第11話 誓いの円卓と明日への道
ベルツの街を出発した馬車は、数日間の旅路を経て、重厚な城壁に囲まれたレグラリア王国の王都へと到着した。
街道の喧騒を抜け、王城の大広間に向かう回廊では、重厚な騎士たちの足音と緊張感が漂っている。
だが、エルネたちの足取りに迷いはなかった。
重厚な扉が開かれると、円卓を囲むように大陸全土を代表する五つの国家の首脳陣が集っていた。
正面には豊かな森林を抱く我が国レグラリア王国の指導者・オズワルド王が厳格な面持ちで鎮座している。
その傍らには、過酷な被害を受けたガルディア帝国の治安部隊幹部。
一足先に戻っていた海洋大国アトランティクスの第一王子レオンと第一王女ルチア。
さらに、鉱山技術を誇る高地国家ヴェルガンド錬金鉱導国の大使。
南方の砂漠地帯を統べるサン・ヴァレンツァ熱砂聖導国の大司教の姿もあった。
「よくぞ無事に戻った、ヴァルボート公爵。そして……調合官エルネ」
オズワルド王の低い声が謁見の間に響く。
「ガルディア帝国の交易都市ベルツでの救出劇と、敵の『黒死灰』を完璧に中和した『銀華の浄癒』の報告は受けている。……隣国の危機を救い、我が国の調合術の真価を示してくれたこと、心より感謝する」
「ありがたきお言葉。ですが王よ、本題はこれからです」
アルディスが漆黒の長外套を滑らせ、一歩前へ出た。その手には、ベルツの地下組織から押収した黒く蝕まれた幾何学結晶の紋章と、捕縛した工作員から得られた極秘記録の羊皮紙が握られている。
「『黒死灰』は単なる局地的な奇病や自然発生の毒ではありません。『世界の終焉』と名乗る裏の組織が、全土を巻き込む広域破壊兵器として人工的に作り出したものです」
「な……広域破壊兵器だと!?」
ヴェルガンド錬金鉱導国の大使が目を見張り、機巧仕掛けの眼鏡を押し上げた。
「我が国でも近年、高純度の魔導鉱石や精密な精錬器具が不正に流出する事件が相次いでおりました……。まさか、毒素を広域へ散布するための触媒器具として悪用されていたとでも……!?」
そこで静かに歩み出たのは、ジュリアンであった。
彼は完璧なお辞儀とともに、かつて自らが影の住人であったからこそ知る、組織の内部構造と密輸ルートを淡々と語り始めた。
「ご察しの通りです、大使閣下。彼らはレグラリアの豊かな植物資源、アトランティクスの海洋素材、ヴェルガンドの精密技術、さらにはサン・ヴァレンツァの古代解呪術の裏をかく毒理を悪用し、各国の間隙を縫って毒を研ぎ澄ませてきました」
「なんと恐ろしい……。神聖なる解呪の理を歪め、兵器へと変えるなど言語同断……!」
サン・ヴァレンツァ熱砂聖導国の大司教が怒りに震え、数珠を握りしめる。
「我が熱砂聖導国も黙ってはおれません。我が国特有の耐性スパイスや古代解呪の知恵を、エルネ殿の『特級万能鑑定調合』へ全面提供することを約束いたしましょう」
「我がアトランティクスも、今回のベルツの件を重く受け止めています!」
レオン王子が力強く立ち上がり、アルディスたちに同調した。
「海と陸の交易路を守るためにも、レグラリア王国、ガルディア帝国、アトランティクス、ヴェルガンド、サン・ヴァレンツァの五か国による『大陸全域共同包囲網』の形成を提案します!」
「わが国の海洋素材と、エルネ様の素晴らしい調合術、そして各国の技術が合わされば、どのような毒とて恐怖には足りえませんわ!」
ルチア王女も熱を込めて訴えかける。
五か国の代表たちの強い決意を受け、オズワルド王は深く頷き、円卓の羊皮紙へ向けて力強く王印を押し捺した。
「……決定した。これより五か国同盟による対策本部を我が国に設置する。全領地の境界線における検疫を徹底し、組織の潜伏拠点を一斉摘発する!」
王の宣言に、謁見の間は割れんばかりの拍手と誓いの熱気に包まれた。
◇◇◇
会議が終わり、陽が傾き始めた王城の中庭。
涼やかな夕風が吹く回廊で、エルネは欄干に寄りかかり、茜色に染まる王都の街並みを静かに見つめていた。
「お疲れ様でした、エルネ」
静かな足音とともに歩み寄ってきたのは、アルディスだった。エルネの手を優しく包み込み、そっと握った。
「アルディス様……。大きな会議が終わって、少しほっとしました。でも、これから本当の戦いが始まるのですね」
「ああ。奴らは必ず次なる毒を用意してくるだろう。……だが、恐れることはない」
アルディスの瞳は柔らかく力強い光を宿し、エルネの目を見つめた。
「どんな不条理な毒や暗雲が襲いかかろうと、お前の創り出す光がすべてを解き明かす。そして私は、その光を何者にも侵させない」
「ふふ、はい! 私も、もっと強いポーションを作れるように頑張ります!」
「おやおや、お二人とも。少し羽を休める時間でございますよ」
振り返ると、トレイに乗せた温かいハーブティーを手にしたジュリアンが、穏やかな笑みを浮かべて控えていた。
「お嬢様、王都特製の月光草ブレンドでございます。長旅と緊張でお疲れの心身を、優しく解きほぐしてくれるでしょう」
「わあ……! ありがとうございます、ジュリアンさん!」
エルネが受け取ったカップから、柔らかなハッカと甘い花の香りが立ち上る。温かい液体が身体にしみわたり、長かった戦いの緊張がすうっと解けていった。
「ジュリアンさん、もう……過去の影は怖くありませんか?」
エルネの問いかけに、ジュリアンは一瞬目を見開き、それから深々と胸に手を当てて静かに微笑んだ。
「はい、お嬢様。私にはもう、帰るべき温かな日常と、命をかけて護るべきお方がおります。過去の影など、お嬢様の淹れてくださるお茶の湯気ほどにも気になりません」
その声には、かつての孤独な殺し屋の面影はなく、真の家族として結ばれた執事の気品と覚悟だけが満ちていた。
茜色の空には、うっすらと一番星が輝き始めている。
人知れず迫る暗闇の脅威に対して、五つの国家の絆と、決して譲れない想い。
命を救う調合官と、それを護る氷の公爵、そして誓いを立てた執事の物語は、新たなる希望を胸に、次なる章へと続いていくのだった。




