3-12
バードピア城内の茶館。
円卓でルチアが、カップに紅茶を注いでいた。
「お父様、どうぞ」
「うむ。すまないな、ルチア」
ルチアが紅茶をハリー王に差し出した。
続いて彼女の優しい目が、円卓に着くもう1人に向けられる。
「ローズ様は、飲み物は何にされますか?」
微笑みながら、ルチアはそう問うた。
円卓の上にはティースタンドと共に、紅茶やコーヒー、レモンティーのポットが置かれている。
「あっ…。私も紅茶で、お願い致します……」
緊張したような面持ちで、ローズはそう応えた。
ゴブリンの襲撃から1日経った。
バードピア王国内のパトロールは継続して行なわれている。
彼らは鳥を使う。
陸上に加えて空からの監視により、パトロールはスムーズに進んだ。
ゴブリン・メイジが死んだことで魔法が解け、国民に化けていたゴブリン達が次々と見つかり、駆除されていった。
それと同時に、城の整備の方も進められている。
そして今、ローズ、ルチア、ハリー王の3人で、茶会が開かれているところだ。
「改めて、礼を言わねばならないな」
紅茶を啜っているローズに、ハリー王は視線を向けた。
「ローズ君。きみがこの国に来てくれて、本当によかった。私やルチア、多くの者の命を救ってくれたこと、心から感謝する」
ハリー王はローズに対して、頭を下げた。
ルチアもそれに続く。
「いえっ…そんな……。頭を上げてください…!」
一国の王と王女に頭を下げられ、ローズは慌てふためく。
その様子を、ネーロは床に寝転がりながら眺めていた。
「王様よぉ。感謝の言葉は勿論だが、ローズに話すことあるんじゃねェか?」
「ネーロ…」
相変わらず失礼なネーロに、ローズは冷や汗を掻く。
ハリー王が温厚なのが救いだった。
王の性格によっては、その場で処刑されている。
「…ヒタキのことか」
ハリー王が頭を上げる。
そして思い返すように、目線を上げた。
ヒタキ。
ローズにとっては、自身をここまで育ててくれた師匠とも言える存在。
しかし今は、行方不明となっている。
そして今、ヒタキについて重要な情報が出ようとしている。
「……ヒタキは、私の家臣だった」
ハリー王がヒタキについて語り始める。
ローズはその話を集中して聞く。
「彼女はとても明るく、優秀だった。どんな相手とも分け隔てなく話し、賢く、戦闘力も高い。城の者だけでなく、国民からの人気も高かった」
「私も、良くしてもらいました」
ルチアもまた、懐かしそうに目を閉じた。
だがネーロは、不思議そうに首を傾げる。
「そのバードピアの人気者が、なんでソルブレアに居たんだ?」
「私が送り込んだのだ」
その疑問に対し、ハリー王が静かに応える。
「当時のソルブレア帝国は軍事国家。他国に容赦なく戦争を仕掛け、次々と植民地にしていった。その手がバードピアに届くのも時間の問題。そう考えた私は、ヒタキを密偵としてソルブレアに送り込んだ。ソルブレアの動向を、先に知れるようにな」
「そう…だったのですね」
「しかし、2年前からヒタキと連絡が着かなくなった。何があったのかは、定かではないが…」
ハリー王は真っ直ぐな目で、ローズを見た。
「ローズ君。きみの戦い方はヒタキのものだ」
「国王様……」
「きみからもヒタキのことを教えてほしい。我々にとっても、彼女はかけがえのない存在なのだ」
「……解りました」
バードピアからの密偵だったことには驚いたものの、ローズにとってもヒタキはかけがえのない存在。
彼女とのことを、静かに語り始めた。
「……私が今ここに在るのは、ヒタキ先生のお陰です。小さくて弱くて、死んでしまいそうだった私に、あの人は、名前や戦い方、言葉遣い、知識……たくさんのものをくれました。時に優しくて、時に厳しくて…。とても、大切にしてもらいました」
