動画越しの執念 1
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六月十四日、水曜日。午後六時二十六分。
梅雨入りを間近に控えた夕焼け空は、まばらに雲が散らばるオレンジ色に染まり、本格的な夏が始まる気配を仄かに滲ませている。
そんな新しい季節を目前にした空を軽やかな足取りで見上げながら、わたしは駅に繋がる大通りから脇道へと逸れて、狭い路地へと入り込んだ。
一気に縮小されてしまった空から視線を前方へと戻して、数十メートルほど進んだ頃。
わたしは、ピタリと足を止めると、目の前にそびえる建物を静かに見上げた。
昔から変わることなくここにありますと言わんばかりに古ぼけた、三階建てのビル。
<静寂堂>
目の前の入口上部に掲げられた看板を一瞥して、わたしは閉じられていた木製のドアを開け中へと足を踏み入れた。
カラン……という、喫茶店で聞こえてくるのと同じカウベルの音が鳴り、静まり返っていた室内へ見えない波紋となって広がり消えていく。
「あら、いらっしゃい。今日も来たのね」
入口を潜って左奥。そこに設けられているデスクに座りパソコンを叩いていた若い女性が、わたしに気づいて顔を上げ、愛想の良い笑みを浮かべて声をかけてきた。
「はい、お邪魔します。今日もまた、ご迷惑を承知の上で、自分を売り込みに来させていただきました」
女性に向かってぺこりとお辞儀をすると、わたしは上げた頭を、部屋にいるもう一人の人物の方へと向けた。
入口から見て、ちょうど正面。
部屋の一番奥に位置する場所に置かれた、一際大きなデスクに陣取る、細身の若い男性。
この静寂堂の主であり、一週間前にあのおかしな空間へ迷い込んでいたわたしを助けてくれた恩人。
水沢煌輝さん、二十六歳。独身。
八年前、水沢さんが十八歳のときにお父さんが亡くなったそうで、高校を卒業してそのままこの会社を継いだのだそう。
因みに、会社の名前である静寂堂は、お父さんの名前水沢静寂から付けているのだと教えてくれた。
「ちょっと待っててね。今お茶を用意するから。適当に座ってて」
「あ、いえ。お構いなく」
仕事を中断し、コーヒーメーカーへと移動していく女性へ、胸元で小さく手を振り遠慮の意を示して、わたしは部屋の中央に設けられた客人用のソファへと腰を下ろす。