死にたがりの輪曲
どんづまりに暗い話です。鬱々<うつうつ>してます。
何の救いもありません。
ご注意あれ。
登場人物
俺(斉藤): 死にたがり
ひより : 友人
世界が、急に色を無くした。
赤、青、黄色、全ての色が視界から消え失せて、俺はただただ息を呑んだ。
「……ぁ、」
目を開けたそこは真っ白い天井。消毒液の匂い? 薬の匂い。不気味と静まっている廊下。
(病院……?)
呆然と瞬きを繰り返し、はっきりしない頭で何かを考えた。
でも、何を考えていたのだろうか。
頭をよぎる”なにか”は遠すぎて、意識でとらえることができない。
「……んん」
自分以外の声。聞こえた方に目をやると、えらくくたびれたスーツの男が見舞客用のパイプ椅子に腰掛け、腕を組んで目を閉じていた。
「ひよ、り」
絞り出した声は掠れ、耳障りだ。喉が焼けるように熱い。
ひより。……可哀想な俺の同級生。お人好しだから、優しいからこんなのの世話を押し付けられるんだよ。
馬鹿な男。
俺のことなんか、見殺しにしてくれよ。できるのならば、お前の手にかかって死にたい。
「ひより、おれを、……殺して」
「やだよ」
……起きて、いやがったのか。
もう一度目を向けると、腕は組んだまましっかりと目を開き、ひよりは俺を見ていた。
「起きたなら言えよ」
呆れたように立ち上がり、俺の頭上の辺りで手を動かした。ナースコールでも押したんだろう。
「俺に殺して欲しいんなら、自殺なんてやめろよ……」
そう言うひよりの声は少し震えている。ほら、俺はお前の害にしかならない。
「自殺じゃあないよ。……眠れなくって、気持ち悪かったんだ」
医者にもらった睡眠薬をアルコールで流し込んで、布団に潜り込んだ。その結果がこれだ。
くすんだ世界。壊れたテレビジョンのようにノイズがそこここに。……あぁ、お前の顔がよく見えない。
「ひより、俺、おかしいかな?」
おかしい、と、異常だと、言ってもらいたかった。口汚く罵って欲しい。それだけで、俺は、幸せな気分になれる。綺麗なお前のナカを汚しているみたいだ。
「お前は、……」
「斉藤さん! 気分はどうですか?」
がらり、スライド式の扉が開く。
ひよりが口をつぐんでしまった。
年若いナースをそれとなく睨む。俺と、ひよりの時間をつぶした腹いせだ。
「…………」
「斉藤さん?」
「答えてやれよ」
無言を突き通す俺をたしなめるひよりの声。
おろおろと俺の顔を覗き込むナースがうざい。
「…………最悪」
「っ!? まだ気持ち悪いですか?」
慌てるナースにひよりは溜め息を一つ。
「看護婦さん。こいつはいつもこんな感じですよ。さっきから話してますが、吐き気も無いようですし、きっと起きたばかりで機嫌が悪いんです」
だから気にしないでください、とよそゆきの顔でひよりが言う。真面目そうなひよりが言うのだ。ナースは安心したように頭を下げて、また来ます、と告げ、病室を出た。
「余計なこと言うなよ」
「お前こそ、ああいう言い方はどうかと思うぞ」
感情が、荒れる。
ここにいるのが、ひよりでなければ―例えば、さっきのナースであったら―俺はこの部屋の窓から飛び降りただろう。
自殺志願者なんてもんじゃない。衝動が抑えきれないだけだ。
自分の体を虐め抜いて、ココロもカラダもボロボロにしたくて。
「あ、ぁ、……死にたい」
「冗談。まだ言うか」
「今の睡眠薬ってね。大量に飲み過ぎても死なないように調整されているんだよ」
「そんな情報いらない」
また、溜め息。それはひよりを一層くたびれさせる。
「見捨てて。どこかへ行ってしまえよ」
「……そうもいかないだろう。お前、危なっかしいんだよ」
「ひよりはさ、捨て猫とか拾っちゃうタイプだよね」
困ったなぁ、なんて言いながら、きっと死ぬまで面倒みてしまうんだ。死んだら、きっと泣いてくれるのだろう。
お前の綺麗な涙が、俺の亡骸に落ちる。
その様を想像して俺は一人ほくそ笑んだ。
「なに笑ってんだ気持ち悪い」
「ふふ、もっと言って」
「……馬鹿」
あぁ、お前の傍はなんて気持ちがいいんだろう。
早く死んでしまわなくては。
お前の人生をこれ以上、壊してしまうことはできない。
「ごめんね」
「何がだ。そう思うんだったらしっかり生きろ」
さぁ、次が最後だ。
大丈夫。お前には分からないように死んでいくから。
ごめんね。今まですごく迷惑をかけた。
手紙を書くよ。
遠くに行くから、もう会えないと。向こうで元気にやっていくから、お前は心配しなくていいと。
あぁ、ありがとう。大事な君。
どうかどうか、俺のことなど忘れて、幸せに……――――――。
「なに泣いてんだ」
「え? ……あ、あぁ。生きてて良かったなぁ、と」
「当たり前だ」
君に出会えた幸せを胸に抱いて、俺は笑った。