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第二話 失われた記憶

今日もまた...。


第16コロニーの司法省の一室...。


「Human1分署長兼1課長ミナト・カンジ。司法人工頭脳ノエマの命により、報告に上がりました!」

今日もまた...一分の隙もない直立不動の姿勢で、ミナト・カンジは、ノエマのホログラム投影に敬礼した。


ーー 「それで?」

今日もまた...司法人工頭脳ノエマの苦悩は続いていた...。

「午前中に起こった、第16コロニー・ヒストリアルでの大惨事について、聞かせてもらえるでしょうね!」


ミナトは、日々人間らしさと、人としての苦悩をつのらせていく、ノエマのその姿に憐れみを感じなららも...

「そ、それはですな…」と口ごもりながら、事件の報告を始めた。



ーー 「とまれ!」

ナギは、第16コロニー・ヒストリアルの通路を、メモリコアユニットを抱えて逃走中のグラウに向かい、手にしたハンドガンの銃声を響かせていた。

黒く光る強化スーツを纏ったグラウは、ナギの肩や足を狙う銃撃をやすやすとかわしながら、彼の警告を無視して逃走を続ける。

グラウを反れて、床や壁に着弾した銃弾は、大穴をうがち、着実に建物の景観を損なっていた...。


「止まらないと。撃つぞ!」というナギの警告に、グラウはナギを振り返りながら「発砲してから何を言ってやがる!」と怒鳴り返した。


ナギのヘッドセットから中央指令室の警告が響く「H1・1課 ナギ・セイ。直ちに無許可の発砲をやめなさい!当該施設は銃器の使用が禁止されています。繰り返します。直ちに発砲をやめなさい!」


ナギは、「うるせえ!今忙しいんだ!後にしてくれ!」とヘッドセットに吐き捨て、ヘッドセットを外し、ジャケットのポケットに押し込むと、ハンドガンを手にグラウの追跡を続けた。


ナギのジャケットのポケットからは「第16コロニー・ヒストリアルにて銃器の使用を確認!アンドロイド5分署・第3課の出動を要請する!繰り返す。アンドロイド5分署・第3課の出動を要請する!」とオペレータの声が響いていた。


長い通路を抜け、グラウを追跡するナギが、ヒストリアルのロビーに到着すると、ガラス張りのその明るく広い空間には、アンドロイド5分署・第3課の治安維持部隊が展開していた。


「そいつを拘束しろ!」と、グラウを指差し治安維持部隊に叫ぶナギに、治安維持部隊のアンドロイドたちは、ショックガンをナギに向け、「H1・1課 ナギ・セイ。直ちに武器を捨てて投降せよ!」と警告を発した。


その様子を見たグラウは、驚きの表情を浮かべるナギに「残念だったな!大将!」と告げ、勝ち誇った笑顔を向け、ヒストリアルの入り口へ駆け寄ると、部下の運転する車へと乗りこもうとしていた。


取り残されたナギは「ち!対センサー・ジャミングスーツか...。」と呟き、ハンドガンをホルスターに収め、両手を高く上げた...。



ーー 「で?」

ノエマは、ミナトの報告で最近、良く見せるようになった。うつむいて、こめかみに指をあて揉むようにするしぐさで、深く長いため息を吐き出すと...


「あなたは、何度繰り返せば理解してくれるのですか?」

「あなたの報告はいつも要領を得ません。なにをどうすればそういう状況になるのですか?」


ミナトは、うつむいて肩を震わせ、押し殺した脅すような声にたじろぎながら...

