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工事現場  作者: 工事現場
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はじまり

嗅覚。人間の持つ感覚の中で、最も記憶と紐付き易いものである。おばあちゃんの家の、少し埃を被ったような匂い。あの日行った海の匂い。そして、あの人の匂い。


出会いは偶然だった。いや、そもそも出会いは偶然なものか。仕事で少し関わりがあった、何歳か年上の女性とたまたまご飯を食べに行くこととなった。そして一目惚れしてしまった。その当時、彼女はまだ既婚者であった。旦那の借金問題でなかなかに揉めていたらしい。金はいつでも人生を狂わせる。沢山得て感覚が崩壊する人もいれば、沢山借りて感覚を失う人もいる。僕は彼女の白馬となるべく、物件探しから引っ越しまで手伝った。物件が決まる前日に、彼女は嬉々として緑色の紙の写真を送ってきた。

翌日、即ち物件を決めた日。僕は彼女に好きだと伝えた。再開発中の無骨な風景の中で。雰囲気も何も無い、都内の小道の上で。それはもう、ロマンチストの女性からしたらたまったもんじゃ無いだろう。そんな中でも彼女は受け入れてくれた。自我かもしれないが、僕を心の拠り所としていたのかもしれない。後々聞いた話だが、彼女もまた一目惚れしてくれていたらしい。どうも、一緒に行った焼肉屋で落ちた紙ナプキンを丁寧に畳む姿に惚れたらしい。そんなことあるのか。

当時の僕は、年上の綺麗な女性と付き合えたことに舞い上がっていた。その晩は、男のくせに「帰りたく無い」と言った。今でもあのホテル街の独特の雰囲気は覚えている。恐らく当時泊まったホテルまでの道のりも歩けば思い出すだろう。途中寄った薬局、格好付けて出した一万円札、コンビニで買った酒の種類。全部覚えている。

物件が決まったのち、彼女(とその旦那)が住んでいた家まで電車で向かい、荷造りを手伝った。彼女の持つオープンカーに乗って、信号待ちでキスをした。今でも覚えている。側から見たら飛んだバカップルである。恥ずかしい。

そして、彼女の一人暮らしが始まった。僕は隣の県にある実家に住んでいたため、電車で1時間半かけて遊びに行っていた。一緒にご飯を作り、お風呂に入り、シングルベッドで抱き合って寝る。そして、たまにセックスをする。朝になれば彼女は出勤し、僕は学校へ向かう。そんな日々が幸せだった。

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