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「凄い……」
少女は、自身の理解を超えた状況に嘆声を漏らした。頭の中で、幾つもの疑問が浮かんでは消えて行く。
(冒険者と仲良くしちゃダメだって言われてるのに……)
兵士たちの言付けを守ろうと、少女は頭を振って雑念を払おうとした。ふと、背後に迫る兵士団の足音が耳に入る。少女は双子を急かす様に歩を進めた。後は無言で目的地を目指すだけ……しかし、一度火の付いた好奇心は燻り続ける。
「ボ、ボクの名前はルピス……! 迷宮の案内役として、王国の兵士団に雇われてここにいる」
我慢できず、ルピスは嘘を交えながら自身の正体を明かした。それは双子のことを知りたいがためである。名乗るならまずは自分から、ということだ。
「私はバスチー。こっちは弟の――」
「兄のバットだ。よろしく、ルピス」
笑顔を作るのが苦手なバットは、無理やり口角を上げて不器用に微笑んだ。
「バ、バットはどうやって魔蜘蛛を……どうやって……」
人見知りなのか、ルピスは言葉を詰まらせる。しかしバットは、こういう場合に何を聞かれるのか分かっている。こんな経験は一度や二度ではないからだ。
「俺には血液を無限に生み出す能力がある。受けた毒の抗血清を瞬時に生成して体中に巡らせれば、毒の効果を抑えられるんだ」
「え? あ……うん?」
ルピスは、バットが何を言っているのか全く理解できなかった。更に詳しく聞き出したとしても、それは変わらないだろう。
「親指の傷から、魔物の体内に血液を大量に流し込んだ。それで大抵の生き物は倒せる」
魔蜘蛛の血管に流し込まれたバットの血液は、逆流して心臓を破裂させたのだ。
「い、糸は? どうやって魔蜘蛛の糸を切ったの?」
「鋏で切った」
「だ、だからどうやって?」
「鋏を使ったことがないのか? ほら、こうやって持って、こうやってチョキっとすれば……」
強い粘性と柔軟性を併せ持った魔蜘蛛の糸は、そう簡単に切れる物ではないはずだ。
「馬鹿、そう言うことを聞いてるんじゃない」
「じゃあ、なんだ?」
見かねたバスチーが割って入る。
「弟は奇術が使えるんだ。裁縫師としての一級品の技術を、他のどんなことにも応用できる」
奇術――その始まりは曲芸や手品の類。いつからかそれは、常人の域を逸脱した技の極致を指す言葉として広まった。知識と魔力に依存する魔術とは違い、純然たる才能によってのみ会得できる技術だ。
糸や布であれば、どんな性質を持っていようと切ることができる。どんな物にも針を通し、自在に糸を張る。それがバットの奇術である。
「奇術……聞いたことある。魔術すらも凌駕するって……」
「凌駕することもある、だからな! そもそも分野の広い魔術を一括りにして比較するなんて――」
ルピスの一言に、バスチーが食って掛かる。どうしたものかと慌てる彼女に、「無視して大丈夫だ」とバットが耳打ちした。
バスチーは独り言の様に魔術について語り続ける。それと並行して、彼女はこの依頼に隠された真の目的について思索していた。先頭を行くルピスこそが、鉱山のカナリア。危険を事前に察知し、そして対処する役割を担っているに違いない。だとすれば、冒険者たちは何のために集められたのか。ルピスの背負う宝箱はなんなのか。バスチーは思考の末、その答えに至った。
「バット。この先、何が起こっても本気は出すなよ? 私が死んじゃうからな」
「あぁ、分かった」
バスチーは小声でそう伝えた。バットの本気とはすなわち、全てを鮮血の海に沈めること。そうなれば、本人以外は誰も生きていられない。
何が起こるのかバットには分からない。しかし、バスチーならば万全を期していると信じている。だからバットは何も聞かずに頷いた――。
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