「そ、それはですな…」と言葉をつづける。



ーー 第16コロニー・ヒストリアルにEVモト・サイクルを運転するナギが訪れた。

以前に邂逅したXの残した言葉の意味の手掛かりを求め、第16コロニー内外の記録を納めた、第16コロニー・ヒストリアルでの記録の調査が目的だった。


「ルリが言ってたのは、ここだよな...何か俺の記憶につながることが見つかるかな?」半信半疑の様子で、ナギはヒストリアルのロビーに入り正面の受付へと向かった。


「本日はどのような記録をお探しでしょうか?」受付に立つアンドロイドが無機質な声で問いかける。


「ナギ・セイという人物の記録を見せてくれ。」と告げるナギに...「個人情報にかかわる記録は、本人あるいは司法局の許可なく開示することはできません」と無碍もなく返す。


「H1・1課 ナギ・セイだ!開示を要求する!」その言葉に、受付アンドロイドはナギの手にしたIDカードをスキャンし「確認しました。お待ちください」と静かに告げた。

暫く時間が経過し、アンドロイドがナギに告げる、「記録開示の準備が整いました。通路に表示される矢印に従って、ターミナルルームへお入りください。矢印をそれて行動すると当局に通報されますのでご注意ください」


ロビーの奥の自動ドアが開き、床に輝く矢印が表示される。ナギは矢印をたどりながら、ターミナルルームへと向かって行った。


矢印をたどりターミナルルームの淡く光る扉の前に立つナギに、どこからか無機質で静かな声が響く「IDカードを提示してください」その言葉に従いナギがIDカードを胸の前に掲げると、ドアの上から光学スキャンラインが、ナギとIDカードをスキャンし「確認しました」と告げ、ドアが静かに開く。


ターミナルルームの薄暗い部屋には、人工皮革のターミナルシートが鎮座していた。ナギがその椅子に、仰向けに寝そべるように座ると、部屋の天井からMRヘッドセットが降下してきた。ナギがヘッドセットを装着するとターミナルが指示待ちの状態を示す。「どのような記録をお望みですか?」という文字が目の前に表示され、音声が響く。


「俺の...ここに記録されているナギ・セイの一番古い記録から頼む。」ナギが静かにターミナルに告げると。「記録は、ナギ・セイの随行ドロイドの映像・音声記録とナギ・セイの証言に基づき、AIにより編集されたMR映像となります。」とターミナルが静かに告げ、ナギの目の前に映像が展開され始める。


ーー


ナギは、MRゴーグルを外し目を腕で覆い静かにむせび泣いていた。

死神の鎌、死と隣り合わせの状況で、失った友、離別、再生、再会、出会、そんな激しい記憶の奔流に押し流されナギはターミナルシートに寝そべり、静かに佇んでいた。


暫くそのままの時間が過ぎ、ナギは直前に再生された映像に違和感を感じ始めていた...。

「何か変だ!」


はっとして、MRゴーグルを再装着したナギはターミナルに問いかける。「この映像の最新更新時間は?内容が改ざんされた可能性は?」

その問いに暫く沈黙が続き...。ターミナルが静かに答える「その問いに答えることは許可されていません」

「また、先ほどの映像記録は現在オフラインになっており、現在アクセスできません」

ターミナルの回答に、ナギは「どういうことだ説明しろ!」と怒鳴る。

ターミナルは落ち着いた声で「ナギ・セイの記録が格納されたメモリコアユニットが物理的に取りはずされた可能性があります。」


「おい。メモリコアユニットの場所はどこだ?」ナギの問いにターミナルが静かに答える「貴方にその情報を知る権限は付与されていません。一度ロビーに戻り受付オペレーターの指示に従ってください」そして、そのまま、MRゴーグルのターミナルは沈黙した。


「くそっ」ナギはMRゴーグルを外し、ターミナルシートに投げつけると、ターミナルルームを後にした。

ヒストリアルの通路では、緊急事態を示すように通路全体が赤く点滅する淡い光を放っていた。そして床には、矢印が表示され、静かにアナウンスが繰り返されていた。「利用者の方は、直ちに記録の閲覧を中止し、ロビーで受け付けアンドロイドの指示に従ってください。繰り返します...。」


ナギは、本能的にこの騒ぎの原因、矢印の示す反対側へと向け駆け始めた。

通路からナギを追い返そうとするように、フラッシュが瞬き「矢印の方向へ向かってください」という警告が繰り返される。


そして、ナギは廊下の先に、黒く光る強化スーツを纏いメモリコアユニットを抱えたグラウの姿を捕らえる。



ーー 「…」

ノエマはミナトの報告を聞き、うつむいて肩を震わせ、暫くの間、沈黙していた。


やがて、静かに、「第16コロニー・ヒストリアルは、行政をつかさどるアレクシオンの管轄する組織です。ナギ・セイの能力と彼の過去を鑑みこれまでは、ある程度の配慮をしてきたつもりですが、今回ばかりは、アレクシオンに彼の処遇をゆだねることになるでしょう」


