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童話集

クミとユミの大冒険!

作者: 矢久 勝基

「じゃあ二人で食パンを買ってきてくれたら、ゆうえんち連れて行ってあげる」

 ってママが言ったとき、あたしは固まってしまった。妹のユミは「うえへへへへ~」とか喜んでるけど、とんでもない。お買い物なんて行ったことがないのだ。

「むり」

「クミももうおねーさんなんだからおつかいくらいできないと」

 ママは「くらい」とかいってるけど、あたしにとっては知らない国を冒険するようなもの。こわすぎて無理だ。

「クミちゃんいこー!」

 となりでは何も考えてない妹がすでにゆうえんちの入り口にいるような顔をしてあたしをせかしている。お買い物に行くということのオソロシさがまったく分かってない。

「ゆうえんち行きたいでしょう?」

「行きたい」

「じゃあパン買ってきて」

 あたしを買収しようとするママ。これはもう、あたしのじんせいで、いちばんの選択と言えると思う。お買い物に行ってゆうえんちに行くか、お買い物に行かないであんぜんなじんせいを送るか。

「ゆうえんち、ゆうえんち ゆうえんちっちっちーーー!」

 ユミはすでに行く気まんまんだ。お買い物じゃなくてゆうえんちに。なんならお買い物に行かなくてもゆうえんちに行くつもりなんだろう。でも……

 こわい……

 お店に行くにはくるまの通る道を渡らなければいけない。そして道を間違わないようにしないといけない。お店に行ったら知らないひとに「これください」いわないといけない。

 とんでもねぇ……

「じゃあ、行けたらゆうえんちのおみやげ屋で一つ好きなもの買ってあげる」

「え!? ホント!?」

 あたしのナニカが勝手に反応する。ユミは「うえへへへへ~」とかさらに喜んでるし、手に負えない。

「行く……」

 あたしは一大決心をするしかなかった。


 ティッシュの入った小さなカバンを肩から下げて、歩くときらきら光るくつをはいて、二百円を手に持って、目指すはまおうのしろ!!

 あたしにとってはお店もまおうのしろも変わらない。ユミはあたしよりさらにちっちゃいくつをはいて「うえへへへへ~」とか何もわかってなさそうだし、先が思いやられることこの上なし。

「ユミは何を持っていくつもり?」

 その時、ママはユミの背中を見て言った。気が付くとユミの持ってる者でも一番大きなリュックサックを背負っている。

 ユミは「うえへへへへ~」と満面の笑み。そして、

「ペカリン連れて行くの!」

 取り出したのはおっきいリュックサックいっぱいに座っているペリカンのぬいぐるみ!!

 ペリカンだけど、どう間違えたのかペカリンになってる、ペリカンのぬいぐるみ!!

「いらないでしょ!!!」

 すかさずママの声が飛ぶけど、

「いるの! 連れてくの!!」

 と聞かない。

「お人形さんで何するの!!」

「お店とか、見せてあげるの」

「落とすよ! なくして泣くよ!?」

 それでもユミは断固ペカリンを連れていくことを主張。わざわざ自分の背中を重くして、出発することになった。

 見送るママの顔も笑顔の裏ですっごい心配そうだけど、そりゃこんなユミが一緒じゃ心配にもなるだろう。あたしがしっかりしないと!

