2 黒野枢は初めてのお買い物をする。
枢はさっそく困っていた。
仮の体をもらうときオマケでゼウスが寝袋をくれたけれど、地面に寝袋を置くと背中が痛い。
ふかふかしたものが必要だ。
芝生に転がったまま考えていたら、犬の散歩をしていたおばちゃんが声をかけてきた。
「坊や、どうしたね。こんなところに寝ていたら踏まれるよ」
「……外で寝るには、どうしたらいい」
「家族でキャンプでもするのかね。そういえばもうすぐ夏休みだものねえ。わたしも子どもたちが小さい頃はよく行ったもんだよ。旦那がテントを張るときすごく張り切っていてねぇ。力仕事をこなしてくれるから、えらくかっこよく見えたもんさ。息子も「パパみたいにかっこいい男になる!」なんて言ってねー。成人した今じゃ、すっかりキャンプが趣味になって休みのたびにテントと寝袋持って出かけているよ」
おばちゃんのノロケがはじまった。そのうちどこかで必要な情報が出てくるかと思って、枢は十分くらい黙って聞いた。
「あぁそうそう。坊やもキャンプをするんだったね。御徒町駅のあたりに行けばキャンプ用品を売ってる店があるよ。うちの息子が働いていてねぇ。アメ横のあたりは迷いやすいから、地図を描いてあげよう」
「わかった」
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枢はおばちゃん言われるままに、店に来た。
神生初めてのお買い物である。
枢はキャンプ用品コーナーに行き、ずらりと並ぶ道具をじっと見つめていた。
神々の時代に商店なるものはなかった。
選択肢が多すぎて混乱していた。
「地面に寝ても痛くならない道具……。なんでこんなにあるんだ」
寝袋を担いでしきりに独り言をつぶやく枢の姿を見かねたのか、一人の店員が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。……キャンプ用品をお探しですか?」
「外で寝るための道具を探しているんだ。地面に寝袋は痛い」
枢は端的にしか話さない。店員は考えた。
(家族でのキャンプなら親御さんが買うだろうし……年齢的に考えると林間学校か。おれもガキんとき、親父に作り方教わって林間学校でテント組み立てたなぁ。最近の中学生はお母さん任せにせずに、しっかり自分で選んで林間学校の準備するのか。なんて偉い子なんだ)
店員は微笑みながら、いくつかの商品を手に取った。
「それならこのレジャーマットがおすすめだよ。ジャバラ折り収納できるし軽量だから持ち運びが楽。凹凸加工がされていて素材はポリエチレン。なんと厚さ三センチメートルで地面からの冷気もシャットアウトしてくれる。俺もこれを使っているんだけど冬でもこれを敷けば地面の冷たさを感じない優れものだよ。なんと税込み二千円!」
キャンプが趣味なのか、マットについて語る店員はやたらと饒舌だ。
枢はマットをじっと見つめた。軽く手で押してみると、たしかにあたたかいし、痛くなさそう。
「……二千円? とは」
「お金がないと買えないんだよ。もしかして親御さんからおこづかい渡されていなかったのかい? お取り置きもしておけるけど」
あいにくゼウスから資金なんてものはもらっていない。
「お金ができたらくる」
「じゃあお取り置きしておくから、名前教えてくれるかな」
「黒野枢」
「はい。黒野枢くんね」
とりあえずお取り置きだけしてもらって店を出た。
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その頃ゼウスは、警官に神の力で作った身分証を見せて難を逃れていた。
「ええ、はい、両親はギリシアの人間なんです。俺はギリシアのクレタ島出身で。だからゼウスは本名で、決して源氏名じゃないです。親戚の子が心配で見ていただけで……やましいことは何もありません」
「ああ、そうなんですね。ギリシアのご出身で、今は歌舞伎町にお勤め。大変ですねぇ」
神の力でテナント主の記憶やら書類あれこれ有耶無耶にして、歌舞伎町に自分の店を作った。
ゼウスの店『バー・オリュンポス』はオープンから三周年を迎えている──ということになっている。
逮捕回避のために、神の力を無駄遣いしまくった。
「ぅうう……俺、神様だよ!? なんで公園にいただけでこんな目にあうんだよ……」
交番までゼウスを迎えに来た妻、ヘラに残念なモノを見る目をされた。