4-3
「ふぃ〜…。こんなモンか?」
ネーロはそう言うと、地面に寝転がった。
その横には、タオルや毛布を被せられた、額の紫色の宝石が特徴的な生き物。
タオルや毛布は、ネーロが頑張ってリュックから引き摺り出したものだ。
「俺にできるのは一旦ここまでか。おい、大丈夫か?」
そう言ってネーロは毛布の中に潜り込み、生き物の隣に付いた。
猫にも兎にも似たその生き物は、依然として目を瞑り、苦しそうに呼吸をしている。
ネーロがその生き物の頬に前足を置く。
そこから冷たさが伝わってきた。
「マズイな。体温が低い。早いとこ温めてやんねェと!」
毛布の中で、ネーロは生き物に体を寄せた。
すりすりと、自分の体を擦り付ける。
それで少しでも熱を分けようとしていた。
体を生き物に擦り付けている間、ネーロの頭の中にあったのは、相棒である少女のことだった。
(俺だけじゃできることに限界がある。ローズはまだか?)
猫の体は人間程器用ではない。
この生き物を救うには、ローズの手は不可欠だ。
薪の替わりになりそうな物を探すよう、洞窟の奥へと送り出してしまった。
しかしそんなもの、洞窟の中には滅多に落ちていない。
だが、ローズは良くも悪くも真面目だ。
目的の物を見つけるまで、どこまでも進み続けるだろう。
例えそれが、洞窟の奥深くであっても。
(クソが。雨さえ無ければなァ。いくらあいつが強いからって、安易に行かせるんじゃなかったか)
ネーロは自身の早計さを呪った。
500年以上も生きてきた結果がこれか。
自嘲気味に笑いながら、生き物に体を寄せた。
その時だった。
「あ……?」
いつの間にか、洞窟の奥に1つの光が灯っていた。
それはしっかりとした足取りで、こちらに近づいてくる。
やがて、光の主の姿がはっきりと見えた。
それは、右手にランタン、左手に10本程の薪を抱えたローズだった。
「おぉ!ローズ!薪あったんだな!」
「うん。ただいま、ネーロ」
数分ぶりではあるが、相棒との再会にネーロは大いに喜んだ。
だが、喜びはすぐに驚愕へと変わった。
何故ならローズのすぐ後ろに、身長3mを超えるであろう、岩のような大男が立っていたからだ。
「おいおい。マジか……」
ネーロはそう小さく呟いた。
あまりの驚きとあり得なさで、もはや口角が上がってしまっている。
「この人が、薪を分けてくれたの」
ローズがそう言いながら、薪を地面に下ろす。
すると少し遅れて、大男が同じ所に倍の量の薪を置いた。
「ブモッ」
大男が、ローズに対して声のようなものを発する。
ローズはそれに頷いた。
「ありがとう。これで、焚き火ができる」
そう言うローズの口元は、少しだけ緩んでいた。
石を集めて円を作り、その中で枝を積み、火を着けて…。
あっという間に炎が上がり、洞窟内がオレンジ色に照らされる。
ようやく焚き火を始められた。
「ふぃ〜。やっと温まれるぜ」
ネーロが火を囲む石の近くに寄って座る。
ローズは丁度いい高さの岩を、焚き火の近くに移動させる。
それから震える生き物を乾いたタオルでぐるぐる巻きにすると、抱いたまま岩に腰掛けた。
ローズは膝の上に生き物を置くと、両手を火に近づけた。
「……温かい」
冷たかった手が、みるみるうちに温まっていく。
体の震えも止まり、もうくしゃみも出ない。
これで凍え死ぬことはないだろう。
「にしても驚いたぜ。お前がトロールを従えるなんてよォ」
ネーロが誂うように、そう言った。
ローズは目をパチクリとさせ、焚き火の前に座る大男を見る。
彼は無言でローズに目を合わせた。
「あなた、トロールっていうの?」
「ブモッ」
自分の種族名を解っているのか、トロールは短く返事をした。
ネーロは続ける。
