【三題噺】運命に踊らされるように。
「私、運命に選ばれたの」
彼女はくるりと回ってそう笑った。
真っ白なワンピースが風をはらんで翻る。
「また神様?」
うんざりと僕は眉根をよせた。
それを気にすることなく彼女は満面の笑みで頷く。
彼女は神を信じている。
信仰するのは個人の勝手だし、口を挟むことではない。
でも、この頃は「お告げ」なんて胡散臭い言葉を口にすることが増えた。
「運命って、王子様でも見つかったわけ?」
「そんなんじゃないよ」
茶化してみれば、彼女はむぅっと頬を膨らませた。
それからふっと優しい目をする。
「私の未来が決まったってこと」
肩口に揃えられた黒髪がさわさわとなびく。
そのせいで彼女のよく表情が見えない。
でも、なぜか唐突に苛立ちが募った。
「神様のお告げなんて、聞くなよ」
「でも、私は神様を信じてるから」
彼女の静かな声に余計に腹がたった。
すべて受け入れたような瞳に叫ぶ。
「神様神様って、あいつが何をしてくれたんだよっ!いつだって僕たちから奪っていくだけじゃないかっ!」
怒りをぶつけてから、あぁと思う。
僕は怒ってるわけじゃなくて、不安なんだ。
急速に冷えていく頭がそう結論を出す。
彼女があんまりにも神を信じるから、彼女が神に連れ去られていきそうだから。
「神様にやきもちを妬いてるの?」
彼女がくすりと笑った。
僕は返事が出来ずに、ただ俯く。
大丈夫よ、と彼女は言った。
「私は神様と同じくらい、私の未来を信じてるから」
僕の言葉を待たずに、彼女は軽やかな足どりで駆けて行ってしまう。
白いワンピースが遠くなるのを僕はただ見つめることしかできなかった。
翌日、彼女が死んでいるのが見つかった。
赤いワンピース姿で、教会の中で倒れていたそうだ。
傍らには林檎。
彼女が好きだったお伽話に似ていると思った。
毒林檎と姫の物語。
でも、そう思うと同時に感じた。
これは紛れもなく現実だと。
彼女は生き返らない。生き返りはしない。
「これが運命」
呟いた声は教会の天井に消えた。
僕は知っている。
昨日、彼女が白いワンピースを着ていたこと。
昨日の僕が教会に彼女を呼び出したこと。
僕の部屋に赤いナイフがあること。
みんな知っている。
「神様、僕は」
毒林檎はかじられないまま。
姫の命を始めに狙ったのは誰?
「僕はあなたになりたかった」
涙が一つ零れ落ちた。
彼女の信じた未来はもう来ない。
僕も彼女も運命に捕われたまま。
そのまま静かに幕は下りる。
さようならお姫様。さようなら神様。
三題噺として書きました。
林檎、運命、未来。