4-2
「あっ____!」
「おい!」
突然現れ、倒れた生き物に2人は驚かされる。
ローズはその生き物を抱き起こした。
思っていたよりも軽いその生き物は、弱々しい呼吸を繰り返していた。
体は汚れていて、砂埃や葉っぱがくっついている。
水溜まりでも踏んだのか、足には固まった泥が付着していて、尻尾には枝が刺さっていた。
「結構弱ってんな。風邪引いてるし」
「そうなの…?」
「鼻水出てるぜ」
ネーロが右前足を差す。
その生き物の鼻の周りは湿っていた。
苦しそうに息を吐いていたかと思えば、急に咳をする。
閉じた目からは、涙が滲み出ていた。
その様子を見ていたローズは、何故か胸に痛みを感じていた。
その時…。
“ポタッ”
近くの地面に水玉が落ちた。
それを合図にするかのように、たくさんの水玉が落ちてくる。
雨が降り始めた。
「ッ…!?」
「やべ!どっか入るぞ!」
ローズは素早くリュックを背負うと、ボロボロの生き物を抱えて走り出した。
ネーロもそれに続く。
雨は徐々に強くなっていった。
大きな雨粒が、ローズとネーロを容赦なく撃ちつける。
木が守ってくれるかと思ったが、そんなことはなかった。
それでもローズは、抱いている生き物を捨てようとはしなかった。
山の気温は低い。
体を濡らせば、一気に体温を奪われる。
そのため、早く雨を凌げる場所を見つけなければならなかった。
「ローズ!こっちだ!」
ネーロが振り返って叫ぶ。
彼が走るその先には、洞窟があった。
洞窟こそ危険なモンスターが棲み着いていそうだが、今はそんなことを気にしてはいられない。
ローズとネーロは、勢いに任せて洞窟に飛び込んだ。
「はぁ…はぁ…。……助かった」
「だな。しばらくここで雨を凌ぐか」
ネーロは濡れた体を震わせて、水を飛ばす。
ローズは近くの岩の上に生き物を寝かせた。
体はあまり濡れていない。
一応雨からは守れたようだ。
とはいえ、体を震わせて苦しそうにしている。
「早いとこ温めてやらねェとな」
ネーロが岩の上に跳び乗ってそう言った。
「……焚き火、やりたいね」
「あぁ。薪が欲しいところだが、外は大雨だしな…」
ネーロが苦々しげに呟く。
山での焚き火は、その辺に落ちている木の枝を燃やして火を保つ。
しかし、濡れた枝では火は点かない。
そこでネーロが目を向けたのは、洞窟の奥だった。
「ローズ。奥の方行って何か燃えそうなもの取ってきてくれ」
「何かって何?洞窟にそんなものあるの?」
「外はダメだ。だったら洞窟内に賭けるしかねェよ。まぁ、何かの拍子で枝が入り込んでたりするだろ」
「そんな適当な……」
ネーロによって、適当な指示を飛ばされた。
ローズは今から、何が待っているのか解らない視界不良の洞窟を、落ちているかも解らない可燃物を探しに行かされようとしている。
正直反論したかった。
しかし、その他の案も浮かばなかった。
「……じゃあ、行ってくる」
ローズはリュックを開けると、そこからランプを取り出し、火を点けた。
ネーロもタオルを引きずり出す。
「俺はあいつを温めとくから、頼むぞ」
ネーロはそう言うと、タオルを咥えて生き物の元へ向かった。
「うん。その子、お願いね」
ローズは双剣とランプを携えると、洞窟の奥へと歩き出した。
ローズはランプを前に翳し、先が見えない闇の中を進んでいた。
「……クシュッ!」
急にくしゃみが出る。
ある程度リュックが防いでくれたとはいえ、ローズもずぶ濡れだ。
歩く度に、服から雫が垂れる。
自身の体が冷え込んでいるのも感じ取れた。
このままではあの生き物だけでなく、自分も低体温で死んでしまうだろう。
一刻も早く、焚き火を始めなければ。
そう考えたローズは、自然と急ぎ足になっていた。
しかし、その足は思ったよりすぐに止まってしまった。
「あっ……」
近くに来るまで気が付かなかった。
目の前の道を、大きな岩が塞いでいた。
試しに岩に触れてみる。
ザラザラしていて、厚みも感じた。
この岩を何とかしなければ、先に進めない。
とはいえ、薪になりそうな物は未だゼロ。
手ぶらで帰る訳にはいかなかった。
「壊さなきゃ」
小さな声で、ローズがそう呟いた。
昔、師匠であるヒタキから教わった。
どんなに頑丈そうな物でも、“核”がある。
そこを潰せば、あとは簡単に壊れる…と。
「……」
ローズは冷たい手で岩を探り始めた。
明らかに脆そうな部分。
そこを見つけて、全力の突きを叩き込めば、きっと砕ける。
そう信じて、ローズは“サラサラ”、“ペタペタ”と、岩を弄った。
そうしていると…。
“ググググ……”
「ッ___!?」
なんと、岩が動き始めたのだ。
「なにっ…?」
ローズはすぐに後退る。
先程まで、岩だと思った物。
それが、生き物のように動き始めたのだ。
ローズはランプでそれを照らす。
“ギロッ”
2つの細い目がローズを捉えると、それは文字通り立ち上がる。
岩の正体は、身長3mを超すであろう巨体を持った大男だった。
大柄で、腹が出ている。
手足は短くも太い。
耳は尖っていて、鼻はアーモンド状。
口からは、太い牙が見え隠れしていた。
明らかに人間離れした姿の大男。
その体は、全身岩のようにゴツゴツしていた。
「ブモッ」
沈黙が続く中、それが短く声を発した。
それは牛の鳴き声よりも低かった。
「ッ…!!」
ローズはランプを地面に置き、身を低くして腰の剣に手を掛けた。
いつでも飛び出して、斬り伏せられる体勢。
目の前の大男が何かする前に、動くつもりでいた。
「……ブモ」
しかし、大男が攻撃してくることはなかった。
寧ろ、ローズには興味がないといった様子でそっぽを向く。
そして、ゆっくりと座り込んだ。
「……?」
ローズは戦闘態勢を解いた。
目の前の大男は、のんびりと地面をいじっている。
この生き物は剣を持った人間相手に、何故ここまで無防備でいられるのだろうか。
ローズのことは無害だと思っているのか。
それとも自分の体の硬さに自信を持っているのか。
そもそも警戒心が薄いのか。
疑問に思いながらも、ローズは足下のランプを拾った。
「あっ____」
ランプで目の前を照らした途端、それは見えた。
なんと腰を下ろしている大男の周りに、大量の木の枝が落ちていたのだ。
大男が、その中から1本拾う。
そして口の中に放り込んだ。
バリバリと、スナック感覚で硬い枝を咀嚼している。
それを呑み込むと、また別の枝へと手を伸ばした。
「ッ!」
目の前の光景に釘付けになっていたローズは、我に返った。
ローズにとって木の枝は今、喉から手が出るほど欲しい物だ。
大男の食欲にもよるが、このままでは全て食べられてしまう可能性がある。
勿論完食するまで待ってられる程の時間も無い。
「あっ…あの……!!」
ローズはここで声を上げた。
言葉が通じる相手なのかは解らない。
しかし大男は、枝を齧りながらゆっくりと顔を向けた。
「……お願い。その木の枝、別けて!」
真っ直ぐな目で、ローズはそう懇願した。
大男は枝を齧りながら、ローズを凝視していた。




