1-5
2週間後。
ソルブレア帝国は、また他国との戦争を引き起こしていた。
相手国の名はシザーギア。
工業が盛んなことで有名な国だ。
その技術を手中に収めるため、ソルブレア帝国は兵を上げ、襲撃。
シザーギア王国もまた迎え撃つ形となった。
「ヨハン様!今戻りました!」
岩場に作られた拠点に、偵察に向かっていた兵士が戻ってきた。
数名の兵に囲まれていたソルブレア帝国第二王子ヨハンは、見ていた地図から顔を上げた。
「……戦況はどうだ?」
「有利ですが、敵兵のうち50程が、巨大な機械のような怪物を操っており、いつもより苦戦……。死傷者が多く出ております!」
「ッ…!!マズいな。今すぐに救援を……」
「いえ、その必要は無いかと。ハンス様率いる”王の槍“が順調に押しております。このままいけば、勝利は確実です!」
「“王の槍”……。そうか……」
立ちかけたヨハンは、再び席に着いた。
“王の槍”。
帝国内で最高戦力を誇る部隊だ。
これまでも様々な国と戦争を行ってきたが、“王の槍”はどんな強敵も撃ち破ってきた。
今回もそうだ。
このまま座っているだけで、勝利をもぎ取ることができるだろう。
”王の槍“の戦闘力は、はっきり言って規格外だ。
1人を除いて、高い魔力を持つ者達で構成されている。
町1つを滅ぼすことなど造作もない。
しかしヨハンは、そんな自分が情けなくなった。
“王の槍”のメンバーは、成人前の少年少女ばかり。
つまり子供だ。
10歳の誕生日すら迎えていない者も居る。
子供達が前線に立って戦っているというのに、自分は拠点で座っているだけ。
本来ヨハン自身が前線に立ち、兵達を導かなければならないと思っている。
そもそも、子供を兵士として扱っているこの状況は、かなり異常と言えるのではないか。
ソルブレア帝国のこの現状に、ヨハンは不満を抱いていた。
「ぐあっ!!」
「うわああああああ!!!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
突如として、拠点の外から兵士の叫び声が聞こえてきた。
「どうした!?」
ヨハンはすぐさま立ち上がる。
すると間髪入れず、拠点に巨大な怪物が入っていた。
鋭い1対の鋏に、4対の脚。
硬そうな装甲。
光る眼。
一見すれば、それは巨大な蟹だ。
しかしその蟹の体は、鉄を繋ぎ合わせてできていた。
触覚部分に、バチバチと電気が走っている。
偵察の兵士が言っていた機械のような怪物とは、この蟹のことだったようだ。
「化け物め!」
ヨハンは剣を抜いて、蟹と対峙した。
「ヨハン様!お逃げください!」
「退けるか!」
そう言いつつ、ヨハンは蟹に立ち向かった。
剣で急所を狙う。
しかし、蟹の頑丈な鋏に阻まれ、逆に吹き飛ばされてしまった。
「くっ!」
岩に激突し、背中に激しい痛みが走る。
それに耐え、ヨハンは起き上がろうとした。
「ッ!!?」
しかし、既に目の前に蟹が立っていた。
ヨハンを潰そうと、その鋭い鋏を振り上げる。
(私の人生は…ここで終わるのか……?)
思わず死を覚悟した。
その時だった。
“ガキン!!!”
辺りに金属音が木霊した。
それと同時に、蟹の鋏が地面に落ちた。
呆気に取られている間に、今度はヨハンの体を少女が抱きかかえる。
そのまま兵士達が居るところへ移動した。
「大丈夫ですか?」
ヨハンを助け出したのは、白髪赤目の少女だった。
彼女の問いかけに、ヨハンは呆然としながらも首を縦に振った。
「おっ、おい!来るぞ!」
1人の兵士が叫ぶ。
片方の鋏を失った蟹が、ヨハン達の方を向いていた。
どうやらまだ諦めていないらしい。
少女はヨハンを、近くに居た兵士に渡した。
「追いついた!」
その声と同時に、岩の後ろから空色の長い髪の幼い少女が飛び出してきた。
自身の身長と同じくらいの丈の、冷気を纏ったハンマーを持っている。
空髪の少女はそのハンマーを振り上げ、勢い良く蟹の甲羅を打った。
すると打たれたところから凍りついていき、蟹はあっという間に氷漬けになった。
「ドッカ〜〜ン!!」
空髪の少女は着地すると、今度は横スイングで蟹を打った。
そして瞬く間に蟹は氷のと共にバラバラになり、破片となって辺りに飛び散った。
「ぐあっ…!!」
破片に混じって、軍服を来た男が投げ出された。
彼が蟹の操縦者のようだ。
「くそっ!」
男は懐から丸い物体を取り出す。
その物体にはボタンが付いており、男は電気を纏った指でそれを押そうとした。
「ッ!」
白髪の少女が、その球体が危険な物だと一瞬で判断する。
