3-11
王室を制圧した筈のゴブリン達は、窮地に立たされていた。
部屋の中心に居る、ローズという1人の少女。
いったい何人の同胞が殺されただろうか。
彼女が纏う死の空気に、残りのゴブリン達は気圧されていた。
「ヒルムナ!!アノムスメサエシマツスレバ、フタタビワレラガユウリニナル!!コロセェエエエエエ!!!!」
ゴブリン・メイジが部下達に怒鳴りつける。
親玉にそう言われれば、戦うしかない。
その場に居るゴブリン全員が、ローズに向かって襲い掛かった。
「……」
ローズは無言で両手の剣を逆手に持ち替えた。
四方からゴブリンが迫る。
だが、タイミングにズレがある。
いち早く掛かってきた背後のゴブリンに蹴りを入れると、目の前のゴブリンのナイフを右手の剣で弾く。
その剣で素早く胸を突き刺した。
一瞬で絶命したそれを右に突き飛ばすと、ローズは床を蹴って左に跳んだ。
その方向に居た3体のゴブリンを沈め、中心から出る。
そのタイミングで、ゴブリン・メイジが風の刃を飛ばした。
だがそれも見えている。
ローズは跳躍してそれを躱すと、その勢いのまま残ったゴブリンの群れに飛び込んだ。
混乱するゴブリンを、1体ずつ屠っていく。
両手逆手持ちのこの剣術。
小回りを重視しており、対人に適したものだ。
ゴブリンの体型は人とあまり変わらないため、充分通用した。
そして、ローズは理解していた。
ゴブリン達が近くに居る間は、ゴブリン・メイジは手を出せないということを。
「ムゥ…ナラバァアアアアアアアアア!!!」
足下に竜巻を発生させたゴブリン・メイジが、宙に浮く。
そしてハリー王目掛けて飛び出していった。
「なんと…!!」
「ハリー!!!キサマヲトラエレバヤツハナニモデキマイ!!!」
ハリー王の前に、衛兵達が立ち塞がる。
ゴブリン・メイジは彼らを一掃するために、杖を向けた。
だがその時…。
「ッ____!!?」
ただならぬ気配が迫ってくるのを感じた。
ゴブリンは反射的に杖を横に振り上げた。
“ガキン_____!!!”
それは運良く、ローズの両手の振り下ろしを受けることに繋がった。
「_____はぁ!!!」
持ち方を元に戻したローズが、力いっぱい双剣を振り抜く。
ゴブリン・メイジは耐えきれず、床に激しく叩きつけられた。
全身にダメージを負いながらも、なんとか立ち上がる。
「コムスメ!ナゼキサマガ……ッ!!?」
ゴブリン・メイジの目が見開かれる。
さっきまで立っていた筈の部下達が、全員倒れていた。
残っているのは、自身だけ。
ゴブリン・メイジは、その現実を受け入れるしかなかった。
「ナルホド…。ワガドウホウヲスベテイッシュンデコロシ…、ワレヲシュウゲキシタトイウワケカ……」
「あなたも……殺す」
ローズは右手の剣を向け、殺害を宣言をする。
するとゴブリン・メイジの体が、ワナワナと震え始めた。
「ユルサヌ……」
「……」
「ワガドウホウヲ、ナンニンモ…!!コムスメ!!キサマハココデコロス!!ワレガ、コノテデェエエエエエ!!!!」
その瞬間、ゴブリン・メイジが怒鳴り声を上げた。
同時に、彼の周りを風が覆う。
ここからが本気のようだ。
「衛兵さん、国王様と一緒に出てください!」
ゴブリン・メイジの攻撃方法を考えれば、巻き込まれ兼ねない。
ローズは背後に居る衛兵達に退避を促す。
「ッ!了解!」
「ここは頼むぜ!お嬢ちゃん!」
「国王様、こちらへ!」
衛兵達はハリー王を囲み、入り口へ急ぐ。
「サセヌ!!!」
ゴブリン・メイジがハリー王に杖の先を向けた。
風の刃を放とうとしたその時…。
「隙ありだ!」
ネーロがゴブリン・メイジに飛び掛かった。
前足の爪で、頬を引っ掻く。
不意を突かれたゴブリン・メイジは、少し蹌踉めいた。
「クダラヌマネヲ……ッ!!!」
ゴブリン・メイジは体勢を立て直し、風の刃を放とうとする。
だが、もうローズが目の前に迫ってきていた。
「コシャクナ!!!」
瞬時に足下に竜巻を発生させる。
そして間一髪のところで、ローズの剣を飛んで躱した。
ゴブリン・メイジは王室の入り口に目をやった。
ハリー王と衛兵達は、もう部屋を出ていた。
「その調子だローズ。コイツさえ倒しちまえば、残りは何とでもなる」
「うん…。ネーロも行って。国王様に付いてあげて」
「おぅ。ここは任せたぜ」
