救うべき想い 3
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「……おはようございます」
静寂堂のドアを開け、陰鬱な気分を隠せぬままに挨拶をしたわたしへ、水沢さんと沙彩さんは即座に怪訝な視線を向けてきた。
出勤して僅か一秒でこちらの異変を察知されたわたしは、目線を床へ固定しながらとぼとぼと自分のデスクへ移動し腰を下ろす。
声に出さぬよう静かにため息を一つついて、わたしはそこでようやく水沢さんへと顔を向ける。
「あの、今日のお仕事は何をすれば良いでしょうか?」
アカリさんの件が解決してから、まだ新しい依頼は入ってきていない。
故に、調査などの仕事もないということになる。
ただ何もせず座っていても、仕事をしていることにはならないし、身体を動かしていた方が気持ちが紛れるため、雑用でも構わないからやらせてほしい。
そう思って訊ねたわたしの問いに、水沢さんは硬い表情のまま
「瓜時くん、何かあったのか?」
と、心配そうに声をかけてきた。
「あ、いえ……」
さすがに詳細を語るのも場違いかと考え、どう答えるべきか逡巡してしまうわたしの返事を待つことなく、水沢さんは更に言葉を続けてくる。
「普段の元気がないし、表情もあからさまに暗い。悩みがある感じに見受けられるが、あまり軽いものではなさそうだ。何か、深刻な事態に陥った空気を放っているよう感じ取れる。もし迷惑でなければ、俺たちで相談くらいには乗ってあげても良いぞ。どんな内容かはわからないが、一人で抱えていても辛いだけだろう」
ぐらりと、心が揺らいだ。
この人はいったい何者なのだろうと、水沢さんを直視したまま、改めてそんな疑問が頭に浮かんだ。
わたしは、裕子の名前すら出していない。
ただ職場に来て、自分の席に座っただけで。
たったそれだけのことで、ここまでわたしの胸中を救いにくるのは、もはや神仏レベルの域なのではないか。
「……アイスココア、作ってあげるね」
わたしが生み出した沈黙の隙間を埋めようとするかのように、沙彩さんが柔らかな声でそう言って、席を立った。