凄まじい速度で地面を蹴り、男の手を斬り飛ばした。
それから男の悲鳴を聞く間もなく、首を刎ねた。
ここまで僅か、3秒程の出来事だった。
「……なんて、強さだ」
少女達の圧倒的な実力を前に、ヨハンは小さく呟いた。
「申し訳ございませんでした」
「ご、ごめんなさい!」
数分後。
ローズとシンシアは、手当てを受けたヨハンに頭を下げていた。
2人は元々、他の”王の槍“のメンバー達と共に前線に居た。
メンバー達の容赦ない攻撃で、どんどん敵は減っていった。
あの鉄の蟹でさえ、彼らの前では赤ん坊に等しかった。
しかし、激しい猛攻に紛れ、一体の蟹を拠点の方へと逃がしてしまった。
そしていち早く気づいたローズが追跡。
シンシアも後を追う形で、蟹と中の操縦者を討ち取ったのだった。
「……私の怪我を気にしているのか?」
「蟹がこちらへ向かったのは、私達のミスです。その結果、ヨハン様が負傷する事態になりました」
「痛かったですよね?ごめんなさい!」
「気にするな。これは私の未熟さが招いたものだ。そもそも、戦場はいつ何が起きるか解らないものだ。だから良い」
ヨハンは2人に頭を上げさせた。
ローズは気まずそうな表情を浮かべており、シンシアに至っては目に涙を浮かべている。
「君達、名前は?」
「はい。“王の槍”所属ローズです」
「お、”王の槍“のシンシアです!」
「そうか。やはり……」
幼い。
2人の顔を見て、まずヨハンが思ったことがそれだった。
彼女達が帝国最強クラスの戦闘力を持っているとは、見た目だけでは信じられない。
しかし、ヨハンはついさっき見たばかりだった。
巨大な敵にも屈せず、早々に討ち取った2人の姿を。
「……少し、いいか?」
「何でしょう?」
ローズがしっかりとした声で応える。
「君達は兵士として……”王の槍“として……人を殺すことについてどう考えている?」
「”どう“…とは……?」
「君達が思っていることを言えば良い」
問いに対し、ローズとシンシアは、不思議そうに顔を見合わせてから答えた。
「私は、兵士です。なので、敵は殺さなければならないと考えています」
「シンシアも同じです!それと、いっぱい殺したら国王様達が喜んでくれるから、シンシアも嬉しいです!ヨハン様も、嬉しいですよね?」
ローズは淡々と。
シンシアは嬉しそうに、笑顔で言った。
「………」
ヨハンは何も言えなかった。
彼女達は、最初から兵士として育てられている。
殺人に対する恐怖や迷いを持たないように、教育されている。
故に、殺すことについて何の躊躇いも無いのだ。
彼女達にとって殺しは当たり前だということを、ヨハンは思い知った。
“パンッ!パンッ!パンッ!”
遠くから発砲音が鳴り響いた。
空を見上げると、赤い煙が上がっていた。
「勝った〜!」
勝利を意味する赤い煙を見て、シンシアは無邪気に喜んだ。
ローズの方はというと、ただ無言のまま煙を眺めている。
「……2人共、ご苦労だったな」
「ヨハン様……」
「戻って良いぞ。兄上がうるさいだろう」
「……はい。失礼しました」
「失礼しました!ヨハン様、お大事に!」
「あぁ」
2人は再び頭を下げると、“王の槍“が居る前線へと駆けて行った。
その姿だけ見れば、ただの町娘と変わらない。
ヨハンはその背中を静かに見送った。
ゴツゴツした岩場を、ローズとシンシアは進んでいた。
戦に勝利したことでまた褒めてもらえると思っているのか、シンシアの足取りは軽かった。
ローズは岩場をキョロキョロと見回しながら歩く。
戦が終わったとはいえ、ここは人の手が行き届いていない自然の中。
危険なモンスターによる襲撃に備える必要があった。
「勝ったみてぇだな。おめでとさん」
岩の上から声がした。
ローズが見上げると、そこには黒猫が座っていた。
自分に話しかけてくる黒猫なんて1匹しかいない。
ネーロだ。
「付いてきたの?」
「お前の武勇を見たくてな」
「猫ちゃん、喋れるの!?」
ネーロを初めて見たシンシアは驚く。
ローズは少し前の自分を見ているようで、懐かしく感じた。
思えば、ネーロが自分以外の誰かが居るときに話しかけてくることは今まで無かった。
ネーロは岩から飛び降り、2人の目の前に着地した。
「シンシアだな?」
「猫ちゃんシンシアのこと知ってるの〜!?」
「ローズの話によく出てくるからな。俺はネーロ。ローズんとこに居候してる」
「可愛い〜!!」
シンシアはネーロを抱き上げる。
「絵本の猫ちゃんと同じ名前!ローズ、いつの間に猫ちゃんと仲良くなったの!?」
