1-7
「さぁ、こっからはルピス次第だ」
バスチーはそう言って、宝箱から腰を上げた。
「アイツらを喰うか、私たちを喰うか、だ」
バスチーは冷たい目で、見下す様に選択を迫る。
宝箱型の魔器亜はバスチーの予想通り、人の血肉を喰らう。餌となるのは集められた冒険者たち。それはこの場所で、何度も何度も繰り返されてきたはずだ。
「ボ、ボクは……」
「おいおい、今更罪悪感に苛まれてるのか? 後悔なんて物に意味はない! 一度走り出したなら、進み続けるしかないんだよ!」
躊躇するルピスのことを、バスチーは天を仰ぐ様に体を反らせてけたけたと笑った。
魔器亜を使役させられるのは、たった一人の契約者のみ……つまり、冒険者たちの命を奪い続けていたのは、他ならぬルピスなのだ。契約者でない者が、肌身離さず魔器亜を持ち歩いているはずがないのだから。
「ルピィィィス‼ 早くそいつらを飲み込めえ‼」
ブリックスは叫んだ。ルピスの額に大粒の汗が滲む。彼女に選択肢はない……だが――。
「どんな風に脅されているのか知らないが……私たちなら解決できる」
帽子の鍔を摘まみながら、バスチーはルピスにだけ聞こえる声で囁いた。
「もし、これ以上殺したくないんなら、せめてコイツらを楽にしてやれ……」
それはバスチーが与えた、新たな選択肢。何故か、それを聞いてルピスは胸がすく思いがした。
「飲み込んで……【餓えた死海】!」
それが、ルピスの契約した魔器亜の名。
宝箱がガタガタと大きく揺れて、その口を開く。ジュルジュルと不快な怪音を響かせながら、触手の様な舌と柱の様に太い牙が幾本も飛び出す。それは明らかに宝箱に収まる体積を無視していた。
伸びた舌先が絡めとったのは、双子でも兵士たちでもない。物理的に触れることすらできないはずの魔霊たちだった。
「……ごめんなさい」
ルピスは涙をためながら、そう呟いた。
ものの数秒で宝箱は元の姿を取り戻し、蓋がパタリと閉まる。そして常に耳を刺していた呻き声は消え、空間に静寂が戻った。
「ルピス……人を喰わせねば、魔器亜は必ず暴走して国中の者を飲み込むんだぞ……! 貴様は世界を終わらせる気か⁉」
ブリックスの怒りは、王国の平和を案ずるが故の物ではない。奴隷の様に思っていたルピスに、反旗を翻されたことが我慢ならないのだ。
「なるほどね」
バスチーは、ルピスが典型的な手口で脅されていたのだと理解した。言うならば、一殺多生。しかし、犠牲者たちは決して悪人というわけではない。
「ボクはもう、人を殺したくない!」
「無意味な善意に振り回されやがって……。これだからガキは嫌いなんだ!」
ブリックスはそう吐き捨てて、背負った大斧を抜いた。
「この俺様が他の兵士と同じように行くと思うなよ……! 【装甲強化】!」
強化の魔術は、習得難易度の低い魔術でありながら、戦闘においては最も有用であると言える。ブリックスの詠唱は、その身に纏う甲冑の硬度を竜の爪すら通さぬ物へと変化させた。
「俺の出番だな」
余計な口を挟まぬ様、体を小さくして座っていたバットが立ち上がった。ゆっくりと前進しながら、距離を詰める。
ブリックスは大斧をくるくると回しながら、タイミングを計る。足場の状況やバットの歩幅を考慮し、ここぞという所でブリックスは駆けた。バットは無意識にその行動に同調して走り出してしまう。
(ド素人が! 勝った!)
ブリックスは内心でほくそ笑んだ。そして最善の手を導き出す。大斧の縦振りは避けられた時の隙が大きい。対して横振りならば、相手が跳んだり身を低くして避けても、大斧を振り戻せば良い。互いに走り出した時点で、真正面からの勝負を受けて立ったも同然。そうなれば、武器を持つブリックスが圧倒的に有利である。
「シャアアラァ‼」
その刃が届く距離。ブリックスの大斧はバットの脇腹に迫る――。
「……なん……だと」
金属が割れる音と共に、ブリックスの顔面は青く染まって行く。
バットは左肘と左膝で、真剣白刃取りを試みた。結果、白刃は取れず……その代わりに分厚い鋼は砕け散った。
「血の気は引いたか?」
バットは上げた左足で踏み込み、右拳を甲冑の腹部に叩き込んだ。その技に呼称はない。ただ、力の限り拳を振り抜いただけの一撃である。
声を上げることもなく、ブリックスは体をくの字にして十メートル以上先の壁まで吹き飛んだ。衝撃で立ち込めた砂煙が、その無様な姿を隠す。
不死者は死の恐怖から解放された存在。当然、痛みという恐怖も忘れてしまう。本来、自身の肉体が破壊されない様に脳は人の力に制限を課す。しかし、恐怖を忘れた不死者にはその枷がない。所謂、火事場の馬鹿力をいつでも引き出せる状態にあるのだ。その精神性は、不完全であるバットも同じであった。
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