表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死にたがりの輪曲

作者: 宮村 鴻

どんづまりに暗い話です。鬱々<うつうつ>してます。

何の救いもありません。

ご注意あれ。


登場人物


俺(斉藤): 死にたがり

ひより  : 友人


 世界が、急に色を無くした。

 赤、青、黄色、全ての色が視界から消え失せて、俺はただただ息を呑んだ。


「……ぁ、」


 目を開けたそこは真っ白い天井。消毒液の匂い? 薬の匂い。不気味と静まっている廊下。


(病院……?)


 呆然と瞬きを繰り返し、はっきりしない頭で何かを考えた。

 でも、何を考えていたのだろうか。

 頭をよぎる”なにか”は遠すぎて、意識でとらえることができない。


「……んん」


 自分以外の声。聞こえた方に目をやると、えらくくたびれたスーツの男が見舞客用のパイプ椅子に腰掛け、腕を組んで目を閉じていた。


「ひよ、り」


 絞り出した声は掠れ、耳障りだ。喉が焼けるように熱い。

 ひより。……可哀想な俺の同級生。お人好しだから、優しいからこんなのの世話を押し付けられるんだよ。

 馬鹿な男。

 俺のことなんか、見殺しにしてくれよ。できるのならば、お前の手にかかって死にたい。


「ひより、おれを、……殺して」

「やだよ」


 ……起きて、いやがったのか。

 もう一度目を向けると、腕は組んだまましっかりと目を開き、ひよりは俺を見ていた。


「起きたなら言えよ」


 呆れたように立ち上がり、俺の頭上の辺りで手を動かした。ナースコールでも押したんだろう。


「俺に殺して欲しいんなら、自殺なんてやめろよ……」


 そう言うひよりの声は少し震えている。ほら、俺はお前の害にしかならない。


「自殺じゃあないよ。……眠れなくって、気持ち悪かったんだ」


 医者にもらった睡眠薬をアルコールで流し込んで、布団に潜り込んだ。その結果がこれだ。

 くすんだ世界。壊れたテレビジョンのようにノイズがそこここに。……あぁ、お前の顔がよく見えない。


「ひより、俺、おかしいかな?」


 おかしい、と、異常だと、言ってもらいたかった。口汚く罵って欲しい。それだけで、俺は、幸せな気分になれる。綺麗なお前のナカを汚しているみたいだ。


「お前は、……」

「斉藤さん! 気分はどうですか?」


 がらり、スライド式の扉が開く。

 ひよりが口をつぐんでしまった。

 年若いナースをそれとなく睨む。俺と、ひよりの時間をつぶした腹いせだ。


「…………」

「斉藤さん?」

「答えてやれよ」


 無言を突き通す俺をたしなめるひよりの声。

 おろおろと俺の顔を覗き込むナースがうざい。


「…………最悪」

「っ!? まだ気持ち悪いですか?」


 慌てるナースにひよりは溜め息を一つ。


「看護婦さん。こいつはいつもこんな感じですよ。さっきから話してますが、吐き気も無いようですし、きっと起きたばかりで機嫌が悪いんです」


 だから気にしないでください、とよそゆきの顔でひよりが言う。真面目そうなひよりが言うのだ。ナースは安心したように頭を下げて、また来ます、と告げ、病室を出た。


「余計なこと言うなよ」

「お前こそ、ああいう言い方はどうかと思うぞ」


 感情が、荒れる。

 ここにいるのが、ひよりでなければ―例えば、さっきのナースであったら―俺はこの部屋の窓から飛び降りただろう。

 自殺志願者なんてもんじゃない。衝動が抑えきれないだけだ。

 自分の体を虐め抜いて、ココロもカラダもボロボロにしたくて。


「あ、ぁ、……死にたい」

「冗談。まだ言うか」

「今の睡眠薬ってね。大量に飲み過ぎても死なないように調整されているんだよ」

「そんな情報いらない」


 また、溜め息。それはひよりを一層くたびれさせる。


「見捨てて。どこかへ行ってしまえよ」

「……そうもいかないだろう。お前、危なっかしいんだよ」

「ひよりはさ、捨て猫とか拾っちゃうタイプだよね」


 困ったなぁ、なんて言いながら、きっと死ぬまで面倒みてしまうんだ。死んだら、きっと泣いてくれるのだろう。

 お前の綺麗な涙が、俺の亡骸に落ちる。

 その様を想像して俺は一人ほくそ笑んだ。


「なに笑ってんだ気持ち悪い」

「ふふ、もっと言って」

「……馬鹿」


 あぁ、お前の傍はなんて気持ちがいいんだろう。

 早く死んでしまわなくては。

 お前の人生をこれ以上、壊してしまうことはできない。


「ごめんね」

「何がだ。そう思うんだったらしっかり生きろ」


 さぁ、次が最後だ。

 大丈夫。お前には分からないように死んでいくから。

 ごめんね。今まですごく迷惑をかけた。


 手紙を書くよ。

 遠くに行くから、もう会えないと。向こうで元気にやっていくから、お前は心配しなくていいと。


 あぁ、ありがとう。大事な君。


 どうかどうか、俺のことなど忘れて、幸せに……――――――。


「なに泣いてんだ」

「え? ……あ、あぁ。生きてて良かったなぁ、と」

「当たり前だ」


 君に出会えた幸せを胸に抱いて、俺は笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