「ユミちゃん。走っちゃだめだよ」

 あたしはユミに言い聞かせて、手をつなごうとするが、ユミは馬鹿だからさっそく広がった外の世界にはしゃいで走り出してしまった。

「ユミちゃんダメーーーーー!!」

 追うあたし。ユミはすばしっこいんだけど、ひとつ弱点がある。

「あーーーほら!! ころんだーー!!」

 よく転ぶ。でーーーんと突っ伏して、「えーん」とか泣いて、手に負えない。

「ほら! だから言ったでしょう!?」

 と言っても泣き止まないことに困る。よく見るとひざ小僧をすりむいて、血が出てるじゃないか。

「ママーーーーーーーー!!」

 あたしは一目散におうちに帰った。


 ママはバンソウコウをつけてあげて、ひとしきりお説教。そりゃそうだ。ネェネの言うことを聞かないからそうなる。

 それでもママを見て安心したユミは泣き止んで、っていうか泣いてたことも忘れて、「クミちゃん早くいこう!」とか言ってる。だれのせいで早くいけないと思ってるの。

 そんなこんなで落ち着いて、「気を付けてね」とママ。あたしたちが歩き出してもずっとそこに立ってこっちを見たままだ。それが気になっていると、

「前見て歩きなさい!」

 って怒られた。あたしはもう帰りたい気持ちマンマンだけど、ともかく行くしかない。


 道を歩いていくと、歩道に生えている木の葉が赤や黄色でとてもきれい。もうふゆやすみなのだ。だから、ふゆの間にどこかに行きたい。ゆうえんちとか、ゆうえんちとか。

「クミちゃん。はっぱ拾っていい?」

「だめ」

「でもきれいだよ。ほら」

「わぁぁ……ホントだ」

 落ち葉とは思えないみずみずしい赤色。

「これもきれい」

「ママへのおみやげにしよう!」

 ユミの提案に、あたしはハタと考える。ママは喜びのあまり、「おみやげをもう一つ買っていい」と言ってくれるかもしれない。

「じゃあ、三つまでね」

 そうと決まれば、真剣に選ばなければいけない。おみやげ増量がかかっているのだ。一番きれいな葉っぱはどれか。ユミも大喜びで落ち葉に飛びついた。


 それから長い時間が経って、あたしはなんとなく忘れていたことを思い出した。

「パンを買いに行かないと!!」

「あ、そうだった」

 あ、そうだったじゃないわよ。あたしがいないとただ落ち葉拾って帰るところだったじゃない。

 どっさり落ち葉は集めたけど、持っていけないので小さいのをポケットに入れて再出発。パンが買えなければおみやげどころの話じゃなくなってしまう。

 手を繋いで歩道を歩いていくと、この先に何があるかは、あたしは知っている。お店の前に立ちはだかる最大の危険ゾーンだ。

 お店は、道を挟んで向こう側にある。道は車の通る道なんだけど、信号があるわけじゃないのだ。よくよく気を付けて渡らないと非常に危ない。

 ちゃんと右を見て左を見て、もう一回右をみて……

「ユミちゃん先に行っちゃダメーーーーーー!!」

 いつの間にか手がほどけていたスキに、ユミが走り出してしまう。あたしの反応がよかったから大丈夫だったけど、横断歩道を真ん中くらいまで行って戻ってきたユミに、「危ないでしょ!!」と怒る。

「ごめーん、うへへへへ~」とか笑ってるユミは、果たしてちゃんと反省してるのか。

 とにかく気を取り直して右見て左見て、もう一回右を見て……

「クミちゃん、行かないの?」

「くるまきてるじゃん」

 ずーーーっと遠くの方にぽつりと見えるくるまが、この道のずーーーーっと向こうの交差点で曲がった。あたしはほっと息をなでおろし、再び右を見て左を見て……

 今度は左側、ずーーーっと遠くの交差点を自転車が曲がってきたのを発見。危ない危ない。危うく見過ごすところだった。

 その自転車が通り過ぎるまで待つことにする。その間にも右側から左側からくるまが現れては消える。そのほとんどは目の前を通らずに他の交差点で曲がるんだけど、いつ暴走してくるか分からない。

「クミちゃん、行かないの?」

「もう、ユミちゃんはホント分かってないんだから……」

 この子は一人でお使いに行ける日が来るんだろうか。不安でしかたがない。


 そしてようやくお店に到着。

 車がまったくいないときを見計らって足早にお店に飛び込んだはいいけど、ほんとうにヤバいのはここからだった。

 知らない人たちが「いらっしゃいませ」とか声をかけてくる。ヤバい。隣でユミは「うえへへへへ~」とか全然分かってないし、ここはあたし一人で切り抜けなければならないんだけど。

 お店は広い。ママと一緒には来たことがあるから、パンのだいたいの位置は分かるんだけど、問題はそこにたどり着くまでにおかし売り場があることだ。

「クミちゃんクミちゃん! 見て! こやらのまーちがあるよ!」

「今日はこやらのまーちなしだよ」

「見るだけ!」

 あたしはしかたなく立ち止まる。いつもママもそうしてる。それにしてもおかし売り場というのはお店で一番華やかなところで、見てるとあたしも楽しい。

「はっ! パンを買いに来たんだ!!」

 すごい時間が経ってからそれに気づいて、あたしはアポロンを確保してるユミの手からそれを取り上げ、今度こそパン売り場を目指した。


 ところが、ここにもワナが隠されていることに、あたしは今さらながらに気づかされた。

 一言に食パンといっても、いくつもの種類があるのだ!