ノエマの言葉にミナトは、突然真顔になり、そして、毅然とした口調でノエマに告げた。

「ナギの行動には多くの問題はありましたが、しかし、ヒストリアルの記録が改ざんされているというナギの証言にも信憑性があります。」

「また、不可侵のはずのヒストリアルに、賊の侵入を許してしまったという前代未聞の失態が、アレクシオンにあるのではないでしょうか?」

「本当に今回の賊の侵入はアレクシオンの失態によるものなのでしょうか?」

「今回の事件で、アレクシオンの不可解な行動に懐疑の念を禁じえません」

「ノエマ。私はここに、行政電子頭脳アレクシオンの調査を進言します!」


ミナトの言葉に部屋にしばしの沈黙が訪れる。

「それが、アレクシオンとの対立を意味することは理解していますか?ミナト。」

ノエマの戸惑いがちな言葉に...


「対立を招いたとしてもです!ノエマ。私はここに、立法人工頭脳エイドスから移譲された権限を持って、貴方に命じます。行政人工頭脳アレクシオンの調査を開始せよ!」


ノエマはミナトに向き直ると、ミナトの命を復唱する「司法人工頭脳ノエマは立法人工頭脳エイドスに権限を委譲されたミナトの命により行政人工頭脳アレクシオンの調査を開始します」


しばしの沈黙の時が過ぎ、「そ、それでですな…」と、ミナトが口ごもりながら、張りつめた空気を打ち砕く。

「第16コロニー・ヒストリアルのロビーでのアンドロイド5分署とナギの件ですが...穏便に事を納めていただけないでしょうか...」


その言葉に、ノエマは肩を落とし、その惨状を思いかえしたように深く重いため息をついた。



ーー 「手詰まりだ...仕方ねえな...。」

ナギは両手を上げ、アンドロイド5分署・第3課の治安維持部隊と対峙しながら、静かに呟くと、右手首に装着した腕時計のスイッチを左手で押す。

「これはあんまり使いたくなかったけどな。これ作ってくれたミミには感謝だな」


ナギの右手首の時計から発する電磁波が、辺り一帯の電子機器を沈黙させ、治安維持部隊のアンドロイドたちは膝をつき次々と床に倒れ伏した。


「あちっ!なんだこれは!」ナギは高出力の電磁波で加熱した腕時計を慌てて外して床に投げ捨てる。「爆発とかしねえよな...。まったく後でミミにクレームだな」


ナギは、走り去るグラウと部下を乗せたEVカーを目で追い、EVモト・サイクルに駆け寄ると、エンジンをスタートさせ、グラウの追跡を再開した。



ーー 重厚な黒曜石のテーブルが据えられた一室。煌びやかなシャンデリアが放つ光の下、ヴァルター・クロイツは豪奢な革張りの椅子にゆったりと腰かけ、テーブルを囲む、エリス・ノワール、カイ・ヴァレン、グラウ・シュタインに静かに告げる。

