消して一緒に話を聞き始めた。

 「お前はどこまで私の顔に泥を塗るつもりなんだ。お前は私の言うとおりに跡を継いで検事になればいいのだ。無駄な事は考える必要は無い」

 無意味な事はするな。相変わらず成長していないんだね、父さん。自分たちの意見ばかりを押し付けて、息子の話を聞こうともしなければ信じようともしない。そうやってあなた達は人形のように俺を操っていたんだ。

 「もう、いいだろ父さん。そろそろ俺を人形から人間に戻せよ」

 「尚弥……」

 母さんが俺の名前を最後に呼んだのはいつだったかな、そう思うくらい久しぶりに感じた。名前を呼ばれた事、たったそれだけの事でも俺にとっては嬉しかった。人形ではなく、人間と認識されていると思えるから。そんな当たり前の事が、俺にはこれまで僅かな回数しかなかったのだ。

 「今まで俺は父さん達の敷いてきたレールの上を歩いてきたよ。それはまだ俺が父さん達にとって、まだ認められていないからと思ってしてきた事なんだ」

 「その通りだ。これからもお前は私達の言う通りにすればいいのだ。そうすればお前の将来は約束されたようなものだからな」

 お互い自分の意見を曲げようとしない、そんな所は本当に親子らしいよ。でも、いつもなら自分の言いたい事だけ言ってはすぐにその場を去る父が、今日はずっとそこにいて俺と向き合っている。父の言う事は別として、それでもちゃんとした親子ケンカらしくなっている。今まで出来なかった周りの家庭では当たり前の事がやっと出来たのだ。

 「やっと俺にもやりたい事が出来たんだ。俺はどうしてもそれがやりたい」

 法学部に編入して弁護士の勉強をする、それが自分で切り開いていく俺の将来への第一歩。これだけはどんなに反対されても貫き通したい。


 「いいんじゃないですか?」

 その時、ずっと俺と父のやり取りを黙って聞いていた母が口を開いた。

 「薫子、お前……」

 「いいんじゃないですか? この子がここまであなたに逆らったのは初めてじゃないですか。私達もこの子を自由にしてあげましょうよ」

 淡々と話す母の表情からどこか清々しさが感じられた。今まで俺に対して無関心で、いつも父の後ろで頷いていただけの母がこうして父に意見をするのは初めてだった。

 「母さん……」

 「やってみなさいよ、尚弥。そして、私達を驚かせてごらんなさい」

 次々と話す母に俺だけではなく父もまた驚いていたのか、ただ呆然と聞いていた。

 「ねぇ、あなた?」

 「尚弥もだが、お前も私に意見したのは珍しいからな」

 父はゆっくり立ち上がって居間を出ようとしたが、その場で一旦立ち止まると

 「好きにやってみろ。ただし、後悔しても知らんからな」

 そう言うと、こちらを見ることも無く父はそのまま書斎へと去っていった。誰もいない居間の出入り口に向け、俺は“ありがとう”の気持ちを十分に込めて深く頭を下げた。


 初めて親に反抗するほどやりたいと思った事、中途半端で終わらせるわけにはいかない。

 人形ではなく人間として、今度こそ自分の未来を自分自身の手で切り開いていくんだ。


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