救うべき想い 16
いったい、どれほど凄惨な事故に巻き込まれたのだろうと、自分が想像するよりも何倍も恐い体験を人生の最期にした裕子に、わたしはやりきれない想いを膨らませた。
「好きな所に座って構わないからね」
「はい」
会話を切り上げ、元いた場所へ引き返していくおばさんへ小さく頭を下げてから、わたしは最前列から数えて三列目の端に腰を下ろした。
その間にも、途切れることなく焼香に訪れる人たちの列は続いている。
確か、裕子のお父さんは大きい会社の課長をしていると、前に教えられたことがある。
きっと、その繋がりでお通夜へ足を運んでいる人が多いのかもしれないなと想像をしながら、わたしはぼんやりとした気持ちで裕子の遺影を見つめた。
今の感情をストレートに表現させてもらうなら、素直に悲しい。だけど、泣くための気持ちが整っていない。といった感じだろうか。
もう裕子はこの世にいない。突然いなくなってしまったし、少なくともあと数日以内には、肉体も火葬されて消滅してしまう。
正真正銘、完全な別れが目前に迫っているというのに、どうしてかそのことに対する焦りや悲観といったものがうまく湧き上がってこない。
「……」
だけどその原因には、見当がついている。
それは、わたしが裕子の幽霊を視てしまったから。会話をしてしまったから。
何というのか、まだ自分は裕子と会える、会話ができるという余裕みたいな感情がわたしの中にあるせいで、親友の死を悼むという感覚が麻痺してしまっているのだ。
もっと簡潔に言えば、親友の死をリアルに実感できていない。
そういうことになるだろう。
――わたし、薄情なのかな。
ここに来てなお、涙を一粒もこぼしていない自分に嫌悪感が生まれ、自問する。
“いやいや、そんなことないよ。ヒナっちはいつだって私思いで優しい子です”
そんなわたしの声なき声に突然返事をされ、驚きながら背後を振り返った。
「……裕子!」
そこにいたのは、昨日と同様に半透明な身体をした裕子本人だった。
“やぁ。本日は、私のためにわざわざ参列に来てくれて、誠にありがとうございまする”
おどけながら、道化師みたいな動作で頭を下げてくる裕子へ、気の利いたリアクションをしてあげる余裕もなく、わたしは咄嗟に立ち上がりそうになるのを寸前で堪え、周囲を気にしながら小声で言葉を返した。
「何でそんなお気楽でいられるのよ。裕子、このままじゃ身体焼かれちゃうんだよ? おじさんとおばさんだって、あんな気丈に振る舞ってるけどすごい辛そうだし。焦りとか何かそういうのはないの?」