シンシアは目を輝かせながら問うた。
「……まぁ」
ローズは短く返事をし、困った顔でネーロに視線を送った。
「シンシアの前に出てきて良かったの?」
「お前と仲良いし大丈夫だろ。シンシア、俺が喋れることは俺達だけの秘密だからな?約束だ。守れるよな?」
「うん、守れる!」
気持ち良い返事を聞き、ネーロはニヤリと笑った。
シンシアは約束を守れる娘だ。
これまで付き合いもあり、ローズはそのことをよく知っていた。
「猫ちゃんは、どこから来たの?」
「お前らの国の外」
「外から来たの!?凄い!」
「俺は旅する猫だからな」
「凄いね!どんなもの見てきたの!?」
「知りてぇか?そんじゃあお近づきの印に、ちょっと寄り道してこうぜ」
ネーロがシンシアの腕の中から飛び降りた。
黒い前脚は、茂みの方を向いていた。
「お前らに見せたいモンがあるんだ」
「わぁ〜!行きたい行きたい!ローズ、行こう!」
シンシアが目を輝かせて、ローズの手を握る。
しかしその反面、ローズは少し困った顔をしていた。
「寄り道……いいのかな…?」
「大丈夫だろ。お前ら勝ったんだ。少しくらいならいいだろ」
「ローズ!」
「……う〜ん。………ちょっとだけ、なら」
勢いに圧されたローズは、つい首肯してしまった。
「決まりだな。ほら付いてこい」
ネーロは茂みの方へと入っていく。
ローズはシンシアに手を引かれ、その後を追った。
「着いたぞ」
「わ〜〜!綺麗!」
ネーロが足を止めた先には、光り輝く花の群生地があった。
桃色、水色、黄色、黄緑色、朱色、紫色、白……。
ヒラヒラしていて大きな花弁には様々な色があり、薄暗い木々の中を照らしていた。
「綺麗な花……」
「だろ?”ランプフラワー“ってんだ。”灯し花“とも言うな。人気のない薄暗い場所に群生する花でな、旅人はあの花を目印に使うことがある」
「ランプ…フラワー……」
ローズ達は近づいて、まじまじと花達を眺める。
光は花弁から発せられていた。
透き通って見えるが、はっきりとした色。
それらは決して邪魔し合うことはなく、協調し合っている。
目を細めると、うっすら虹のような輝きさえ見えた。
「すっかり見惚れてんな」
「ッ!!」
ネーロの声で我に返った。
声を掛けられなければ、このままずっと見続けていたことだろう。
「……どれくらい、見てた?」
「1分くらいだな」
「もっと経ってると思ってた……」
「真面目だなぁ。時間なんて気にすんなよ。シンシアを見習え」
言われた通り、シンシアを見る。
彼女は未だに花に夢中になっていた。
このままでは日が暮れてしまう。
ずっと見ていたいけど、もう行こう。
そう言おうとしたが、先にネーロが口を開いた。
「あれ見ろよ。これもう開くぜ」
ネーロの右前足の先には、蕾があった。
周りの花達より光は弱い。
しかし、徐々に開きつつあった。
2人と1匹は、その様子を見守る。
火花のような光を散らしながら、蕾は開いていく。
そして桃色の光を放ち、開花した。
「………ッ!!」
ローズは目を見開く。
開いた花の中から、光の玉が現れた。
ガラスでできた蝶のような羽が生えていて、パタパタと上下に動いている。
その勢いに乗って光の玉は浮かび、森の奥へと飛び去っていった。
「………行っちゃった」
「猫ちゃん猫ちゃん!あれ何!?あれ何!?」
「ありゃ妖精の一種だ。ランプフラワーは妖精を生むんだ。あの妖精が死ぬと土に還ってまた花が咲く。そうやって命のサイクル回してんだよ。寿命間近の妖精達はなんで1か所に集まるのか〜っとか、謎な部分もあるけどな」
ネーロは妖精について饒舌に語ってみせた。
突然の知識の披露に、ローズは驚く。
「詳しいんだね」
「まぁな」
「そういうの、どうやって知るの?」
「旅と長年の経験。……そうだ」
ネーロはニヤリと笑い、ローズとシンシアに言った。
「お前ら旅に出てみろ。旅は良いぞ〜。今みてぇなのたくさん見られるからなぁ。お前らみてぇなガキが一生国に籠もってるだけとかもったいねぇ」
「このお花より、凄いもの見られる!?」
「あぁ。この花も確かに魅力的だが序の口だ。世界にゃもっとすげぇモンがたくさんある」
「凄い!」
ネーロに乗せられ、シンシアは目を輝かせた。
ローズは少し複雑な面持ちになる。
旅に興味を抱いたのは、ローズだって同じだ。
この光り輝く花より凄いもの。
見られるものなら見てみたい。
しかし、ローズ達は兵士。
”王の槍“だ。
ローズ達は、帝国の所有物。
戦争でも無い限り、国の外には出られない。
ローズ達には、自由に外へ出る権利は無いのだ。