「トロールは山で暮らすモンスターだ。見ての通り体が頑丈で、その上怪力だ。喋れはしないが、人語を理解して道具を作るくらいには知能が高い。性格は個体によって違うな。コイツみたいに大人しいのも居れば、人を襲って食う奴も居る」
「えぇ……?」
人を襲うと聞いた途端、ローズは冷や汗を掻いた。
ここまで手伝ってくれたトロールだが、性格によっては、本当に戦闘になっていたかもしれないのだから。
ローズは再びトロールに注目した。
トロールの目からは、危険なものは感じられない。
口はへの字だが、どことなく優しい目をしていた。
そんなトロールの視線は、ローズの膝の上の生き物に向けられた。
「……この子とは、さっき出会ったばかりなんだ。弱ってたから、保護した」
ローズは膝上の生き物のことを、トロールに説明した。
「風邪を引いてるから、早く温めてあげたかったんだ。でも、外が大雨で。……本当にありがとう。あなたが居てくれてよかった」
ローズは再びお礼を言った。
「……ブモ」
トロールは一言鳴いて、木の枝を1本、焚き火に放り込んだ。
「気にするな…ってよ」
ネーロがトロールの返事を翻訳した。
彼は他の動物やモンスターの言葉が解る。
それはトロールも例外ではないようだ。
「そういや、自己紹介がまだだったな」
そう言うとネーロは、体を起こす。
ローズもハッとした。
焚き火の準備で、ここまで名乗るのをすっかり忘れていた。
「俺はネーロ。見ての通り黒猫だ。そんでコイツは相棒のローズ。人間だ。まだ子供だが、腕が立つ。俺達は2人で旅をしてるんだ」
「……よろしく」
ネーロに全部説明されたローズは、ぎこちなく頭を下げた。
トロールはただ、無言で頷いていた。
「そんじゃこの流れに乗って、そいつについてだな」
ネーロが次に注目したのは、ローズの膝の上の生き物。
ローズ自身、いよいよ何と呼んだらいいのか解らなくなってきた頃だった。
「そいつはカーバンクルの子供だ」
「カーバンクル…?」
「あぁ。額の宝石が特徴の、小動物型のモンスターだな」
ローズの目が、カーバンクルの額の宝石に移った。
楕円形の小さい紫の宝石は、つい魅入ってしまいそうな輝きを放っていた。
試しに指で触れてみる。
つるつると滑るような感触だった。
「なんで宝石が生えてるの?」
「さぁな。異性の気を引くためっていう説もあるし、余分な栄養が宝石に変換されてるっていう説もある。なんで宝石が生えてるのか、はっきりした理由は解ってねェな」
「そうなんだ……」
ローズは宝石から指を離した。
いつ頃だったか、先生から聞いたことがある。
この世には、解明されていない謎がいくつもあると。
カーバンクルの宝石も、その1つのようだ。
「ただな、その宝石目当ての密猟が後を絶たねェ話もある」
「密猟…?」
「あぁ。カーバンクルの額の宝石は昔、高値で取り引きされてたんだよ。そんで乱獲されまくって、一時期数を減らしてた。その後ほとんどの国がカーバンクルの捕獲、宝石の売買、譲渡を規制したが、裏じゃ未だに出回ってるって話だ。もしかしたらそいつも、密猟者から逃げてたのかもしれねェな」
「…………」
ローズは無言でカーバンクルの頭を撫でた。
再び胸を締め付けられるような感覚に陥る。
この小さな体で、必死に逃げてきたのだろう。
ただ額に、宝石が生えているだけ。
それだけの理由で、この生き物は今後も狙われ続けるのだろう。
ローズは考えていた。
この小さな生き物に、自分は何をしてあげられるのかを。
「キュルッ」
不意に高くか細い声が聞こえた。
その声の主は、カーバンクルだった。
「えっ…?」
突然のことに、ローズは呆気に取られる。
なんと膝の上で、カーバンクルが目を開けていたのだ。




