1-7
「父上、此度の戦もまた勝利致しました」
「そうか。これでシザーギア王国もまた、我が手中」
「………」
シザーギア王国との戦争が終わった翌日の夜。
ヨハンは国王や兄のハンスらと共に、夕食を摂っていた。
フワフワのパン。
みずみずしい野菜が使われたサラダ。
控えめな塩っぱさが癖になるスープ。
薄く切り分けられた牛肉。
香ばしい匂いを醸し出す鶏の丸焼き。
粉雪のような砂糖が振りかけられたチョコレートケーキ。
王族らしい、豪華な食事が用意されていた。
スープを飲みつつ、ヨハンは耳を澄ます。
第一王子であるハンスが、今回のことや後に起こるであろう戦について話しているのが聞こえた。
「シザーギア王国は機械に精通しています。今回の戦でも機械の怪物を使用しており、一般兵は苦戦を強いられていました」
「そのようだな。だが、その技術も最早我が手中。シザーギアにはこれから兵器生産工場として役立ってもらうとしよう」
「これで我々の戦力もまた大きくなりましたね。生産した兵器を”王の槍“に使わせてみるのはどうでしょう?今回も彼らが活躍しましたからね」
「そうするとしよう。流石は“王の槍”だ。これからも役立ってもらわねばな」
「……父上」
”王の槍“の名前が出たところで、ヨハンが声を上げた。
「何だ?ヨハン」
「提案なのですが……」
「ほぅ。普段静かなお前が提案を出すとは珍しい。どうした?シザーギアに造らせる兵器のアイデアでも浮かんだか?」
「“王の槍”を……子供達を戦わせるのを、やめませんか」
「何?」
国王の眉がピクリと動いた。
ハンスも厳しい表情を浮かべる。
「何故そう思う?」
「”王の槍“は全員まだ子供です。10歳未満の者も所属しております。そんな彼らを戦争に出すのは反対です。彼らは守られるべきです」
「今更そんなことを言い出すとはな。ヨハン、お前は昔から本当に何を考えているのか解らない奴だ」
子供達を擁護するヨハンを、ハンスが鼻で嗤った。
「兄上……」
「“王の槍”の実力を知っているだろう?奴らの戦闘力はずば抜けている。守る必要なんてない」
「そうだとしても、子供達を危険な戦場に出すのは間違っています。実力は知っていますが、精神的には未熟です。予期せぬ事態にパニックを起こしたところを狙われる可能性だってあるでしょう」
「そうならないよう指示するのが我々の役目だ。それに死んだらまた補充すればいい。有望な子供なら手中の国含めいくらでも居るだろう」
「……子供達を、何だと思っているのですか?」
「どうした?まさか情でも湧いたのか?あれは子供じゃない。化け物だ。扱いやすい化け物。少し褒美を寄越すだけで簡単に手懐けられる」
「兄上!!」
「もう良い。やめんか2人とも」
見かねた国王が、ヨハンとハンスの言い争いを止めた。
ヨハンは国王を睨む。
ハンスと同じく国王もまた、”王の槍“を強くて扱いやすい兵士としか見ていない。
それに対し、ヨハンは“王の槍”の子供達の扱いについて納得できていなかった。
そんなヨハンを諭すように、国王は口を開いた。
「ヨハン。子供達のためを思うと言うのなら、このまま”王の槍“として戦わせるのべきだとは思わんか?」
「何故です!?」
「あやつらは“王の槍”としての生き方しか知らんからだ」
「どういうことですか!?」
下卑た笑みを浮かべる国王は、穏やかな口調で続ける。
「幼少期より、あやつらには兵士の生き方を叩き込んでおる。それはあやつらにとっては枷になるだろうなぁ。結局は戦いの中でしか生きられないのだよ」
「そんなことありません!新しい生き方ができるように導けば……!」
「いや、そう簡単にはいかぬだろう。柔軟に生きられる者も居るだろうが、全員ではない。”王の槍“を無くしても、結局は戦いの日々に戻るだろうなぁ」
「……まさか。“王の槍”を子供達で構成している理由は……」
「そう、教育しやすいからだ。幼少の頃から育て上げれば、我らにとって都合の良い兵士として使える」
「父上……!!」
「まぁ、子供達を自由にしても構わんが、奴らは街を滅ぼす程の破壊力を持っている。そんな奴らを簡単に解き放てると思っているのか?」
「ッ……!!」
ヨハンは下唇を噛んだ。
子供達の処遇については、国王の言い分が正しいのかもしれない。
ローズやシンシアは穏やかだったが、“王の槍”のメンバーの中には、気性の荒い者も居る。
最悪の場合、他国を襲撃してもおかしくない。
そういう可能性が出てくるのなら、子供達を監視下に置いておくしかないだろう。
「ッ……!!!」
感情が抑えられなくなったヨハンは席を立つ。
その場に居る全員の視線を背中に受けながら、食卓を後にした。
「ヨハンの奴には困ったものだ。甘っちょろくなりおって。どこで教育を間違えたのやら」
国王はワイングラスをユラユラと揺らしながら呟いた。
これにはハンスも首肯する。
「まったくです。あんなのが弟とは情けない」
「ククク。実の兄にそう言われてしまっては終わりだな」
「あいつの話はここまでにしましょう。飯が不味くなりそうだ。実は父上、此度の戦でとても珍しいものを手に入れまして……」
ヨハンは物憂げな気持ちで城内を歩いていた。
私はどうしたらいい?
