1-8
それから一週間が経過した。
城内の訓練場で、ローズとシンシアを含めた5人の子供達が訓練に励んでいた。
”キン!!ガキン!!“
ローズの剣と、シンシアのハンマーがぶつかり合う。
「えい!やあ!」
「……」
シンシアは躊躇なく、自身の身長とほぼ同じ丈のハンマーを持って攻める。
その細い腕からは想像もつかない速度で、ローズ目掛けて振り回していった。
しかし、捌き方はローズも負けていない。
ハンマーの面が頬を掠っても、横腹を抉りそうになっても、涼しい顔で双剣を振るっている。
それからお互い何度も打ち合う。
すると不意にシンシアがジャンプし、体重を乗せてハンマーを振り下ろした。
受けるのは危険と判断したローズは、転がって躱す。
空を切ったハンマーはそのまま地面に激突し、そこから四方八方に尖った氷が突出した。
シンシアは素早くハンマーを振りかぶり、その氷を砕く。
尖った破片がローズ目掛けて飛んでいった。
「ッ……!」
ローズは瞬時に氷の破片を斬り払うと、地面を蹴る。
それから勢いに任せてシンシアのハンマーを蹴り飛ばした。
「きゃっ!?」
反動でシンシアは地面に倒れた。
ローズは着地してから、双剣を納めてシンシアに駆け寄った。
「……大丈夫?」
「えへへ。ありがとう」
ローズに手を引かれ、シンシアは立ち上がる。
「あっ!シンシアのハンマー!」
シンシアは慌ててハンマーを取りに行った。
すると先に、持ち手の部分を掴む者が居た。
「頑張ってるな。2人共」
「ヨハン様!!」
いつの間にかヨハンが訓練場に入ってきていた。
落ちていたハンマーをシンシアに渡す。
ローズも急いで駆けつけた。
「ヨハン様、何か御用でしょうか?」
「いや、休憩がてら寄っただけだ。2人は模擬戦か?」
「はい!ヨハン様、ローズとっても強いんだよ!」
「シンシア……」
「そうか。それは心強いな」
ヨハンはそう言ってシンシアの頭を撫でた。
それから息を吐くと、2人に告げた。
「……1ヶ月後、遠征に行くことになった」
「……また、戦争ですか」
「シンシア達も行くの?」
「あぁ。……私の力では止めることができなかった。だから2人共……すまないが、死ぬんじゃないぞ」
「ヨハン様が謝ることではないと思いますが……承知致しました」
「はい!シンシアも頑張ります!」
ローズとシンシアは、敬礼をして応えた。
そう、実際に前線で戦うのは“王の槍”なのだ。
自分も前線に立てばこの気は晴れるのかと、つい考えてしまう。
ヨハンはまた、複雑な気分になった。
「……あれ?曇っちゃった」
唐突にシンシアが空を指差して言った。
先程まで青空が広がっていたというのに、今は雲で覆われている。
白てはなく、灰色の雲に。
「さっきまで晴れてたのに〜……」
「そうだな。何というか、不吉だ」
「……」
ローズも目を凝らして空を見た。
視界の端から、何か飛んでくるのが見えた。
長い首に、大きな翼を持った何か。
鳥だろうか。
いや、鳥にしては大きすぎるように思える。
それに尻尾も騎槍のように長くて鋭い。
嘴の代わりにあるのは、牙が覗いた尖った口。
そしてその口が大きく開かれた。
「……ッ!!危ない!!」
ローズは急いでシンシアとヨハンの手を引き、訓練場から遠ざかった。
一瞬空がオレンジ色に光ったかと思うと、次の瞬間には爆発が起こった。
爆風で3人は吹き飛ばされ、壁に激突した。
受け身を取ったローズはすぐに立ち上がる。
すぐに側で倒れる2人に声を掛けた。
「ヨハン様、大丈夫ですか!?」
「あぁ…。問題ない。動ける」
「よかった…。シンシアは?」
「うん!大丈夫!」
「よかった……」
ヨハンもシンシアも無事だったため、ローズはひとまず胸を撫で下ろす。
「しかし、何なんだ今の爆発は?」
「……私、見ました。上空を飛んでいた鳥のような何かが、火の玉をこちらに撃ってきたのを……」
「……ッ!!みんな!!」
何かを思い出したかのように、シンシアが訓練場の方へと駆け出した。
