act11 彼のけじめのつけ方
昨夜、彼の異変に気付いてやれば少しでも違う結果となっていただろうか。翌日の昼休み、晴れ渡る青空の下でランチを楽しんでいた俺達に舞い込んできたのは、国際学部のエリート宇佐美琉依の退学ニュースだった。
「嘘でしょ!? あの琉依に限ってそんな事……」
東條が声を荒げている中ふと隣を見ると、顔色が蒼ざめて立ち尽くす彼女の姿があった。彼女も知らなかった? どんな事でも彼女には話していると思っていたのに、これを知らせていなかったのは彼女と関係している事なのか。
「俺が行って来るよ」
動揺してなかなか国際学部棟へ足が動かない彼女を一ノ瀬に託して国際学部棟へと向かった。
「なんだと? 槻岡も知らなかったのか?」
勧められるままソファに座ると、向井教授はコーヒーを差し出してそう言いながら座った。
「それにしても浅井君。君はいつの間に、宇佐美や槻岡と知り合ったのだ?」
「あっ、それは色々ありまして……」
教授の何気ない質問に、今はいちいち丁寧に答えている暇は無い。
「先日、事務所にやって来たかと思うと一通の封筒を置いて行ったそうだ。事務員が中身を見ると、退学届のみが入っていたそうだ」
いつの間に彼はそんな事をしていたのだろうか……。
「退学理由は?」
「それが何も書かれていないんだよ。だから受理できずにそのままにしているのだよ。宇佐美は休学したままで、自宅に電話を掛けても留守だし、ご両親は海外にいらっしゃるからな」
正直、俺は他のみんなと違って彼との付き合いは浅いから彼の行きそうな所など知る筈も無い。彼がいなくなって驚きはしたが、それほど悲しむなど動揺する事も無かった。
しかし、彼女のあんな不安に満ちた表情を見たくないが為にこうしてやって来ただけ……
「退学の理由を知れば、宇佐美の退学を受理なさるおつもりですか?」
いっその事、そうなってしまえばいい。宇佐美がいなくなってしまえば、俺は救われる。
けれど……?
彼女の心は救われない。
自分の中で様々な思いが駆け巡っていた。自分の為に彼は居なくなればいいという思いと、彼女の為に彼は居なければならないという思い。結局、自分はどうしたらいいのか。
「理由を聞けば認めなければならないが、私たちとしては出来るだけ彼を引き止めたいのだよ」
槻岡サンと同じく彼もまた国際学部のエリートだから、大学側もそう簡単に手放したくないらしい。しかし特別扱いもそう出来ず、一週間という期限を設けて彼自身が直接大学へ来て退学を取り消したら復学が認められるらしい。しかし、それでも彼が退学を主張した場合はそれも認めざるを得ない。
「……という訳で、宇佐美の退学は保留という形になっているんだって」
向井教授から聞いた事を、広場で待っていたみんなに伝えた。しかし、今までそんな素振りを見せなかった彼の突然の行動に、そんな簡単な情報ではやはり誰も納得していなかった。
俺はなぜ彼が彼女にも黙ってこんな事をしたのか、彼の目的が知りたかった。おそらく最後に彼と一緒に居たのは俺だし、あの時少しでもそんな素振りを見抜けなかったのかと思うと後悔の念ばかりが出てくる。
「何だか、午後からは講義に出る気分になれないわね。あたしは帰るわ」
手早くその場に広げられていたランチの後片付けを済ませると、東條は荷物を持って帰っていった。そんな東條に続いて一ノ瀬や萩原、後を追うように倉田が去っていった。その場に残されたのは俺と……彼女の二人。
何て声を掛けてやればいいのかわからず、何となく気まずい空気が漂う中、先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「本当にバカだよね。みんなにも黙って退学しようとするなんて」
無理に笑顔を作りながら話す彼女は、見ていてとても痛々しかった。メンバーの中で誰よりも一番彼と付き合いが長い分、彼らよりも受けたショックは大きいはずだ。
「帰ろうか」
そう言うと、彼女はその場をゆっくりと去っていった。寂しく歩く彼女の後を追いかけて一緒についていてやりたいと思っていても、体がそれを許さなかった。
肝心な時に限って、俺は何も出来ないでいるんだ。そんな所は、まったく変わっちゃいない。