何ができる?
子供達のために、できることはないのか?
先程からそんな考えが、頭の中で回っている。
できることなら子供達を自由にしてやりたいが、彼らは普通じゃない。
城下の子供達とは違う。
戦争に勝つためだけに育て上げられたような存在だ。
彼らは自由になったら、どこに向かうのだろう。
ローズは?
シンシアは?
あの2人は、どこに行くのだろうか。
そんなことを考えていると、訓練場が目に入った。
壁には傷や焼け跡が残っており、敵兵を模した人形はボロボロになっている。
ここで毎日、子供達が訓練をしているのだ。
「……あれは」
暗い訓練場をじっと見る。
人形の近くに、ローズが居るのが見えた。
壁に寄り掛かり、座って剣を見つめている。
気になったヨハンは訓練場に入り、ローズに近寄った。
「ローズ」
「……ヨハン様。こんばんは」
ローズは顔を上げて挨拶をした。
少し驚いているようだが、それでも表情が乏しい。
「どうしたんだ?こんな時間に、こんなところで」
「訓練をしてました。今は少し休憩中です」
「そうか。……隣、いいだろうか?」
「はい」
何故そうしたのか解らなかったが、ヨハンはローズの隣に座った。
ふとローズが持つ剣に視線を移す。
こまめに手入れをしているおかげか、刃こぼれは無く、汚れも付いていなかった。
「……ヨハン様」
「なっ…何だ?」
「何か……ありましたか?」
「……どうしてそう思う?」
「困っているような……悩んでいるような……そんなお顔をされているので……」
「……」
そんなに顔に出ていたのだろうか。
悩んでいることを、ローズに見抜かれてしまった。
ヨハンは少し右手で顔を覆った後、ローズに話し始めた。
「君達について……”王の槍“について考えていた」
「私達のことですか?」
「そうだ。君達はまだ子供だ。それなのに戦争に出すのはどうなのかと思ってしまってな」
「私達は問題ありません。命令してくだされば、どんな敵の首でも獲ってみせます」
抑揚はあまり無いが、その時のローズの声には力強さはあった。
それこそ、どんな命令でも達成できるくらいに。
だとしても、「頼もしいな」とは言えないし、「優秀だ」とも思えなかった。
「君はそう考えているのか……」
「はい。……間違って…いるのでしょうか…?」
「……どうなのだろうな。……君達が強いのはよく解っている。それについては、私も誇りに思っているさ。だが……どうしても……」
「どうしても……?」
「……君達を戦場に出すこのやり方に……納得いかない……」
ヨハンは右手で顔を覆った。
ふと隣を見ると、ローズが困ったような顔をしていた。
「すまない。困らせてしまったな」
「……いいえ。大丈夫です」
小さな声で、ローズは応える。
これ以上困らせるのも酷だ。
訓練の邪魔にもなってしまうだろう。
ただ、もう1つ。
もう1つだけ、聞きたいことがあった。
「ローズ……」
「何ですか?」
「君には今、やりたいことはあるか?」
「……はい?」
ローズは首を傾げる。
「もし……もしもだ。”王の槍“が無くなって、自由の身になったとしたら、君は何がしたい?」
「……」
「何故戦うのか」とか、「死ぬかもしれないのに、怖くないのか」とか聞いても、おそらくピンとこないだろう。
彼らは、そういう風に育てられたのだから。
兵士として戦うことが、彼らにとっての当たり前なのだ。
だからせめて、ローズのやりたいことを聞きたかった。
「……私の、やりたいこと……」
「そうだ。何でも良い。私は君のやりたいことを知りたい」
「……私は…」
ローズは少し言葉を詰まらせてから言った。
「旅に、出てみたいです」
「……旅か」
「はい。旅です」
「……どうして、旅に出たいんだ?」
「ソルブレアの外にあるものを、たくさん見てみたいからです。実は、シザーギアとの戦争の後に、綺麗な花を見て……。それから、そういう綺麗なものを、もっと見たいと思ったんです」
「そうか。素敵なことだ」
「はい。それに……」
「それに?」
「旅に出たら……解らないことも解るようになるかもしれないと思って……」
「解らないこと?」
「はい。……例えば、先生のこととか」
「先生?」
「はい。魔力が無い私を、ここまで強くしてくれた人です。だけど、先生は2年前に突然居なくなってしまったんです。これを残して」
ローズは懐から、手帳を取り出した。
年季が入っているようで、傷や汚れが目立つ。
「それは?」
「私の訓練のメニューです。先生が作ってくれたんです。私が1人の時は、これを見て訓練に励むようにって」
「まるで、自分が居なくなるのを予知していたようだな」
「今思えば、そんな気がします」
「ローズは先生が、ソルブレアの外に居ると考えているのか?」
「はい。……先生は、外から来た人です。例え会えなくても、どこで生れて、どうしてソルブレアに来たのか、知ることはできます」
「そうか。……解るといいな」
力無く微笑み、ローズの頭を撫でる。
弱気になっている場合ではない。
この子達のためにも、しっかりしなければ。
ヨハンは気を引き締めた。