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木々が立ち並ぶ薄暗い道を、その小さな生き物は走っていた。
ススキのような、薄黄色の体毛。
猫に似た姿をしているが、垂れた耳が兎のように長い。
尻尾は毛を多く纏っていて、太く見える。
そしてその生き物の額には、紫色の丸い宝石が埋め込まれているような形で生えていた。
額で輝く宝石とは裏腹に、その生き物は全身ボロボロだった。
体には葉っぱや砂埃がくっつき、尻尾には木の枝が刺さっている。
走っている途中で、その生き物は木の根に足を取られた。
勢い余って、その生き物は顔から地面に転んでしまった。
しかし、すぐに起き上がる。
そしてまた、走り出すのだった。
「ローズ、こっち来てみろ」
「あっ…ちょっと……」
山道を歩いている最中、ネーロが道を外れて駆け出した。
ローズは慌ててその後を追う。
ネーロはそこまで遠くに行っていなかった。
1本の木の前で、ローズを待つように佇んでいた。
「ネーロ、急に変なところ行かないで」
「悪ぃな。それより見てみろよあれ」
ネーロが目の前の木を見上げる。
枝には暗い紫色の、丸くて小さな果実の房がいくつも生っていた。
「あれって……」
「山葡萄だ。山じゃ貴重な栄養源だぜ」
「葡萄……」
ローズ自身、葡萄は見たことある。
貴族や王族の食卓に並んでいることが多かった。
所謂高級品。
食べたことはなかった。
「美味しいのかな?」
「お前は栄養より味なのな。まぁいい。何事も経験だ。食ってみろよ」
「うん。採ってみる」
謎にニヤついているネーロを横目に、ローズはリュックを降ろす。
それから剣を1本抜いて、跳躍。
枝の高さまで上がったところで、剣を振り抜いた。
“ビュッ_____!!”
見事、1房切り落としてみせた。
着地して剣を仕舞ったローズは、山葡萄を拾い上げた。
房から1粒もぎ取って、眺めてみる。
紫色の皮に艶が出ていて、まるで宝石のようだった。
(本当に食べて大丈夫なのかな…?葡萄とはいえ、野生だし…。……まぁでも、ネーロが言うなら…)
少々葛藤があったものの、最終的にローズは山葡萄を口に入れた。
皮を潰す感覚の後に、ブチュブチュとした食感を味わう。
何度か噛んだ後に、ローズはそれを呑み込んだ。
「どうだ〜?ローズ」
ネーロが感想を求めてくる。
ローズは少しだけしかめっ面になっていた。
その理由を語るべく、口を開く。
「あんまり美味しくない……」
「おぉ、そうか」
「ちょっとだけ甘かったけど、酸っぱさと渋さが強い。ていうか…ほとんど、皮?」
ローズは山葡萄の房をつつきながらそう言った。
その仕草に、ネーロは笑い声を上げる。
「やっぱお前もそう思うか〜。黙っちゃいたが、それ普通はジャムとかジュースに加工して食うんだよ。そのまま食うモンじゃねェ」
「……先に言ってよ」
「悪ィ悪ィ。山葡萄初めて見た奴にはそのまま食わせてやりたくなンだよ」
「もう……」
ローズはネーロから目を逸らすと、再び山葡萄を観察した。
「……王族の人達は、この味が好きなのかな…」
「いやいや、普通は加工して食うって言ったろ。お偉いさんが食ってんのは品種改良されたやつだ」
「ひん…しゅ…かいりょう……?」
「長い時間を掛けて、食いにくい物を人間が食いやすいように作り変えたんだよ。甘くて可食部が多い葡萄にな」
「へぇ……」
ローズは目を丸くして山葡萄を眺める。
この酸っぱくて渋い、可食部少なめの葡萄を、甘く美味しく…。
まるで魔法みたいだと、ローズは思った。
しかし魔法は関係ないことをネーロに言われ、ローズは驚かされるのだった。
バードピア王国を出た後、ローズとネーロは山に入った。
山の名は“ノームハット”。
“ノーム”とは大地を司る精霊で、とんがり帽子を作って被る習性がある。
その帽子に形が似ていることから、その名が付いた。
ローズにとっては久々の登山。
目標は、山頂からの綺麗な景色。
それを目指して、途中たまに寄り道しつつ、ローズとネーロは歩いていた。
「で、どうするよそれ」
ネーロがローズを見上げてそう言った。
今の本題は、山葡萄の使い道。
1粒食べたが、正直美味しいとはいえない。
だが房には、まだ実が10粒以上残っている。
ローズは迷った末、山葡萄を袋に入れた。
「おぉ、持ってくのか」
「このまま捨てるのはもったいないから」
「捨てても山の動物が食ってくれるだろうがな」
「でも、加工したら美味しいんだよね?」
「そうは言ったけどよぉ。今ンとこ干し葡萄にしかできねェぞ。長持ちはするだろうが」
「焼いたら美味しい?」
「どうだろうな。ジャムにする時加熱するが、砂糖が要るしな……」
このように2人は、山葡萄の調理方法についてあれこれ考えていた。
そうしていると…。
“カサッ”
近くの茂みが、小さな音を立てた。
ローズとネーロは、それを聞き逃さなかった。
「ッ!?」
「なんだ〜?」
ローズは剣に手を掛け、ネーロは身構える。
“カサッ…カサカサ…”
だんだん音が大きくなってくる。
やがて音の主が、茂みから姿を現した。
「…?」
「はぁ…?」
出てきたのは、ネーロと同じくらいの大きさの小動物だった。
ススキ色で長い垂れ耳の、猫のような顔。
その額には、紫に輝く宝石が埋め込まれていた。
「モンスター…?」
「こりゃぁ……」
2人の目が、その生き物に釘付けになる。
全身ボロボロのその生き物は、ふらつきながら前を歩く。
そして、ローズとネーロの目の前で倒れた。




