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おさななじみ

作者: 竹宮 潤

 高校生まで住んでいたのは地方の県庁所在地だった。古い木造の家が建ち並ぶ街並みがとぎれると、田んぼが広がっていてそこにぽつんぽつんと農家がある。その境目に近い所に住んでいた。

 幼いころ仲良しの友達がいた。「みーちゃん」と呼んでいた。同じバスに乗って幼稚園に通い、毎日のようにどちらかの家に遊びに行っていた。みーちゃんの家までは子どもの足でも10分とかからない。裏通りばかり通っていけることと、園バスの乗り場に近いのでたいてい一人で遊びに行っていた。

 私たちが年長児の秋に、みーちゃんの一家は引っ越すことになった。私たちが住んでいたのは市街の東の外れだったのだが、みーちゃんの引っ越し先は南西の外れだった。

「二階のある、新しい大きい家なんだよ。」

みーちゃんはうれしそうだった。また明日も遊ぼうね、といういつもの調子で「バイバイ」と別れた。それっきり会えなくなるというのに。

 小学生になり、新しい友達もできて、私はみーちゃんのことを忘れた。中学生になり、隣の小学校区にある中学校に通うようになって、ふと私は「このあたりに小さいころ友達が住んでいたな」と思い出した。小学校は中学校と反対方向にあったので、こちらに来る用事がなかったのだ。記憶をたどって行ってみると、板塀に囲まれた平屋の小さな家は見る影もなく、こぎれいな喫茶店の駐車場になっていた。表通りの角にあった小さな花屋さんがつぶれて、喫茶店になっていたのだ。思い出がかけらも残っていないのにがっかりしたわたしは、二度とそのあたりに足を運ばなかった。


 高校生になり、同居していた祖父が亡くなると父は家と土地を売り払って隣の市に引っ越した。夢のマイホームを手に入れ、我が家はみなほくほく顔だった。私は自宅から通える大学に合格し、憧れのキャンパスライフが始まった。

そんなある日。

「ねえ、〇さん、昔A幼稚園に行ってなかった?」

わたしは講義が終わった後の教室で、見知らぬ子に声をかけられた。学生生活は始まったばかりで顔見知りになった子さえまだ少ない。加えてこの講義は複数の学科の学生が混じるのだ。他の学科の学生だろうか。なんで私の名前を知ってるんだろう。

「おぼえてないかなぁ、私、△△みさき、っていうんだけど。」

「もしかして、みーちゃん!」

 十数年ぶりの再会だった。なつかしかった。今でもあの町に住んでるの? 高校はどこだった? 二人でたくさん話をした。

 気づいたら夕方だった。時がたつのも忘れるほど楽しく語り合ったのだ。同じ大学に通っているのだから、これからはいつでも会えるというのに、なぜか別れ難かった。空は曇ってきて、春の雨がしとしと降り始めていた。

「わたし、この近くに下宿しているの。ちょっと寄ってくれない。いつでも遊びに来てくれていいから。」

 二人で傘をさして、徒歩で大学を出た。いつもは大学構内のバス停からバスに乗って駅まで行くので、大学の近くを歩いたことはない。彼女の傘は男物のように真っ黒で、薄暗くなり始めた空の下で、全体が影のように見えた。知らないところを歩く物珍しさできょろきょろしながら歩いていくと、なぜかすぐ近くを歩いていた彼女を見失ってしまった。あれっと思っていると、角をひょいと曲がったところから

「ここだよ。」

と言われた。なぜか見覚えのある古い板塀。その奥には、いかにも学生向きらしい3階建てのアパートが建っていた。駐輪場と、外階段、ごみ置き場があって、一階には住人用らしいコインランドリーがある。だが、照明が暗くて階段を昇るのがなぜかためらわれた。わたしは近眼だったから。

「ごめん、みーちゃん。バスの時間があるから、今日は帰るよ。」

「え、待って。上がっていってよ。」

 なんだか頭痛がするような気がしてきた。気分が悪い。今度はもっと明るいときに来ればいいよね。急いで板塀の横を通ろうとしたら、傘がひっかかった。吐き気がしてきた私はなぜかもう外へ出たくてたまらず、傘を閉じて放り出し、外へとびだした。

 とたん、カッとまぶしい光におそわれて私は気を失った。どこかで「シネバヨカッタノニ」という声が聞こえたような気がした。


 病院で目が覚めた私は、バイクにはねられたのだと聞いた。わたしはなぜか「貸店舗」の看板が出ているビルの階段を走って下りてきて、まっすぐ道路に飛び出したのだという。運よく私は打撲と脳震盪だけで、一週間ほどの入院で済んだ。

 後になってわかったことがある。それは幽霊アパートという都市伝説のような話。昔の友人と思いがけない所で出会い、話が弾んでその人のアパートまでついて行くと、とても古いそのアパートから出られなくなってしまう。無理に出ようとすると、高い所から落ちたり、道路に飛び出して事故にあったりするのだそうだ。即死はしないけど、なぜそんなことになったのか、説明がつかないのだ、と。

 退院してからは、わたしはみーちゃんを捜していない。


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