1 黒野枢は道草を食う。
七月上旬。東京のとある公園に、奇妙な少年がいた。
まわりの人間は全員半袖ハーフパンツにサンダルといった装いなのに、少年は違う。
大きなキャスケットにダッフルコート、長ズボンにブーツ、極めつけにロングマフラーまでまいている。全身のアイテムは黒で統一されていた。
少年の髪も瞳も黒。見ているほうが熱中症になりそうだ。
ただでさえ目立つのに、少年は遊具のタイヤに腰掛けて無心にクローバーをむさぼっていた。
「うまい」
パトロール中の警官が、変な少年に声をかけた。
「きみ、なぜこんなところにいる。ご両親はこのことを承知しているのか?」
少年は逃げるでもなく、静かに警官を見上げて答えた。
「母は大地に、父は天に。息子の僕はクロノス」
「……黒野、すうくんね。すうは漢字で枢って書くのかな。お父さんが天さん、お母さんが大地さん? 学校はどうしたんだ」
「学校とは?」
警官は一瞬、意味がわからず眉をひそめた。
(学校に行く行かない以前に、学校を知らない。日中からこんなところにいる。児相案件か!?)
「兄姉が十一人いる。僕は、長い間地底の牢に囚われていたんだ。一年ここで生活したら、自由にしてやるって言われて」
若い警官は驚きのあまり後ずさった。警官になって一年も経っていないのに、ヤベー案件を引き当ててしまった。
「きみ、それ絶対、ネグレクトってやつだぞ!? 十二人兄弟で末の子を地下牢に閉じ込める親ってなんだ!? 身一つで一年放置って、育児放棄、犯罪だぞ! 詳しい話を聞きたい。一緒に交番まできてくれるか? これまで辛かったよな。これ、俺のおやつだけどよかったら食べろよ」
少年は袋ごと柿の種を食む。
「すとーーーーっぷ!!! 何してんだ!? 袋を食うな!」
「食べられないものをくれたのかい」
「そうじゃない。こう。袋を開けて中身を食べるんだよ。まさかお菓子の袋の開け方も知らないなんて…………。このご時世にそんなテレビドラマの悪役みたいな毒親がいるのか!?」
警官の中で少年は、『子沢山の家庭で学校に通わせてもらえずお菓子をもらえない、育児放棄されて家の地下牢に閉じ込められていたかわいそうな子』になっていた。
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クロノスの様子を、公園の植木の影からうかがう一人の男がいた。
男の名はゼウス神。クロノスの末の息子だ。人間体は三十代半ばの色男。神々の時代、数多の女を泣かせてきた美貌は衰えていない。
「……うーん。仮初の体を作るのに野うさぎを使ったのはまずかったか? 親父のやつ、雑草を食べ始めたぞ」
本来、クロノスは地球の深いところにある神の牢獄に幽閉されていた。何千年も牢獄暮らしの末、「そろそろ出してほしい」とお願いしてきた。
だからゼウスはクロノスに条件を出した。
【人間になり、一年間神の力を使わず他の神の助けも借りずに生き抜けたら考えてやってもいい】
山のうさぎで仮初の体を作り、とりあえず日本に放り込んで監視することにした。
そうしたら、なんということでしょう。
ベースに使ったうさぎの本能が残っているのか、クロノスは無心に公園のクローバーを食べているのである。
父親の監視をしていたところ、ゼウスに話しかけてくる人がいた。
「おまわりさん! この人です!」
「ちょっと、そこの貴方。何をしているんだ」
「はい?」
クロノスに声をかけていたのとは別の、年配の警官がゼウスに話しかけてきた。
警官の後ろに怖い顔をした女が数名いる。
「知らない男がうちの子たちを見てニヤついていると通報があってね」
「そんなやつがいるのか。日本は案外治安が悪いな」
平日とはいえ、この公園には幼い子ども連れの家族がたくさんいる。
警官は有無を言わさずゼウスの腕を掴んだ。
「貴方のことだよ。名前は? なんの目的で小さい子どもたちを見ているんだ」
「へ!? 怪しいやつって俺のこと!? いやいやいや。俺はゼウス。怪しくない!」
「ゼウス? 何だそれは。もしかして貴方はホストか? 源氏名でなく本名を教えてくれないかな」
「源氏名? と、とにかく、俺が見ていたのは小さい子でなくあっち。黒ずくめの方!」
「あの不思議な子を? ……なぜ?」
「あー。彼は俺の父親で」
「は??」
ゼウス以外の全員が凍りついた。
何わけわかんねーこと言ってんだこいつ。という顔だ。
三十代半ばの男が中学生(に見える少年)を父親と呼ぶのはかなり怪しい。
「署まで同行願おうか」
「ちょ、待ってくれ。俺は怪しい者じゃな………うわーー!」
ゼウスが連行されたことなどつゆ知らず、クロノス改め黒野枢は、生まれてはじめて食べる柿の種を味わっていた。
「とても勉強になった。この透明なピラピラは、食べてはいけない」




