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双子たちの進む最前線より二百メートルほど後方。兵士団が息絶えた魔蜘蛛を発見した。
「死体があるということは、飲み込んでいない様ですね」
兵士の一人が妙なことを言う。しかし兵士団の誰もがその言葉の意味を理解していた。
「あの二人……何者だ?」
団長のブリックスは、勝手に先に進んだ二人の冒険者が魔蜘蛛を倒したのだと察した。集まったのはF級冒険者ばかり。群れで活動する魔蜘蛛を倒すことなど不可能だ。死体が一匹であることから、他の魔蜘蛛が逃亡するほど圧倒的な実力を以て倒されたことが分かる。
「どうせ飲み込まれると思って放っておいたが……厄介な奴らかもしれんな」
ブリックスは、先を進む二人の冒険者を警戒するように部下に警告した。
「危険な魔物は我々が対処した! さぁ、冒険者諸君! 安心して付いて来給え!」
ブリックスの大声は、迷宮中に響き渡る。冒険者たちは何も疑うことなく先へ進んだ。
「団長! あれは……」
暫く進むと、兵士が声を上げた。その先には、幾人もの人が倒れている。
「急ぐぞ!」
ブリックスは後ろの冒険者たちを省みずに走った。辿り着いた場所は、天井が高く広い空間。人の手が全く加わっておらず、鍾乳洞の様になっている。
「おい、大丈夫か⁉」
倒れていたのは三十人もの兵士たち。彼らは皆、意識を失っている。
「……やはり貴様らか」
ブリックスは空間の中央に、双子とルピスを捉えた。
「誤解だよ。その不審な兵士たちが、ここで私たちを待ち伏せしてたのさ。襲われたから返り討ちにしてやっただけだよ」
バスチーは、ルピスの宝箱を下敷きにして座り、足を組んで優雅に煽った。宝箱を背負ったままのルピスは、尻餅をついて足をバタバタとさせている。
「ブリックス団長! 退路が何かに塞がれています!」
慌てる兵士たちにはそれが何か分からない。この空間唯一の出入り口は、いつの間にか無数の魔導書が敷き詰められ封鎖されている。これにより、冒険者たちと兵士団は完全に分断された。
「どこまで知っている……?」
「説明する意味があるのか?」
ブリックスの問いを、バスチーは鼻で笑い飛ばした。
兵士団の……いや、王国の目論見は既に看破されている。これは迷宮の探索などではない。冒険者という名の餌を誘い込むための依頼だ。
「このガキが背負った魔器亜に、生きた人の血肉を与える……それがアンタらの目的だろ?」
「結局、説明するんだな」
「うるさい、馬鹿!」
「……悪口はよせ」
腕を組んで堂々としていたバットは、シュンとして膝を抱えて座り込んだ。
「魔器亜の要求を拒めば、契約者でも制御できなくなる。アンタらはこの魔器亜を兵器として使い続けるために、無能な冒険者を集めて餌にしてるってわけか」
「そこまで気付いているのなら……何故逃げなかった?」
「あ? 見てわかんねーのか? アンタらは五人。そこに倒れてるお仲間は何人だ?」
「ふん……自惚れるな馬鹿が。我々をここに閉じ込めたのは失策だったな」
ブリックスが嗤うと、それに混じってすすり泣く様な声が空間を満たす。その正体は、地面や壁、天井から湧き出てきた魔霊たちだった。
「ここで魔器亜に飲み込まれた冒険者たちの亡霊だ! 魔霊に触れれば精気を奪われ、いずれ死に至る! 死にたくなければ、退路を開け!」
過去に幾人もの冒険者たちが犠牲に成ったのだろう。未練を持った魂たちは成仏されず、過行く時間と共に魔物へと変貌した。何を恨んでいたのかも忘れて、魔霊たちは空間を飛行し続け、見境なく人を喰らう……はずなのだが、双子は退屈そうに欠伸をしながら微動だにしない。
「……何故魔霊が近づかない⁉ まさか、貴様らも洗礼を受けているのか……いや、魔霊の存在を予測できたはずがないっ!」
事前に教会で洗礼を受ければ、少なくとも丸一日は魔霊から身を守ることができる。ブリックスたち兵士団も、当然洗礼を受けている。しかしそれは、事前に魔霊が出現することを知っているからである。
「俺は不死者だからな。幽霊は近づかない」
説明しよう。不死者は死の概念から逸脱した存在である。故に、生者をあの世へ連れて行くことを本能とする魔霊は、興味を示さないのだ。バットは不完全な不死者であるが、その根源的な性質は変わらない。
「私はありがた~い聖書を持ってるから安全だ」
説明しよう。バスチーが取り出したそれは、決して聖書などではない。正確には、魔霊をあの世に送り返す黒魔術が記された魔導書である。禍々しい人皮装丁本は、その見た目だけで魔霊たちが危険を察して退く程であった。
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