救うべき想い 45
大石くんの戸惑いを含む呟きが、病室に小さく響いた。
わたしとの接触がなくなったことで、大石くんの中に流れていた裕子の気が急激に薄れていく。
霊感のない大石くんには、きっと薄れていく裕子の姿が視えているはず。
何かを告げようとするも、告げるべき言葉が定まらない。
そんな顔をしながら、完全に消えて視えなくなった裕子の姿を探すように、大石くんの視線が室内を彷徨う。
“……あーあ、これで本当のお別れかぁ”
そんな大石くんの様子を寂しそうに見つめながら、裕子はそっとその場から離れるとわたしの少し後ろまで移動する。
「もう少しくらいなら、話をすることできたのに」
“ううん、もう充分。これ以上話してたら、私の方が名残惜しさ増しちゃうよ。やっぱりさ、こういう場面では女の方がしっかりしなくちゃいけないじゃん?”
「何を言ってんのよ」
呆れたように苦笑して、わたしは大石くんへ意識を向ける。
「あの……裕子は、まだ近くにいるんだよね?」
「はい、ここに。伝え忘れたことがあるなら、まだ間に合いますよ。大石くんの声は、裕子に聞こえてるから」
わたしが指差した後方を、大石くんはじっと目を凝らすようにして見つめる。
「裕子、一緒にいられて楽しかった。裕子と出会えて、本当に良かった。幸せだった。ありがとう」
深々と頭を下げる大石くんの両目から、大粒の涙が零れ落ちる。
“私もだよ。出会ってくれてありがとうね、翔”
泣いたまま顔を上げられずにいる大石くんへもう一度だけ近づいた裕子は、最愛の相手へゆっくりと抱擁をすると――、
「――え? あ……」
まるで、その存在が幻影ででもあったかのように、静かにその姿を薄れさせ、やがて完全に消え去ってしまった。
「…………行っちゃった、てこと?」
あまりにも唐突な別れに戸惑うわたしの呟きに、大石くんはくしゃくしゃの顔をしたままこちらを見上げる。
「裕子、いなくなっちゃいました。最後はすごく嬉しそうで穏やかな顔をしてたから、大石くんの言葉で安心できたのかも」
小さく頷きながらそう告げると、大石くんは数秒の間を空けてから、ぎこちなく口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「……そっか。それなら良かった。瓜時さんも、今日は本当にありがとう。まさか、こんな機会を貰えるなんて思ってなかった。本当に、ありがとう」
赤くなった目を細めて笑う大石くんの表情は、悲しみを引きずる中に何か強い意志が混じっているように見受けられ、わたしは
――この人は、もう大丈夫だろうな。
と、そう直感的に感じ取ることができた。
それから十分くらい、二人だけで裕子の思い出を共有し合い、看護師さんに見つかる前にと、わたしは病院を後にした。




