救うべき想い 2
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いつもと変わらない日常。
そう思い込んでいた今日という日は、学校へ到着すると同時に瓦解した。
まず、学校へ到着し教室に入った時点で、裕子がまだ登校していないことに気がついた。
ただ、裕子はわたしより少し遅れて来ることも稀にあるため、ここまではまだ日常の風景とも言えた。
次に、チャイムが鳴って担任の先生が教室に入ってきても、裕子がまだ登校していないことを訝しく思い、具合でも悪くて休んだのかなと心配になった。
そしてその直後、担任の先生が今まで見せたことがないくらい深刻な表情をして教壇の前に立ち、
「今日は、皆に大切な話があります。蟻塚裕子さんが、今朝学校へ来る途中で交通事故に遭い、現在病院で治療を受けている最中です。怪我の具合など、詳細はまだ先生も把握できていませんが、少なくとも暫くは登校できなくると思われますので――」
感情を意識して抑え込んでいるような、淡々とした口調で話すその内容を聞いて、呆然となった。
そこから一日、自分が何をしていたのかほとんど覚えていない。
授業の内容なんて何一つ記憶にないし、お母さんが作ってくれたお弁当の中身すら思い出せないくらい、先生の口から告げられた言葉はショッキングだった。
授業の最中も休み時間も、意味もなく何度も空席のままになった裕子の席へ顔を向けた。
今この瞬間、裕子はどうしているのだろう。怪我は酷いのだろうか。
まさか意識不明になっているのでは……でも、治療中ということだから麻酔で眠っている最中というだけかも。
どこの病院に運ばれたのか、今後面会はできるのか。
次から次へと、不安や疑問が頭の中で泡のようにはじけ続けて、わたしは帰る時間が訪れるまでの間、ずっと胸が圧迫されるような重苦しい感覚に苛まれていた。
帰りのホームルームが終わると同時に、わたしは教室を出ていく担任の先生へ急ぎ足で詰め寄り、裕子が運ばれた病院がどこであるのかを訊ねた。
「瓜時、気持ちはわかるが、蟻塚のご両親から今はまだあまり話を広めるのは控えてほしいと頼まれててな。申し訳ないが、細かいことは先生の口からは伝えられないんだ。話せるときが来たら、ホームルームのときにちゃんと伝えるから、心配なのはよくわかるがそれまでは我慢していてくれ」
だけど、帰ってきた返答はそれだけで、先生は酷く困ったような顔をしながら職員室へ歩き去ってしまった。
今日一日だけで、十回以上は裕子へメッセージを送っているけれど、返信は一切きていない。
直接裕子の家へ行ってみようかという案も頭を掠めたが、先生から告げられたばかりの言葉を思い出し、すぐに踏みとどまった。
裕子本人を除けば、次に辛い思いをしているのは、裕子の両親だ。
そもそも家にいるのかわからないし、ただでさえそっとしておいてほしいと申し出ているこのタイミングで家を訪ねたりなんかしたら、迷惑行為以外のなにものにもならないだろう。
「……心配過ぎて落ち着けないよぉ」
先生の言うように、今はただ待つことしかできないのか。
どうにかしたいけれど、どうにもできない。
重苦しい焦燥感に苛まれながら、わたしは一人きりでいることに耐えられなくなり、逃げ込むように静寂堂へと駆けだした。