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1-4

 ソルブレア帝国国立図書館。

 絵本や小説、図鑑や歴史書、魔導書等、実に1500万冊もの本を保有している。

 その規模は世界最大級だ。

 とはいえ、読書を嗜む国民が少ないのか、そこまで賑わっているというわけではない。

 昼間にも関わらず、閑散とした空気が漂っていた。

 そんな中、とある本棚の前にローズは立っていた。

 規則正しく並ぶ分厚い本とにらめっこをしている。

 背表紙のタイトルは、どれも兵法や戦術に関するものだった。

 ローズはそのうちの一冊を抜き出す。

 ずっしりと重みを感じる本の中身を、その場で開く。

 そのページは、びっしりとした文と地図が描かれていた。

 地図には白と黒の点が書かれており、兵の配置を表しているということを、ローズは辛うじて理解できた。

 そして文は、その戦略の概要を説明している。

 とはいえ、ローズは地図が満足に読めない。

 文字の羅列を読み取る気力も湧かない。

 ページをパラパラとめくってみたが、ほとんど似たような構図になっていた。

 頭がキリキリと痛み出したところで、本を元に戻した。

 講師にもっと勉強しろと言われたが、やはりどうにも勉学には手を付ける気が起きない。

「ローズー!」

 頭痛で額を抑えているところに、一緒に来ていたシンシアがパタパタと走り寄ってきた。

「シンシア、図書館で大きな声出しちゃダメだよ。あと走るのもダメ」

「ねぇねぇローズ、これ読んで」

 シンシアは絵本を持っていた。

 タイトルは『くろねこネーロ』。

 表紙にはベッドに座る少女と、窓際に立つ黒猫が描かれていた。

 その黒猫が、どことなくローズの部屋に居つく黒猫に似ている気がした。

「絵本?」

「うん。読んで読んで〜」

 先程の兵法の本よりは、頭は痛くならないだろう。

 シンシアにせがまれるがまま、ローズは近くのソファに腰掛けた。

 そしてシンシアが隣に座ると、絵本を読み始めた。




 『くろねこネーロ』。

 むかしむかし、お花にかこまれたおうちに、ミリアというおんなのこがすんでいました。

 おうちのおそうじをしたり、おせんたくをしたり、もりできのみをつんだり、かわでおさかなをつったり、えほんをよんだり。

 それからたまに、おはなでかんむりをつくったり、ちょうちょをおいかけたり、シャボンだまをとばしたり。

 そんなまいにちを、ミリアはすごしていました。


 あるひのこと、ミリアがもりのなかにはいると、1ぴきのくろねこにであいました。

 「こんにちは、くろねこさん」

 「こんにちは、おじょうちゃん。おなまえは?」

 「わたしはミリア。くろねこさんは?」

 「ぼくにはなまえはないよ」

 「そうなんだ。それじゃあ、わたしがつけてあげる」

 どんなおなまえにしようかな。

 ミリアはすこしかんがえました。

 それから、ぽっとあたまにうかんだなまえを、くろねこにいいました。

 「ネーロ。あなたのなまえはネーロよ」

 「ネーロか。かっこいいなまえをもらっちゃったな。ありがとう、ミリア」

 ネーロはとてもよろこびました。

 ミリアはネーロとなかよくなりたいとおもいました。

 「ネーロ、わたしのおうちにおいでよ。おさかながあるよ」

 「ほんとうかい?」

 ネーロはめをかがやかせました。

 ミリアはネーロをつれて、おうちにかえりました。

 そしてバケツに入ったおさかなを1ぴき、おさらにのせてネーロにあげました。

 「めしあがれ」

 「おいしそう。いただきます」

 ネーロはおさかなにかぶりつきました。

 おなかをむしゃむしゃ。

 せなかをむしゃむしゃ。

 ほねをがじがじ。

 あっというまにたいらげてしまいました。

 「はぁ〜おいしかった。ごちそうさま」

 「どういたしまして」

 「ところで、ここにはミリアしかいないの?」

 「そうだよ。わたしひとりでここにすんでるの」

 「それはさびしそうだね。それじゃあ、ぼくがともだちになってあげるよ」

 「ほんとう?ありがとう!うれしいな〜」

 ミリアはおおよろこびしました。

 

