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「何が起きてるんだ……?」
商人たちは武器を垂らし、天を仰いで呟いた。
「やぁやぁ、皆さん。商売日和ですね」
バスチーが商人の元へ辿り着いて声を掛ける。そして一度だけ指を鳴らした。すると魔導書たちは方々に散り、目を回した魔物たちが遥か上空から落下する。
「危ねぇ! 避けろ!」
商人の一人がそれを見て大声を上げた。馬車の下に潜り込む者、腰を低くして上空を見上げたまま避けようとする者、ひたすら遠くに走り去る者……様々だ。
バスチーが計算した通り、それらは馬車から外れた位置に落下する。地面に叩きつけられた魔物は、見るも無残な姿となって息絶えた。
「あ、アンタら一体何者――」
「お礼は?」
バスチーは商人の言葉を遮って満面の笑顔を見せつける。何故か皆、それを恐ろしいと感じた。
「悪いが商品も金も渡せねぇ。だが、それ以外ならできる限り協力させてもらうぜ」
「私たちを国境まで連れて行ってくれないか? できればイルシュ王国のバーラという港町へ行きたいんだけど」
「丁度、俺たちもイルシュへ向かうところさ。バーラに寄るつもりは無かったが……いいぜ! 俺の馬車でなら連れてってやるよ!」
商人の一人が都合をつけ、双子たちは目的地まで馬車で向かうことができるようになった。
「こりゃ……何がどうなってんだぁ?」
他の商人たちは魔物の死体を眺めて困惑する。本が空を飛ぶ光景など、見たことがあるはずもない。だからこそ、目撃したことと起こったことの整合性が取れないでいるのだ。だが、説明している暇は双子にも商人たちにもない。「さっさと行くぞ!」という声と共に、呆けていた商人たちは顔つきを変えて、それぞれ御者台に乗り込んで馬車を走らせた――。
荷台に乗り込んだ双子たちは、幌越しの日光に眠気を覚えながら揺られる。
「そうか、アンタらも“人喰いの海”へ向かう冒険者ってわけか」
「あぁ、そうだ」
商人は手綱を振りながら、頻繁に双子に話しかける。バスチーは既に帽子を顔に被せて寝ているため、仕方なくバットが応対した。
「まさか、そのお嬢ちゃんもか?」
「う、うん。ボクも一緒」
まだ幼いルピスが危険な場所へ赴くと聞いて、商人は少し訝し気な表情でバットを一瞥した。
「兄妹ってわけじゃ……ないのかい?」
「俺とこっちは双子だ。ルピスは違うが、大事な仲間だ。危険があれば俺が守る」
顔の広い商人なら、双子がお尋ね者だと気付くかもしれない。嘘をつくのが苦手なバットは、真実でありながらも怪しまれない様に言葉を選ぶ。
「男女の双子か。そういや、アラナス兄妹も今回の船に乗るって聞いたな。話に聞いた見た目と違うが……もしかしてアンタらのことか?」
商人はルピスよりも、双子ということの方が気になった様だ。
「いや、私たちはバグズだ。聞かせてもらえないかな? アラナス兄妹って奴らのこと」
バスチーは帽子を上げて顔を見せた。寝ていた様に見えて、しっかりと話を聞いていたのだ。バットは「起きてたのか」と呟いて安堵した表情を浮かべる。
「アラナス兄妹は有名なA級冒険者さ。S級の実力はあるらしいが、仕事を自分たちで取って来るから、ギルドが斡旋した依頼をこなさずランクが上がらないって噂だ」
曰く、兄は盾を持たない守護士、妹は剣を持たない戦士だと言う。たった二人で氷結の竜を討伐した実績を持ち、二つの国から英雄の称号を授与された優秀な冒険者である。
バスチーは、噂程度の取るに足らない情報も含め、商人の知り得るアラナス兄妹のあれやこれやを全て聞き出した。
「その兄妹に雇ってもらうのか?」
バットには、それほどまでに兄妹のことを知りたがる理由が分からなかった。
「それもいいかもね」
そうやって適当にあしらってから、バスチーは再び帽子を顔に被せて眠りについた。
「で、本当にそのお嬢ちゃんも連れて行くつもりなのかい?」
「……検討中です」
商人の口は止まらない。ただの世間話ならまだしも、再び話の主軸がルピスになってしまった。バットは無表情で困り果てながら、差し障りの無い言葉を紡ぎ続けた。
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