「今回の上演は、わたしたちのパトロンの、たっての希望でね。わたしは不本意ではあるのだが、パトロンの希望通りに第16コロニー・ヒストリアルで開演する」


「今回の演目は、第16コロニー・ヒストリアルに保管されている、とある、メモリコアユニットの強奪だ。」

「主演は、いつものように、グラウ。君に御願いする」

「はっ。仰せのままに。」


「脚本は、カイ。君に御願いする。第16コロニー・ヒストリアルへの侵入にはパトロンから提供された、対センサー・ジャミングスーツを使うように」

「お任せください。」


「演出は親愛なるエリス嬢。貴方にお願いする。お願いできるか?」

「命に変えましても、親愛なるヴァルター様」アンドロイドの容姿を持つエリスが、ヴァルターを向き、持てる限りの親愛の表情を浮かべる。


「その他に、今回の上演では例の彼、ナギ君をゲストとして迎える。」

「今回の強奪では、強奪するタイミングがとても重要になる。強奪は、ゲストが、メモリコアユニットの記録を見た直後のタイミングで行うこと」


「グラウへの指示について、その重要な役割をエリス嬢、貴方にお願いすることになる」

「光栄ですヴァルター様、その役割必ずや、やり遂げて見せます」


「しかし、なぜ?強奪するメモリコアユニットの記録を彼に見せるのですか?」グラウがヴァルターに疑問を投げかけると。


ヴァルターは楽しそうに「ふっ」と笑みを浮かべて答えた。

「そのことが物語の展開にとても重要な意味を持つからさ」


グラウはヴァルターの言葉に更なる謎を感じながらも、これ以上の詮索は得策ではないと理解し、静かにうなずいた。



ーー 「エリス様。指示を願います。」

グラウは激しく振動する車の中で、事態の思っていない展開に焦りを感じながら、ヘッドセットでエリスの指示を仰いだ。


「落ち着きなさい。グラウ。次の角を右に。貨物エアポートに向かいなさい。ミッションE。カイ準備してください」

エリスの無機質で事務的な声が、グラウに落ち着きを取り戻させた。グラウは、EVカーを運転する部下にエリスの指示を伝え、そして、作戦遂行に的確な指示を与え始める。

「ミッションE!追跡するEVモト・サイクルを引き離せ!事故を回避しろ!目視は当てにするな。対車両センサーで他の車の動きを把握して突っ走れ!」


背後からEVモト・サイクルでグラウ達を追跡していたナギは、EVカーの急加速に思わず声をあげた。「奴ら死ぬ気か?」

視界の悪い交差点を通過するたび、グラウ達のEVカーはナギのEVモト・サイクルをじりじりと引き離していった。


グラウ達のEVカーは、ナギのEVモト・サイクルを引き離しながら、貨物エアポートの滑走路に侵入していた。その背後から貨物ターミナルを離れた、貨物運搬ドローンが後部のハッチを全開にしてEVカーに追いついてきた。

EVカーは、後部のハッチから、貨物運搬ドローンに乗り込み、貨物運搬ドローンはゆっくりと滑走路を離陸していった。


貨物運搬ドローンの操縦席には不敵な笑みを浮かべるカイの姿があった。カイは操縦席の窓を開け、暫く滑走路の上空を旋回していた。

やがて、EVモト・サイクルに載ったナギが呆然とした表情で貨物運搬ドローンを見上げていると、操縦席の窓から、小さなパラシュートをつけたガジェットが投下された。


ナギは、フワフワと風に流されながら落ちてくるガジェットに駆け寄ると、ガジェットのディスプレイを見つめた。


「やあ。ナギ・セイ君、また会えて光栄だ。」

ディスプレイには以前、裏路地で邂逅したXと名乗る男の後ろ姿が映し出されていた。


ナギは苛立ちを押さえながら押し殺した声で呟く「X。なぜこんなことをする?いったい何が目的だ!」

ディスプレイに映し出されたその男、ヴァルターは静かに呟く。

「まだ、その時期ではないとだけ伝えさせてもらうよ。ナギ・セイ君。今はまだ解らないかもしれないが、いずれ解るときがくる」

「何を隠している。答えろ。X」


「君の頼みだ、少しだけヒントをあげよう。君は気づいたはずだ。君の過去の記録は何者かに、あるいは、何かに改ざんされている。それが、誰なのか?何なのかよく考えてみることだ。」

「そして、わたしの部下を極限まで追い詰めた君の高い能力を賞賛させて欲しい。わたしは、いつでも君が仲間となることを待っているよ。」

その言葉を最後に、ディスプレイの表示は沈黙した。


「ふざけるな!」ナギは怒りに任せて、手にしたガジェットを地面にたたきつける。


その上空を旋回していた貨物運搬ドローンは、バイバイをするように左右の翼を上下に振って、第16コロニーの外へと消えていった。

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