『8』とか『6』とかはかろうじて読める。だけど『芳醇』とか『湯捏ね』とか、読めるはずもなく、どれを買ったらいいのか皆目見当がつかない。

「ママは6って言ってたよ」

「6だけでこんなに種類あるじゃん!」

 6は分かるけどそのあとの『枚切り』は『り』しか読めない。ヤバい。

 これは、一度帰ってママに聞かないといけないのか。いやしかし、今までの道のりの長さを考えると、ここはあたしの機転で何とかしたい。

「ママが買ってるの、これっぽくない?」思わずユミに聞いてしまうあたし。

「うん。それ」絶対分かってないのに言い切るユミ。でもとりあえずそれにする。


 さぁここからだ。「これください」を言わなければならない。

 何を隠そう、あたしはひとみしりなのだ。知らない大人とかヤバすぎてどうしようもない。

 そういえばさっき手を繋いで歩いてた時、おばあさんが「なかよしだね」って声かけてきたけど聞こえないふりをして切り抜けた。ピンチだった。

 だから、あたしはパンの袋を握りしめてレジの近くで立ち尽くしている。このまま一時間でも二時間でもいられる自信がある。

 人生にはいろいろな試練があるかもしれないけど、できれば避けて通りたい試練だ。これを避けられるなら、国語がんばる。算数がんばる。

「買うの……?」

 そのとき、レジのおばさんの方が声をかけてきた。ヤバい。おそれていたことが起きてしまった。勇気を出して近くに寄りすぎていたらしい。

「え、あ、あの……」

 と、言えるならまだいい。あたしは目をそらし、パンの袋をさらにぎゅっと握りしめた。

 でもそのとき、こわいもの知らずのユミが大声を上げたのだ。

「これください!!」


 すごい。何も知らないってすごい。こいつ、言えたよ。「これください」って言えたよ。

 あたしが感心していると、おばさんは「じゃあ」って手を差し出してくる。あたしはおずおずと手を伸ばしてパンを手渡した。

「169円です」

 パンは169円だった。あたしは算数を習ってるから足りてることはなんとなくわかる。たぶん。

 だけどそんなあたしを、さらなる悲劇がおそった。

 あたしは今までパンを握りしめていた。あまり大きいとは言えないその両手で。力いっぱい。

 でもそれって、他の何かを握っていてはできないことだった。何も握らない両手で、目一杯握りしめていた。

 そう。それまで握りしめているはずだったものが、ない。

「お金が、ない!!!」


 あたしはパニックだった。人生最大のピンチと言えた。

 どこに置いてきたんだろう。ずっと握りしめていたはずの二百円!

「お金、落としたの?」

 おばさんも不思議そう。そりゃそうだ。あるはずのものがないなんて大人でも首をかしげる〝さすぺんす〟に違いない。

 どうしたらいいのか分からない。あたしの両目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。

「クミちゃん大丈夫?」ってユミがなぐさめてくれるけど、あたしの涙が止まることはない。

 もうだめだ。おうちに帰ったら絶対ママに怒られるし、おみやげどころかゆうえんちも中止だろう。ひょっとしたら明日食べるものもないかもしれないのだ。

 あのくるくる回るやつにに乗りたかったな……とか、ポップコーン食べたかったな……とか、未来の思い出がいくつもいくつも崩れていって、あたしは立っていられなくなった。

 だから気づかなかった。おばさんがその間、別の店員さんを呼んで、レジを交代していたことに。

 そして、

「どの辺で落としたか分かるの? 探しに行ってみよう?」

 とか言ってくれたのだ。


 おばさんが怖い人でないことが、だんだん分かってきた。あたしは泣きながら、どこから来たかを指さして説明する。その道をもう一度、エプロン姿のおばさんと歩くことになった。

 ユミもおとなしくついてくる。状況が分かってるかは分からないけど、とにかく走り出すことはないみたいで、一応安心。実際のあたしはそんな余裕ないけど、泣きながら、

「横断歩道気を付けて」

 と、言っておく。

「まっすぐきたの?」

 あたしはうなずいたけど、そこで思い出したことがあった。

「途中で、葉っぱを拾った……」

 そういえば、葉っぱを拾っているとき、あたしの両手はフリーだった。フリーだったから、夢中になって葉っぱが拾えた。ということは……

 あたしは走り出した。お金は、木の根元だ!!