 それからミリアは、まいにちネーロといっしょにあそびました。

 はるにはいっしょにおはなばたけをかけまわり、なつにはいっしょにさかなをつったり、あきにはもりでくだものやきのこをとりました。

 そして、ふゆがめぐってきたころ。

 さむさのせいなのか、ミリアはびょうきになってしまいました。

 ネーロはベッドでよこになるミリアをしんぱいします。

 「ミリア、だいじょうぶ?」

 「だいじょうぶだよネーロ。すぐよくなるから」

 ミリアはわらってそういいました。

 ネーロはかわりにごはんをつくったりと、ひっしにかんびょうをがんばりました。

 しかし、ミリアのびょうきはよくなりません。

 それどころか、どんどんわるくなっていきます。

 おでこにふれるとひのようにあつく、せきやはなみずがとまりません。

 ついにはネーロがよびかけても、へんじができないほどによわってしまいました。

 このままでは、ミリアはしんでしまうでしょう。

 そうおもったネーロは、いそいでいえをでて、もりのほうへとはしっていきました。

 そしてよるになったころ、はっぱまみれになったネーロはもどってきました。

 くちには、ひすいいろのくさがくわえられていました。

 「ミリア、これをたべるんだ」

 ネーロはくるしむミリアのくちに、そのくさをいれました。

 とてもにがかったので、ミリアははきだそうとします。

 それをネーロは、ミリアのくちをふさいでとめました。

 ミリアはかんねんしたようにくさをのみこむと、やがてしずかにねむりにつきました。


 つぎのひ、ミリアはめをさましました。

 もうすっかりくるしくありません。

 どうやら、もうびょうきはなおったようです。

 ミリアはびょうきがなおったことによろこびましたが、どこかおかしいのです。

 いえのものが、いつもより大きくかんじます。

 それに、じぶんのてがしろいふわふわのけでおおわれていて、にくきゅうまであります。

 ミリアはおおあわてでかがみのまえにたちました。

 そこにうつったのは、けがフワフワのしろいねこでした。

 ミリアはじぶんのかおをさわります。

 おでこをさわっても、ほっぺたをさわってもフワフワです。

 あたまをさわると、さんかくのおみみがついています。

 しんじられませんが、まちがいありません。

 ミリアはねこになってしまったのです。

 「ミリア!よかった、めがさめたんだね」

 おうちのどこかにいたネーロがかけよってきました。

 ミリアはあわてていいました。

 「ネーロ!わたし、ねこになっちゃった!」

 「その、ごめんね。それは、ぼくがたべさせたやくそうのせいなんだ」

 「やくそう?」

 「うん。きのうミリアにたべさせたのは、どんなびょうきもなおるやくそうなんだ。だけど、そのかわりたべたひとはねこになっちゃうんだ」

 「そうだったんだ」

 「ごめんね。けど、そうしないとミリアがしんじゃうきがしたから……」

 ネーロはとてももうしわけなさそうにしていました。

 にんげんからねこにしてしまったことをきにしているようでした。

 けれどミリアは、あまりきにしていないようすでした。

 「でもありがとう。おかげでげんきになったよ。ネーロはいのちのおんじんだね」

 「えっと…。ミリア、もうひとにもどれないんだよ?いいの?」

 「いいの。わたし、ねこになりたいっておもってたの。だからいいんだ。それよりネーロ、これからもともだちでいてくれる?」

 「うん、もちろん!」

 ミリアとネーロは、おたがいわらいあいました。

 こうして2ひきは、これからもしあわせにくらしていくのでした。

 めでたしめでたし。




「おもしろかったー!」

 絵本を読み終えると、シンシアは満足そうに笑った。

 ローズはひとまず、絵本を膝の上に置く。

 シンシアと違って、いまいち面白さは感じなかった。

「ローズはおもしろくなかった?」

「よく解らないな。シンシアはこのお話、好きなの?」

「うん!ねこになるのがよかった!シンシアもねこになりたい!」

「そうなんだ」

「ローズはねこになりたいって思ったことないの?」

「無いかな。猫になったら、弱くなっちゃうから」

 自分に必要なのは圧倒的な強さ。

 弱さなんていらなかった。




「ただいま」

 日が沈む前に、ローズは部屋に帰ってきた。

 ベッドで丸くなっていた黒猫が出迎える。

「よぉ。今までだったらただいまなんて言うことなかったんじゃねぇか?」

「まぁ、私一人だったから」

 黒猫がローズの部屋に来てから5日経っていた。

 もうすっかりこの環境を受け入れつつある。

 ローズは黒猫の隣に座った。

 それから剣を抜くと、手入れを始めた。

「どこ行ってたんだ?」

「図書館」

「一人でか?」

「シンシアと」

「何かおもしれぇ本あったか?」

「特には」

「あぁそうか。お前本とか苦手だったな」

 黒猫はクスクスと笑う。

 ローズは気にせず刃を拭く。

「あなたは今日何してたの?」

「ゴロゴロしてたぜ」

「……退屈じゃなかった?」

「猫は怠けてナンボなんだよ。可愛がられるために生きてるもんだ。お前ももっと可愛がってくれてもいいんだぜ」

「可愛がるって、どんな風に?」

「そうだなぁ……。とりあえず一旦剣仕舞おうぜ」

 黒猫は冷や汗をかきながら言う。

 剣を片手に「可愛がる」と発言するローズに、微かな恐怖を覚えた。

 刃先がギラリと不気味に光っている。

 定期的に手入れをするため綺麗ではあるが、いったいこれまで血を何リットル吸ってきたことか。 

 さらにそんな剣がもう一本。

 物騒なことこの上ない。

「可愛がるっつったら、例えば体を撫でたりだな。特にあごが気持ちいいんだぜ」

「そうなんだ」

「興味無さそうだな」

「あごを触って気持ちいいと思ったことないから」

「あごで気持ちよくなる人間とか激レアだろうしな。猫はあごがいいんだよ」

「そうなんだ」

 ローズは剣を拭きながら受け答えする。

 その冷たい返しに、黒猫はやれやれといったように尻尾を振った。

 それから、何かを思い出したかのように尻尾を上にピンと立てた。

「そういやローズ、そろそろ俺の名前考えてくれたか〜?俺名付けの日が楽しみで夜しか眠れねぇよ」

「………そうだったね。じゃあ……」

 ローズは手を止め、黒猫の方を向き直る。

 それから、黒猫に名前を授けた。

 「ネーロ」

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