ネーロは王室を駆け抜け、そのまま出ていった。
残されたのは、ローズとゴブリン・メイジ。
互いに距離を測りながら、ゆっくりと動く。
「……コムスメ。キサマ二ハワカルマイ。ワガキョウチュウ二ウズマクニクシミガ…!」
「……?」
ゴブリン・メイジはローズを見据えながら、語り始めた。
「タシカ二ワレワレハ、コレマデナンニンモノニンゲンゾクヲオソッテキタ。ダガソレハ、イキルタメ。ニンゲンゾクモイキルタメ二、タシュゾクヲテニカケルダロウ。ソレトカワラヌ。オマエタチノコトバデアラワスナラ、ブンカダ」
「……」
「ソウシテイルウチ二、ワレワレハニンゲンゾク二オソワレタ。ワレワレハトリスギタノダ。シュウゲキサレテトウゼントイエヨウ。ダガ、ワレワレヲオソッタニンゲンゾクハ、ミナワラッテイタ!」
「………?」
「アルモノハ、マトアテノマトニサレタ。マタアルモノハ、タマケリノタマガワリ二サレ、シヌマデケラレツヅケタ。マタアルモノタチハ、イキタママモヤサレ、クルシムサマヲワラワレツヅケタ。ニンゲンゾクハ、ワガドウホウタチヲ、ゴラクノタメニコロシタノダ!!」
「ッ……!」
「ニンゲンゾクホドザンコクナシュゾクハイナイ!ダカラ、ホロブベキナノダ!!ワレガハラスノダ!!オモチャドウゼン二アツカワレ、シンデイッタドウホウタチノムネンヲ!!!」
ゴブリン・メイジが杖を掲げる。
王室内で、風が吹き荒れる。
そしてやがて、ゴブリン・メイジを囲うように3つの大きな竜巻が発生した。
「……あなたの痛みがどれくらい大きいか、私には解らない。……だけど、ルチア様に、ハリー王様に、バードピア王国の人々に手を出すというのなら……」
ローズはゴブリン・メイジを睨みつける。
「私は、バードピア王国の皆さんのために……あなたを殺す」
ローズの考えは、変わらなかった。
「ガァアアアアアアアアアアアアア______!!!!」
ゴブリン・メイジが雄叫びを上げ、無数の風の刃を飛ばした。
ローズはそれを走りながら躱す。
その先から、1つの竜巻が迫っていた。
ローズはスピードを上げた。
そして竜巻の傍を縫うように、一瞬で通過した。
「………」
探るように、視線をゴブリン・メイジに向けた。
彼を隠すように、常に2つの竜巻が回っている。
まるで壁のように。
「チョコマカ、スルナァアアアアアアアアアア!!!」
竜巻の先で、ゴブリン・メイジが怒鳴る。
その竜巻を突っ切って、風の刃が飛んできた。
「ッ!!」
ローズはそれを剣で弾く。
だが、風の刃は無数に飛んでくる。
加えて竜巻も迫る。
「……」
そんな窮地にも関わらず、ローズの顔色は変わらなかった。
床を強く蹴り、竜巻の方へと跳んだ。
そして一気に体を回転させる。
回転ノコギリのようになったローズは、そのまま竜巻を突っ切った。
「ふぅ……」
僅かにローズの息が上がっていた。
竜巻の力は凄まじい。
少しでも気を抜けば、巻き込まれグチャグチャになってしまうだろう。
今の回避方法も、そう何度もできるものではない。
そしてこの瞬間も、風の刃が飛んできていた。
ゴブリン・メイジは、内心穏やかではなかった。
竜巻を発生させる時は、本気の時。
大抵の敵だったら、もう終わってる筈なのだ。
だが、ローズはまだ生きている。
ゴブリン・メイジは耳が良い。
それ故に竜巻で見えなくとも、足音だけで解るのだ。
「コムスメ…!!ドコマデワレヲコケニスルキダ!!!」
ゴブリン・メイジはローズに対し、人間への恨みを吐き出した。
だがローズは、それを一蹴した。
この小娘だけは、一刻も早く殺したい。
殺したいのに、捉えられない。
足音が消えない。
もどかしい。
腹立たしい。
鬱陶しい。
「コムスメェエエエエエ!!!イイカゲンシネェエエエエエエエエエエ____!!!!」
ゴブリン・メイジが、また風の刃を作り出す。
怒りで力が上がったのか、それは先程よりも遥かに大きい。
刃というより、大鎌。
風の大鎌が、竜巻の向こうへ飛んでいった。
「………」
直撃したかどうかは、目視では解らない。
だが、足音が消えた。
竜巻の音以外、何も聞こえなくなったのだ。
「ヤッタカ……?」
ゴブリン・メイジが歩を前に進める。
死体を確認するために、竜巻を緩め始める。
……その時だった。
“ビュッ_____”
竜巻を突っ切って、1本の剣が飛んできた。
“ドスッ!!”
