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act10 闇に包まれし彼のココロ

 綺麗な顔立ちと、モデル並みのスタイルを兼ね備える彼は大学の中でも外でも、噂は絶えなかった。でも、それは女遊びの激しさや彼自身のルックスのことばかり。だから、誰も知らない……おそらく彼女も。


 彼が狂気を常に隠し持っていることを……





 俺の携帯にかけてきた時からずっとそこにいたのかと思うと、階段を降りる足取りも重くなってくる。そこからずっと部屋にいた俺を見ていた? 仮面の下の冷ややかな笑みを見せながら。


 ガチャ


 ゆっくり玄関のドアを開けて門の方を見ると……

 「えっ!? 35歳? 見えないなぁ。俺と同じくらいかと思っちゃったよ」

 「やっだぁ! お上手なんだからぁ」

 ……。目の前では、たまたま通りかかった近所に住む奥さんを口説いている最中の、それこそ俺がよく知っている彼の姿があった。そんな彼を見ていると、さっきまでのやり取りがまるで嘘みたいに思えてしまう。

 「あぁ、残念。友達が来てしまったから、また今度ね」

 呆然と立ち尽くしている俺の姿を確認した彼はそう言うと、別れ際に軽く奥さんにキスをした。突然の彼のスキンシップ、そしてそれを俺に見られた事など喜びや驚きで混乱した彼女は驚くほどの早さでその場から去って行った。そんな彼女を笑顔で見送っていたが、その後こちらを振り向いた彼の表情は

 「やぁ、待っていたよ」

 仮面を完全に取り除いた、敵意をむき出しにした宇佐美琉依そのものだった。



 “ここで話すのも何だから、ちょっとドライブしましょ”


 そう言われるまま車に乗ってから三十分くらい走っているが、その間ずっと車中では重い沈黙が続いていた。


 「着いたよ」

 そう言って彼が車を止めたのは、海が見渡せる丘の上に建てられた人気の無い一軒の家の前だった。彼に続いて車から降りると、促されるままその家の中へと入っていった。誰も住んでいない家の中は、意外と綺麗に片付いており埃一つ見当たらなかった。

 「適当に座ってて」

 そう言うと彼はキッチンへと足を向け、何やら音を立てながら作業を始めた。そんな彼を確認した後、言われるままにソファに腰を下ろした。

 彼が戻るのを待ちながら辺りを見回すと、幼い子供から大人の写真が所狭しと飾っており壁には全身が写った……彼のポスター?

 「ナルシストにも程がある」

 ここがどこだか分からないが、恥ずかしげも無くこんな物を貼っているなんてやはりある意味、彼は大物なんだろう。彼に聞こえないよう呟き、再び写真に目が移った。笑顔の絶えない写真をよく見ると、それらは全て彼と彼女の写真。

 「いい写りでしょ?」

 そう言いながら彼は持ってきたコーヒーを俺の前に置き、壁の方へと歩いてポスターに触れた。

 “そっちかよ!”

 そんなツッコミも飲み込んで何度か頷く俺を彼は笑顔で見ていた。

 「ここは、宇佐美の別宅か?」

 「違うよ。ここは俺にとって大切な人の家なんだ」

 彼女? いや、彼女の家は先程行ったばかりだからよく覚えている。彼でも彼女でもない家に何故二人の写真が飾っているのか。

 「此処こそ、俺と夏海の絆が生まれた場所なんだ」

 そう口を開くと、再びこちらへ戻ってきた。ソファに座った時の彼の表情は、俺の家で見たものに変わっていて明らかに敵意を感じた。


 「槻岡サンとの絆、絆って言うけれど、宇佐美は彼女の事を愛しているのか?」

 以前、同じ様な質問をした時の彼の答えは、彼女は姉のような妹のような存在であり、恋愛感情の有無については曖昧な返事をしていた。今度もまた、以前と同じ事を言うのか? それとも……

 「夏海は俺にとって何よりも大切な存在なんだ。ずっと傍にいて守り抜くと、ある人と約束したからね」

 「ある人? 誰の事だ?」

 「ある人だよ」

 彼のきつい口調から、そこまで君に言う必要は無いという態度が伝わってきた。

 「絆というもので、宇佐美は彼女を束縛していると思わないか?」

 「思うよ。だって本当に束縛しているから」

 妖艶な笑みを浮かべて俺を見ながら彼は続けた。

 「高月賢一と付き合っていた時は、本当に参ってしまったよ。夏海があんなに夢中になるとは思わなかったからね」

 傍にあった煙草に火をつけて吸うと、彼はゆっくりと煙を吐き出した。

 「あんな馬鹿な男……傷付く前に無理にでも引き離しておけばよかった」

 灰皿に煙草を押しつぶした後、写真の彼女に目を移している彼。傷付けていいのは自分だけだと言っているような表情を見せながら。


 「馬鹿だね、宇佐美は。俺にそんな本音をさらけ出して、槻岡サンにばれたらどうするんだ?」

 ふと出た俺の言葉にゆっくりと視線を戻した彼は、少し考えた様さっきまでの冷ややかな態度から一変して寂しげな表情を見せていた。

 「ホント、俺も馬鹿だね。こんな事言わなければ、夏海にも一生ばれないって保証出来たのに君にわざわざ言うなんて」

 片手で顔を覆いながら彼は笑って答えた。指の間から見えた瞳は寂しさを訴えている様な気がしたのは気のせいだろうか。

 「でも……」

 覆っていた手をどけると、彼はゆっくりと話し始めた。

 「誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。そして、俺の馬鹿な暴走を止めて欲しかったのかも」

 その“誰か”が東條や一ノ瀬でもなく、たまたま知り合った俺だという事に疑問があったが、寂しげな表情を浮かべて話す彼には聞く事が出来なかった。

 「狂っているよ、宇佐美」

 そんな彼に言ってやれた言葉は、素直に思った事だった。素直に言ってやったほうが、彼の為にもなる。彼女の為にという目的で行ってきたこれまでの事は、彼の狂気を生み出す結果となり、今ではそれが彼自身をも苦しめている。それに気付いていても、彼はまた彼女の為にと同じ事を繰り返していく。

 「狂っている……か。いつからこんな風になってしまったんだろうな」

 しかし、そう呟く彼からはこれまでの事を後悔している様子は見受けられなかった。

 「このまま狂いきってしまわない為に、何とかしたんだから。それまでに夏海にばれない様にしないとね」

 そう言った時の彼の顔は、先程までの寂しげなものから吹っ切れた様子を見せていた。それがどういう意味を示していたのか、この時の俺はまだ理解できなかった。彼なりに悩み抜いた末に起こした行動が、周りの人間たちに衝撃を与えた上に彼女にある決断を与えるきっかけへと繋がり……



 彼は後悔する結果となってしまった。



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