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それから三時間後――。
逃げ出した兵士たちは、王国の責任者に事の顛末を報告している頃だろう。そこから内部で調整が行われ、真実を確かめるための調査団が派遣されて戻ってくるまでに更に数時間はかかる。故に双子がそれよりも早く手を打つことは容易であった。
「金貨千枚。それで許してやろう」
冒険者ギルド“旅人の集い”の応接室で、バスチーがソファに踏ん反り返って要求した。依頼を斡旋した受付嬢の上司であるギルド長がそれを受ける。
「せ、千枚とは……いくら何でも横暴すぎではありませんか……?」
「嫌なら良いんだ。ただ、他の冒険者たちにも口止め料を払わなきゃ、直ぐにでも噂が国中に広がるだろうなぁ」
「そ、それはっ……!」
ギルド長が声を震わせる。
王国と“旅人の集い”は癒着していた。魔器亜の餌にされると分かっていて、低級冒険者を斡旋していたのだ。当然、バスチーはその可能性に気が付いていた。だからこうして脅しにやって来たのだ。
他の冒険者たちは何も知らずに散っただけだが、あたかも皆が真実を知っているかの様に嘘をついた。口止めが必要な人数が増えれば、それだけ多く吹っ掛けることができるからだ。更にバスチーは畳みかける。
「真実が明るみに出れば、王国はアンタらに責任を負わせようとする。解決策はただ一つ。私たちに金を払って、全て私たちの所為にすることだ」
「……え?」
その言葉にギルド長は目を丸くする。最後の一言は、ギルド長にとっては願ってもない話だが、バスチーにとっては望ましくないはずの提案だからだ。
「大丈夫。金さえ払ってもらえれば、その後に私たちのことをどう報告しようが構わない。魔術契約を結んだって良い。用意はあるんだろ?」
魔術契約とは、その名の通り魔術による契約であり、違えれば死を以て罰が下る。黒魔術の一種であるが、国に認められている機関であれば行使することが許されている。
「そう仰っていただけるのであれば……直ぐにご用意を」
まるで美術品の様に荘厳な箱が目の前に置かれ、その中から一枚の羊皮紙が取り出される。共に箱に収められていた万年筆は、ギルド長が契約内容を口にすると同時に宙に浮き、その言葉を書き記し始めた。
「契約内容に齟齬がないか、ご確認ください」
「あぁ、大丈夫」
“旅人の集い”は金貨千枚をバスチーに支払い、バスチーとその仲間は今回の依頼に関することを他言しない。その契約を承諾し、バスチーとギルド長は互いに署名し血判を押した――。
革袋一杯に詰まった金貨をジャラジャラと鳴らしながら、バスチーは鼻歌を口ずさんで冒険者ギルドを後にする。
「なんで『俺たちの所為にして良い』なんて言ったんだ?」
バスチーの後ろで、終始黙って話を聞いていたバットが疑問を投げかけた。
「どっちみち私たちの顔は知られてるんだ。だったら相手優位の条件をチラつかせた方が話が早いだろ。それに、私たちの噂を広めてもらいたいってのものあるかな」
一部に納得したバットは、軽く頷いた後に心配事を口にする。
「F級冒険者どまりでクビになったわけだが……俺たちの噂が広まったら、他のギルドで雇ってもらえなくなるんじゃないか?」
「暫く冒険者ギルドは必要ない。私の考えが正しければ、あっちの方から声を掛けてくるだろうしね」
それが何を指すのかは分からないが、バスチーに何かしらの考えがあるのなら、それだけでバットは安心できた。
「あ、あの!」
双子の後ろに付いていたルピスが、歩みを止める。
「ふ、二人はなんで冒険者になったの?」
それは唐突な問い。“旅人の集い”を訪れたことで、双子がつい先日冒険者になったばかりなのだとルピスは知った。実力はF級を遥かに凌駕し、態度は玄人の様に堂々としている。そんな双子が何者なのか気になった結果、吐き出された言葉だった。
「私は奪われた物を取り返して、完璧な魔導師に返り咲くために」
「俺は完璧な不死者として、不足した物を補うために」
不完全な双子は、完璧となるために冒険者となった。
「この世界は完璧だ。必要な物は何でもある。でも、人の知る場所に私たちが望む物は無い」
「俺たちが目指すのは前人未踏の地だ」
「そこは“決して辿り着けない”ことを意味する言葉で、こう呼ばれてる」
「「“虹の麓”と――」」
ここからが、本当の冒険の始まりだ。
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