「…ヒタキとの文通で、とても愛らしく、育て甲斐がある子を見つけたとあった。きみのことだったのだな……」
「はい…。国王様のおっしゃる通り、ヒタキ先生は2年前に姿を消しました。私にも行方は解りません。なので、捜すことにしました。この世界のどこかに、必ず居る筈なので」
「そうであったか……」
ハリー王は深々と目を閉じた。
国王である自分にも物怖じせず、フレンドリーに接してくれたヒタキ。
そんな彼女は、2年経っても戻ってきてはいない。
捜索は続けてはいるものの、遠くの地までは手を伸ばせずにいる状況だ。
だが、旅人であるローズなら…。
この少女なら、どこまでも手が届くだろう。
ハリー王は目を開けると、真っ先にローズを見た。
「ローズ君。図々しいのは承知の上だ。しかしどうか、ヒタキを見つけ出してはくれないだろうか」
「はい……」
ハリー王の頼みに、ローズは力強く頷いた。
「必ず、見つけてみせます」
凛とした声で、ローズは応えるのだった。
そうして翌日。
いよいよ出国の日となった。
城から国の門までは、ハリー王達が馬車で送ってくれた。
ローズはネーロと共に門を出る。
前を見ると、馬車が通るための道が遠くの森まで続いていた。
「…あっという間であったな」
門の前で、ハリー王がそう呟く。
彼の後ろにはルチアと、ローズと共に戦った衛兵達。
ここまで見送りに来てくれたのだ。
「すまないなローズ君。あまり相手をしてやれなくて」
「そんな、お気になさらず……」
「そうそう。王様が構ってくれない分姫さんが相手してくれたもんな」
「はい」
ネーロにそう言われたルチアが、ローズの前に出てきた。
何故か白い布袋を持っている。
「ローズ様、こちらを」
ルチアが布袋をローズに差し出した。
「これは…」
ローズは布袋の中を覗いた。
中に入っていたのは、パンとクッキー、ジャム入りの瓶と、翠の液体が入った小瓶が3つ入っていた。
「私から、餞別です」
「いいんですか?こんなに……」
「はい。ローズ様には恩がたくさんありますし、寧ろ足りないくらいです」
ルチアは微笑みながらそう言った。
そして、布袋の中身の解説に入る。
「ベリーのジャムは、パンと一緒に召し上がってください。クッキーはネーロ様用ですが、ローズ様も召し上がることができます。それから小瓶に入っているのは、薬草から作った風邪薬です。ネーロ様も飲むことができます」
「なるほどです…」
「これ、ルチア」
丁寧に説明をするルチアに、ハリー王が声をかけた。
「あまり引き止めるでない」
「あっ…申し訳ございません!……ローズ様、最後に……」
ルチアは布袋を持つローズの両手を優しく握った。
「短い間でしたが、ローズ様と過ごした時間は、とても楽しいものでした。まるで…妹ができたようでした」
「ルチア様……」
「……。是非またお越しください。バードピアは、いつでもあなたを歓迎致します」
そう言ってルチアは、満面の笑みを浮かべた。
ただその目には、涙の雫が溜まっていた。
「……はい。また来ます」
ローズは静かに、それでいてはっきりした口調でそう言った。
「クルッポ〜♪」
ローズの頭上を、クラウドがクルクル飛び回っている。
囀りからして、おそらく応援してくれている。
ローズはそう感じた。
「おぅ。ありがとなクラウド。また来るわ」
ネーロがニヤリと笑ってそれに応えた。
やはり応援してくれているようだ。
それから一言二言別れの言葉を貰い、ローズとネーロは歩き出した。
「……ローズ君。ヒタキのこと、頼んだぞ」
ハリー王は小さくなっていくローズの背中を見つめ、ポツリと呟いた。
第3章 完