大砲のような勢いで飛んできたそれは、ゴブリン・メイジの腹に突き刺さった。
「ゴフッ!!」
腹の中から血が逆流し、口から零れ出る。
何が起こっているのか解らなかった。
思わず剣の柄に、手が伸びる。
刺さった箇所から、血が流れ出ている。
引き抜けば、臓物が零れ出て死ぬだろう。
“ブワッ!!”
2つの竜巻の隙間から、ローズが飛び出してきた。
左手にもう1本の剣が握られている。
「グガアァアアアァァァアアァアアアアアアア!!!」
ゴブリン・メイジが血を撒き散らしながら、風の刃を飛ばす。
ローズはそれらを斬り払いながら走る。
そして一瞬でゴブリン・メイジの懐を侵略した。
“ザシュッ!!”
左手の剣で、ゴブリン・メイジの杖を持つ右手を撥ね飛ばす。
「グゥ!!!」
ゴブリン・メイジの顔が苦痛に歪む。
間髪入れず、ローズは右手で、ゴブリン・メイジの腹に刺さった剣を掴んだ。
「これで、終わり」
そしてゴブリン・メイジの腹から胸へと、斬り上げたのだ。
「ガバァアアァアアアアアアアアアア____!!!!」
ゴブリン・メイジが断末魔の叫びを上げた。
斬り裂かれた箇所から、血が噴水のように出る。
ローズはその返り血を諸に浴び、全身が赤黒く染まった。
(バカナ…コノワレガ……)
意思とは反対に、ゴブリン・メイジの体が、ゆっくりと後ろに倒れ始める。
こんな筈ではなかった。
この日の襲撃を成功させるために、綿密な計画と準備を整えてきた。
しかし、ローズというたった1人の娘によって、全てが崩された。
(コンナ…コムスメ二……!)
ローズさえ居なければ、ゴブリン・メイジの計画は全て上手くいっていただろう。
そう、この小娘さえ居なければ…。
ゴブリン・メイジが、仰向けで床に倒れる。
そして心の中でローズへの恨み節を募らせながら、事切れたのだった。
「ふぅ……」
ローズは小さく息を吐いた。
ゴブリン・メイジが動かなくなったのを確認すると、双剣の血を払い、鞘に戻した。
その後は、思いの外スムーズに事が進んだ。
ゴブリン・メイジが死に、指導者を失ったゴブリン達は、次々と衛兵達に討ち取られていった。
そして丁度日を跨いだ頃に討伐された1体以降、生存しているゴブリンは現れなくなった。
とはいえ、まだ油断はできない。
ハリー王の命令で衛兵達は町へ繰り出し、パトロールを続けている。
負傷者は全員医務室に運ばれ、迅速な手当が施されていた。
「皆さんの分、ちゃんと用意してありますので、ゆっくり飲んでくださいね」
料理を趣味とするルチアは、疲れ切った衛兵達にスープを配っていた。
彼女の右肩で、鳩のクラウドが止まったまま眠っている。
ルチアの足下では、ネーロがケタケタ笑っていた。
「姫さん直々に配膳か。コック達に任せとけばいいのによ」
「私は、戦いではお役に立てませんので。せめて皆さんのお腹を満たすくらいはしたいのです」
ルチアはどこか、申し訳無さそうに笑った。
「ふぅん…。まぁ、いいんじゃねぇの?」
「ネーロ様にも、あとで猫ちゃん用のお料理を用意しますので」
「ありがとよ」
そんな会話があった直後、医務室が一気に静まり返った。
衛兵達が皆、入り口の方を見ている。
ルチアとネーロの視線も、そちらに向いた。
「ッ!!!」
医務室の入り口に立っていたのは、血を浴びて赤黒く染まったローズだった。
無表情だが、少し疲れたような顔をしている。
ネーロが真っ先にローズの元へ駆けていく。
「ローズ!」
「ネーロ…」
「お前、血塗れじゃねェか!」
「私の血じゃないから、大丈夫」
「なんだ返り血か。……勝ったんだな?」
「うん。……あっ____」
気づけば目の前に、ルチアが立っていた。
涙ぐんだ目で、こちらを見つめている。
「ルチア様……ッ!?」
ローズが何か言う前に、ルチアが近づいてくる。
そして、血塗れのローズを躊躇なく抱き締めた。
「ルチア…様…!?」
顔を上げたローズは、ハッと目を見開く。
ルチアの頬を、涙が伝っていた。
「ローズ様…。よくぞ、ご無事で!」
ルチアは泣きながら、ローズの生還を讃える。
「クルッポ〜♪」
いつの間に起きていたのか、クラウドが2人の頭上をクルクルと飛び回っていた。




