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「最初はどこへ行くんだ?」
バットは問いながら、躊躇せずに糸切り鋏で手首を傷つけ、流れる血液で焚火を消した。
「まずは“冥界海域”に向かう。私が調べた限り、次に船が出るのは一週間後だ。タイミングとしては丁度いい」
腹ごしらえを終えたバスチーは、一息で言い切ってから腰を上げて歩き始める。
他と比べて、“冥界海域”へ向かう手段は多分に用意されている。“冥界海域”のどこに幾つの島が存在しているのか未知であるために、多くの周辺国がそれを明らかにしようと躍起になっているからだ。そこには、自国の領海を広げるチャンスが眠っているのだ。しかし、島を発見した者はおろか帰って来た者すらいない。故に前人未踏。
「俺たちには冒険者の資格がないわけだが、参加できるのか?」
「できるさ。資格なんて無くても、参加者を募ってる奴に雇ってもらえばいい」
当然、雇われるにはそれなりの実力を示す必要がある。最も手っ取り早いのは上級冒険者たる資格を提示すること。しかし、そうでなくとも認められるケースはあるだろう。例えば、王国兵士団を打ち倒す程の実力を持った犯罪者……なんてどうだろうか。
「私たちの噂が広まってれば、私たちを使いたい奴らが接触してくるはずだ。強い犯罪者は使い勝手が良いからね」
「あぁ、『あっちの方から声を掛けてくる』ってのは、そういうことか」
バットは、数日前にバスチーが放った言葉を思い出して納得した。
犯罪者を雇うならば、手続きは実に簡単。弱みに付け込めばいいのだ。不当な取引を強要したり、ぞんざいに扱うことすら許される。そういう意味で、双子の需要は高いはずだ。
「でも、船には忍び込むことになるだろうね」
自ら存在をアピールしてしまえば、追手に見つかる可能性が高まる。望ましいのは、まだ見ぬ雇い主の方から接触してくることだ。直ぐにそれが実現するとは断言できない。ならば、僅か一週間後の渡航に向けて取れる手段は、密航ということになる。
「そ、そんなことしていいのかな……それに、どうやって忍び込むつもりなの?」
「方法は歩きながら考えるさ」
ルピスは終始落ち着いた態度のバスチーに頼もしさを感じつつも、同時に不安を募らせていく。罪を重ねることを後ろめたく思いながらも、自身が多くの命を奪って来た事実を思い出し、口を噤んでしまう。事あるごとに浮かび上がる罪悪感は、徐々に彼女の心を腐らせていくが、本人はそれに気が付いていない。
「お、そろそろ森を抜けられそうだ。後半はすんなり行けたな」
大量の犠牲を出した森の魔物たちは、双子には敵わないと悟ったのだろう。周囲に纏わりつきながらも、攻撃を仕掛けてくることはなかった。
「うーん、こっから歩いて五日は掛かるな。ルピスの言う通り、遠回りのルートの方が良かったか?」
「馬車は森に入ると同時に魔物に壊されたからな。馬には可哀そうなことをした……」
森を抜けて望むは一面の草原。野営をするにも目立ちすぎる立地がひたすらに続く。そんな状況に、バスチーは珍しく自らの選択を後悔した。
「あ、あれは?」
パタパタと先を走り、ルピスが指を差した。僅かな土地の起伏に隠れて見えなかったものが、そこにあった。
「あれは……隊商だな。襲われてるみたいだ」
バットは手の平で太陽の光を遮りながら様子を窺う。長い馬車の列に、明らかに人でない者たちが群がっている。それは十を超える塵竜と、五匹の魔怪人だった。
「へぇ、意外とやり合えてるじゃないか。流石隊商。商人も強くないと生きていけないからな」
「そ、そんな呑気なこと言ってないで助けないと!」
「確かに恩を売れば足にできるな。なかなか賢いじゃないかルピス」
バスチーは揶揄う様にルピスの頭を撫でまわした。もちろん、ルピスにそんな思惑がないことは分かっている。
「ボ、ボクの魔器亜なら……!」
「やめとけ、それは最後の切り札みたいなもんだ。あんまり見せびらかすもんじゃない。私がやるよ」
バスチーは、隊商の元へ駆けだそうとするルピスの首根っこを掴んで足を止めた。
「【本の蟲】――」
左手首に結ばれた鍵型の魔器亜を突き出して捻る。縦に割れた空間から、自由を求めるかの如き勢いで噴き出した魔導書たちが青空を目指す。
「攫え」
バスチーは短く一言だけ、指示を出した。
魔導書がページに風を受けて、パサパサと音を放つ。数万冊に及ぶそれは、耳をふさがなければならないほどの轟音となって、魔物たちに迫った。ただそれが通り過ぎるだけで、塵竜は攫われて姿を消す。宙を舞って旋回し、今度は地を這う様に飛びながら魔怪人の足を掬った。そのまま竜巻の様に回転しながら魔物たちを空へ突き上げる。それは必要以上に長い時間をかけて巻き上がった。
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