「シンシア!」
「追いかけよう!」
ローズとヨハンも後を追う。
訓練場に戻ると、ポツンと立ち尽くすシンシアの姿があった。
所々火の手が上がっており、瓦礫が落ち、中央の地面は大きく凹んでいた。
シンシアが見ていたのは、燃えている子供達だった。
さっきまで訓練に励んでいた、3人の”王の槍“のメンバー。
逃げ遅れてしまった結果、火の玉の餌食になってしまっていた。
「……シンシア」
「ネオン……!ハチェット……!オリバー……!」
真っ黒に焦げていく3人の名を口にし、シンシアはその場に崩れ落ちた。
ローズは何も言えなかった。
あの鳥のような生物が火の玉を放つ前、残っていた3人に何もすることができなかった。
もっと早く危険を察知できていたら。
あの一瞬で「危ない」と、「逃げて」と、言えていたなら……。
それらができていたら、こんなことになっていなかったのではないか。
そう思うと、胸が痛くなっていた。
「……ローズ、気負うな。君は悪くない」
ローズの心中を察してか、ヨハンが声をかけてきた。
「ヨハン様……」
「君のお陰で今、私とシンシアは生きている。ありがとう」
「………」
ここは「どういたしまして」と言うべきか。
それとも「こちらこそありがとうございます」と言うべきだろうか。
どちらにしても、何も返すことができなかった。
気持ちの整理がつかないうちに、1人の兵士が走ってきた。
「ヨハン様!ご無事で何よりです!」
「あぁ……。いったい何が起こっている?」
「ドラゴンです!ドラゴンが、攻めてきました!」
「ドラゴンだと……!?」
ヨハンは目を見開いた。
「何故だ!?この国を襲うことに、何のメリットが……!?」
「理由は不明です!ドラゴンは現在、西一番街を襲撃しています!騎士団が既に接触!“王の槍”も順次向かっています!そこの2人も出撃を!」
兵士はローズとシンシアにも出撃を促した。
逸る様子の兵士を、ヨハンは止める。
「待て!2人は今の奇襲で仲間を亡くしたばかりなんだ!」
「仲間……”王の槍“のメンバーですか!?」
「あぁ。3人やられた…。だから今の精神状態で向かわせるのは……」
「行きます」
小さくとも芯が通った声が響いた。
ローズがハンスと兵士の顔を見ながら続ける。
「任務内容はドラゴンの討伐ですよね?私、行きます」
「ローズ……」
「私は大丈夫です。ハンス様は、安全な場所に避難していてください」
ローズはそこまで言うと、シンシアの下に歩み寄った。
屈み込み、目線を合わせる。
「シンシア」
「うっ…ぐすっ……。……ローズ?」
「私、先に行ってドラゴンと戦ってくる。無理はしないでね」
そう言ってローズはシンシアの頭を撫でた後、少し助走をつけて跳んだ。
連続で壁を蹴り、城の屋根に着地する。
そこから街中で暴れるドラゴンの姿が見えた。
ドラゴンが居る周囲は、火や瓦礫で荒れている。
爆発音に紛れ、悲鳴や怒号も聞こえてきていた。
ローズはドラゴンが暴れている方へと走り出した。
その途中で小さな黒い物体が飛んできて、ローズの背中に張り付いた。
「ローズ!」
「ネーロ!?」
足を止めて後ろを振り返ることなく、ローズは反応した。
ネーロは背中に掴まったまま話し続ける。
「ドラゴンが暴れてるようだな!奴らが人里を襲うことは滅多にねぇ!何かやらかしたのか!?」
「解らない!でも急に攻めてきた!早く倒さないと!」
「強敵だぞ!戦争で人間相手するのとは訳が違う!いくらお前が強くても、簡単に勝てる相手じゃねぇぞ!」
「それでも止めないと!このまま放っておいたら、ソルブレアが滅ぼされる!」
人家の屋根から屋根を跳びながら、ローズは答え続けた。
自分の命も顧みない様子のローズに、ネーロは舌打ちをする。
「ローズ!まだ旅に出たいと思ってるか!?」
「思ってる!」
「じゃあ!死ぬんじゃねぇぞ!!」
「うん!」
ネーロに鼓舞されながら、ローズは走り続ける。
ドラゴンが暴れているエリアが近づいてきた。