 すかさず追ってくるユミ。小走りになるおばさん。問題の木にたどり着いて周囲を見渡して……

 ない。

 ないないない。

 どこに置いたんだっけ。まさか誰かに持っていかれちゃった……?

「ここで拾ってたの?」

 おばさんが聞いてくるけど、あたしは答えてる余裕もない。あるはずのお金がないことに凍り付いて、さっき積み上げた落ち葉を派手にひっくり返しながら、ママになんて言い訳しようか考えている。

 もっとも、ユミはそんな焦りなんていざ知らず、お気楽なものだ。

「そうだよ。ほら、こっちはぜんぶ、ユミが並べたんだよ」

 赤、黄、赤、黄、とシマシマに並べられた一角を自慢げに指さしてるユミ。状況が分かってないだけに強い。

 でも、それをひとしきり眺めていたおばさんが、なんてことない顔をして、

「これじゃない?」

 と指示した時、わたしはビビった。

「あった!!」

 そのシマシマのど真ん中に、ご丁寧に二枚の百円玉が供えられていたのだ!!

「ユミ! この二百円どうしたの!?」

「え?」

 ユミはきょとん。

「クミちゃんが落としてたから、分かるように置いておいた」

「落としてたんなら教えてよ!!」

「持って帰る葉っぱ選んでたら忘れてた」

 もーなんてこと!? あやうく明日食べるパンにもこまるところだったんだよ!?

 とにかく、あったんならよかった。わたしは二百円を抱きしめてから、おばさんに渡す。おばさんは苦笑いだったけど、「じゃあ戻ろうね」と最後には微笑んでくれた。


「遅かったねぇ……」

 おうちに帰れば、ママはあきれ顔だ。でも、怒ってる様子はない。と思ってたけど、

「だってしょうがなかったんだよ!」

 っていう言葉をかき消すように、ユミが今日あったことをそれはそれは楽しそうに話し始めて、話題を全部ユミに持ってかれるわけにもいかず、あたしも話始めて会話がぶつかってユミとケンカ。結局ママに怒られてしまった。

「169円か。高い方を買ってきたね」

 握りしめていたレシートと31円は、今度こそ無事にママの元へと戻っていく。これにてあたしの大冒険は大終了だ。知らない大人には優しい人もいる。これは一つ勉強になった部分かもしれない。こっちから声かけられないから自分だと探せないけどね!!

 ともかく……あとは……

「ママ、ゆうえんち、行ける……?」

 これだけだ。おみやげ二つはもう期待しない。ユミが葉っぱをちょっと見せてたけど、「道草はダメでしょ」とか怒られてたから、この部分では交渉が有利になることはない。

「ママ、ゆうえんち! ゆうえんち!!」

 ユミも援護射撃。二人の期待を一身に背負って、ママは……

「まぁしょうがない」

「やったーーーーーーーー!!!!」

 これで世界は救われた。なんなら宇宙も救われちゃったかもしれない。

「クミちゃん。またお買い物行こうね!」

「そういうこと言っちゃダメーーー!!」

 ママにきこえたらどうすんの!!

 でも知ってる。ユミのこのこわいもの知らずで、今回は救われた。もちろんユミひとりで行けたはずもない。今回の冒険は二人の力あってこそなのだ。

 そう思うと今回のお買い物でいろんなことが勉強できたと思う。しばらくこりごりだけど、かなりしばらくこりごりだけど。

 ……そんなふゆやすみのお遣いは、あたしにとってはやっぱり大冒険だった。

「この調子でユミと二人でゆうえんち行ってきたら?」

「ほらーーーーーーーー!!!!」


 ……次はゆうえんちでまいごになって……の大冒険が始まるんだけど、それはまた、別のお話。

片道300mの大冒険

この子たちには、世界って限りなく広いんだろうなぁ……

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― 新着の感想 ―
皆が何気なくしていることであっても自分には難しいっていうことって、結構あるような気がしています。 そして、店員さんがすっごく良い人!
2025/02/04 16:22 退会済み
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