姓名判断
私は、ある年の学祭で占いの店を出した。
私の専攻の出し物は豚汁屋だったんだけど、私はその店の端っこで、ひっそりと姓名判断をやってた。テーブルをひとつ借りて、紙に「占いします」って書いて貼っただけの、ほんとにゆるーいやつ。
前日に友達を練習で占ったら、めちゃくちゃ喜ばれた。
それで気を良くした私は、そのまま当日もやることにしたんだけど……その友達、顔が広かったのよね。あっという間に噂が広まって、私のところに人が並び始めた。
並んでる人たちに豚汁を売りつけて、店の中で売ってたハンドクラフト作品もどさくさで売りつけて、先輩たちはめっちゃ稼いでた。ちゃっかりしてる。
私はというと、自己流の占いで人の名前を見ては、ちょっとそれっぽいことを言っていた。手相もなんとなく見たりして。
実際のところ、私の占いなんて適当なもんで、何冊か読んだ本の知識と、あとはコールドリーディング。つまり、相手の反応を見て「当たってるっぽく」見せる技。
たとえば、「あなた、ちょっと孤独を感じやすい性格みたいですね」って言うと、ほぼみんな「当たってる!」ってなる。占いに来る人って、だいたい何かしら不安抱えてるし。
逆に「私は別に孤独じゃないけど」って言われたら、ちょっと手相見て、「あっ、でも後天的に人に恵まれる運があるみたいです」って切り返す。そんな感じ。
でもね、占いに懐疑的な人は、こういうの全然刺さらない。ちょっと冷たい目で見てきて、会話も弾まない。そういう人は、そもそも来なきゃいいのに、って思う。
逆に、何か言ってほしいって思ってる人には、ちゃんと響くんだよね。
「最初に当たった」って思わせたら勝ち。あとは向こうが話してくれるから、私は相槌打ちながら、ちょっと未来っぽいことを足すだけ。
その日だけで、二十人くらい来た。
一人十五分として、四時間以上。途中で先輩が豚汁持ってきてくれたけど、それしか口にできなかった。休憩なんてないし。
しかもコールドリーディングって、相手の顔とか目とか細かく観察するから、めちゃくちゃ疲れる。
で、そんな中でも、今でも忘れられない人が二組いる。
一組目は、お母さんと娘さんが二人。
上の娘さんは、ちょっと話し方がゆっくりで、たぶん軽い障がいがあるんだと思った。
その子の名前を見たとき、なんか胸がギュッとなって、「この子の人生はハードモードかもしれないけど、まわりに助けられる運があります」って自然に出てきた。
妹さんの方は、明るくて元気な子で、「次女だけど、家を継ぐ運勢です」って言ったら、「うち、お弁当屋さんでね、わたしお店やりたいの!」って。
この二人に関しては、コールドリーディングじゃなくて、名前から見えるそのままを言っただけ。本に書いてあった通り。
お母さん、すごく喜んでくれてね。「これ、お代です」って、お金を二倍置いていった。
で、もう一組……というか、一人。
夜になって、お客さんもだいぶ落ち着いた頃。ふらっとやって来た男の人。年齢は……三十くらい?
聞いたら、うちの学部のOBらしい。
彼は、私が差し出した紙に名前を書いた。几帳面……というか、神経質そうな印象の筆跡。
見た瞬間、息が止まった。
名前に使われてる四つの漢字が、全部同じ画数。
しかも、それを足すと全部、悪い数字。
天格、人格、地格、外格、総格。どれを見ても凶。全部凶。三才も、音も悪い。どの流派で見ても良くない。逃げ場がない。反射的にそんな言葉が浮かんだ。
こういう事言っちゃいけないと思うけど、生きてるのが不思議なくらいの名前だ。
こんな名前、初めて見た。怖くなってしまって、思わず言ってしまった。
「……この名前、占えません」
彼は、無表情のまま「そう」とだけ言った。
そのまま、自分の名刺を置いて、何も言わずに帰っていった。
名刺、ちゃんとポケットに入れたはずなのに。
学祭の打ち上げでちょっと日本酒飲んで、へろへろになって、気づいたら朝になってた頃には、どこにもなかった。
その後、そのOBの人がどうなったのかは分からない。
でも、なんとなく、思い出すと寒気がする。
占いしてるとね、他人の人生の澱みたいな物が、体に溜まるんだと思う。
だから、ほんとはなんちゃってでやるもんじゃない。
その翌年、私はもう占い師はやらなかった。
大学ではこんな噂が立った。
――――
「ねえ、知ってる?学祭で、“占い”やってた女の子の話」
「その子、姓名判断って言ってたけど、ほんとは“名前を使って何か視てる”って噂でさ」
「占ってもらった人の中に、夜になると“名前を呼ぶ声”が聞こえるようになったって人がいるんだって」
「なんかね、うわさによると、その占い師、ある名前を見たときに“占えません”って言ったんだって。それ以降、見た目は普通だけど、声かけると反応がちょっと変なんだってさ。間がズレてるっていうか、別の場所見て返事してるみたいな……」
「今、その子、何してるか知ってる?――誰も知らないんだって。学祭が終わってから、急にいなくなったらしいよ」
――――
私は、今年も占い師はやらない。今年……あれ、今、何年だっけ……