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仕事が決まり、意気揚々と歩くバスチーの背中を見つめながら、バットは怪訝そうな表情を浮かべる。
「“安心安全”なんて依頼、断るものだと思ってたが……」
バスチーは危険や窮地を好む。いくら報酬が良くとも、こんな依頼は撥ね退けるものだとバットは思っていた。
「いや、逆さ。この依頼、かなり危険だ」
バスチーは不敵な笑みを浮かべて言い切った。
彼女がそう考えた理由はいくつかある。まずは受付嬢の態度。何としてもこの依頼を受けさせようとする姿勢と、周囲に聞かれたくないかの様な話し方。そして都合の良すぎる欠員。その上、未経験の初心者が参加を許されている事実。
「王国の兵士たちは、冒険者たちを囮にするつもりなんだろう。つまり、私たちは鉱山のカナリアってわけさ」
何故そんなことをする必要があるのか。答えは明白……それだけ危険な迷宮であるからだ。
「考えすぎじゃないか?」
「私の勘が……じゃなくて、私の高尚な考察が間違ってたことがあるか?」
「あるな。ついこの間も――」
「とにかく、だ! これは王国を出し抜いて手柄を立てるチャンスだ。どうせ雇った冒険者のことは無能な役立たずだと思ってるだろうからね!」
バスチーは、そうと決め込んで勝手に駆け引きを楽しんでいる。こうなった彼女には何を言っても効果はない。だからバットの興味は既に他に移っていた。
「軌道に乗るまでは節約しないとな……。今日は風呂無しの宿にするか。明日の依頼は日帰りだと良いんだが……」
別々の思考を巡らしながらブツブツと呟く双子は、王都の雑踏に消えて行った。
そして明朝――。
馬車に揺られて双子がやって来たのは、切り立った山の麓。冷たい川と朝霧に包まれ、幻想的で不気味な雰囲気が立ち込める。そこには既に、二十人近い冒険者たちが集まっていた。恐らく迷宮の入口であろう場所は、人工的な作りのアーチで縁取られている。入口の前には王国の兵士団が五人と、一人の見窄らしい少女が一人。
「よくぞ来てくれた、勇敢な者たちよ! 私の名はブリックス・ブリンだ!」
多くの冒険者たちに向かって声を張るのは、王国兵士団の団長である。
「依頼の内容はご承知の通りだ! 君たちは我々の後ろに付き、迷宮内の横道の有無や宝の確認をしてもらう!」
それが本当なら、なんと安全で楽な仕事だろうか。先頭を行く必要すらないのならば、真っ先に魔物に襲われたり、罠にかかったりする心配はない。
「やっぱりバスチーの思い違いだったみたいだな」
勘の外れたバスチーがどんな顔で悔しがるのか気になって、バットはわざとらしく呟いた。しかし彼女は、まるで謎に挑戦する探偵の様な面持ちだ。片方の眉を上げ、顎に手を当てて楽しみながら思考している。彼女は未だに、この依頼に裏があると信じている様だ。
「思ったより兵士の数が少ないな……。それにあの浮いたガキは誰だ?」
兵士団の横に並ぶ少女は汚らしい衣服を纏い、大きな宝箱を背負っている。その風貌から、兵士の一人ではないことが分かる。しかし兵士との距離感を見るに、特別に彼らが用意した者の一人だろう。
「さぁ、我々に付いて来てくれ!」
ブリックスが手を振りながら声を上げる。それを聞いて、宝箱の少女は誰よりも先に入口のアーチをくぐった。
「見ろよ、ブリックスとかいう奴のデカい体にデカい斧。あいつが先に行くなら危険はなさそうだな」
「楽な仕事だぜ。上手くやれば、宝もくすねられるかもしれねぇな!」
ゾロゾロと歩き出した冒険者たちは、小声でそんな会話を交わしながら進む。
迷宮の中は、自然の洞窟を利用して作られた人口の遺跡だった。ゴツゴツとした岩壁の一部には、荘厳で繊細な石像が掘られている。ヒカリゴケと呼ばれる植物が淡い緑色の光を放っており、松明を使わずにそれらの芸術を目に捉えることができた。その絶妙な明暗は、冒険者たちに恐怖を植え付けた様だ。皆、怯える様に肩をすぼめてキョロキョロと辺りを見回している。恐らく集まったのは全員F級冒険者なのだろう。迷宮と呼ばれる場所に足を踏み入れたことのない者も多いはずだ。そんな中、双子は怯える者たちを嘲笑う様に大きく歩を進め、ついには兵士団すら追い抜いた。
「おい、貴様ら! 勝手な真似はやめろ! 後ろに付け!」
直ちにブリックスの怒号が飛ぶ。しかし他の兵士も含めて、誰も本気で双子を止めようとはしなかった。
「この魔導師様の後ろに三歩下がって付いて来ることを許してやる!」
誰にも先頭は譲らない。それがバスチーの生き方だ。もちろん、バットは臆することなく何も言わずに肩を並べた。
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