3-7
ハリー王との面談後、ローズは客室のテーブル席に座っていた。
今からルチアとお茶会をすることになっている。
茶や菓子の用意で、少々時間が掛かっているようだ。
この部屋には現在ローズとネーロしか居ない。
それでもローズは落ち着かない様子だった。
「どうした?ソワソワしやがって。便所か?」
「違うよ……」
相も変わらずデリカシーの無いネーロの言葉を、ローズはムスッとしながら否定する。
「お茶会なんて、やったことないから……。礼儀作法とかも解らないから心配で……」
「なんだそんなことか。お前この城に来てから緊張しっぱなしだな。礼法なんざそんなに気にしなくていいんだよ。要は相手を不快にさせなきゃそれでいいんだ。上品に振る舞え上品に」
「上品に……か」
「そう、上品に…だ。そんじゃあ頑張れよ〜」
ネーロはそう言いながら、何故か窓の方へと歩いていく。
「どこ行くの?」
「暇だろうし、散歩してくるわ」
「あっ、ちょっと……!」
ローズの制止を気にせず、ネーロは窓から外へ出て行った。
それと同時に、部屋のドアがノックされる。
「えっ…あっ……。…どうぞ……」
「失礼致します」
入ってきたのは、ルチアとクラウド、そして侍女だった。
侍女が押すワゴンには、急須やティーカップ、小皿、それからティースタンド。
3段のティースタンドには、1段目にケーキ、2段目にスコーン、それから3段目には、サンドイッチが載っていた。
その豪華なラインナップに、ローズは目をパチクリとさせる。
「フフフ。お待たせ致しました」
ローズのリアクションが可愛らしかったのか、ルチアがまた微笑んだ。
侍女は手慣れた手付きで、運んできた物をテーブルに載せていく。
「冷めないうちに、お飲みくださいね」
そう言いながら、2人分のティーカップに紅茶を注ぐ。
それからお辞儀をし、ワゴンを押して客室から出て行った。
ルチアはローズと相対するように、席に着く。
それと同時に、クラウドがルチアの肩から飛び上がり、本棚の上に座った。
「それでは、始めましょうか。お茶菓子は何に致しますか?」
柔らかな口調で、ローズにそう問いかける。
それに対し、ローズは戸惑いを見せる。
「ローズ様?」
「あっ…すみません、ルチア様。こういったものは初めてで……」
「そうでしたか……」
お茶も茶菓子も、兵士時代には無かった。
精々休憩中に、シンシアと共に飴玉を口の中で転がしたくらいだ。
お茶会を嗜むのは、主に王族や貴族。
ローズ達には無縁の催しだった。
そんなローズに対し、ルチアは安心させるように微笑みかけた。
「そう緊張されなくても、大丈夫ですよ。お茶とお菓子をお供に、対話を楽しむ。それでいいのです」
「対話を楽しむ…ですか……」
「はい。ですので、肩の力を抜いてください。アフタヌーンティーを楽しみましょう」
ルチアは両手を開いてそう言った。
対話を楽しむ。
バードピアに来るまでの、あの馬車の中の空気で良いのだろう。
ローズは深呼吸をして、口を開いた。
「……あの、それでは…サンドイッチを頂けますか?」
「ッ……!はい、もちろんです」
ルチアは小さめのトングでサンドイッチを1つを掴むと、ローズの小皿に載せた。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして…。ところで、ネーロ様のお姿が見えないのですが……」
「すみません。散歩をすると言って、出ていってしまいました」
「あら、そうなのですね…。ネーロ様用のクッキーも用意したのですが……」
ルチアはそう言いながら、懐から小さな布袋を出した。
「確かに、猫ちゃんは自由奔放らしいですし、お茶会は退屈なのかもしれませんね」
「申し訳ございません…。せっかく用意してくださったのに……」
「ローズ様、お気になさらず…。よかったらこれ、あとでネーロ様にお渡しください」
「はい…。ありがとうございます」
ルチアはクッキー入りの布袋を、ローズに手渡した。
ローズは布袋を手元に置くと、小皿のサンドイッチに目をやった。
パンは淡い桃色をしていて、間から赤いジャムが染み出ている。
仄かな甘い香りが、ローズの鼻をくすぐった。
「あの、サンドイッチ…。早速頂いてもよろしいでしょうか…?」
「はい、もちろん。ナイフとフォークをお使いください」
「はい……」
ルチアに言われた通り、ローズは小籠からナイフとフォークを取り出す。
サンドイッチを選んだのは、食べ慣れていたから。
しかし今まで食べてきたのは、携帯しやすいように紙で包まれたもの。
ナイフとフォークで食べるなんて、考えたことがなかった。
おそらく、小分けにして食べるのだ。
ローズはサンドイッチを左手のフォークで刺し、ぎこちない動きで右手のフォークで切る。
そして一口サイズになったサンドイッチを、口に入れた。
「ッ…!」
まず最初に舌を出迎えたのは、パンの甘くもっちりとした食感。
パサパサしていない。
もちもちだ。
放っておいたら、そのまま溶けてしまいそうなくらいだ。
そしてパンの中から広がったのは、あの赤いジャム。
おそらくベリーが使われているのだろう。
しっとりとしていて、甘い。
その甘さの中に、少し酸っぱさもある。
ジャムにありがちな甘ったるさを、酸味が上手く抑えていた。
「…とても、美味しいです」
「ッ…!!お口に合ってよかったです!!」
ローズが素直に感想を言うと、ルチアは満面の笑みで喜ぶ。
「パンの食感が面白いですし、このジャムの…しつこくない甘さも良いです」
「そこまで言ってくださるなんて、感激です!ローズ様、そのジャムはですね、私が作ったものなのです!」
「ルチア様がですか?凄いです…!」
ローズがそう言うと、ルチアは頬を赤くした。
「ありがとうございます。お料理も、趣味でして…。実はまだまだ勉強中なのです」
「それでも美味しいですよ。私なんて、肉を切って焼くくらいしかできませんから……」
「フフフ。お料理って、楽しいのですよ。ローズ様も、練習すればきっと上手になれます」
「上手く…なれるでしょうか……」
「なれますよ。きっと」
ルチアはそう言って、朗らかに笑った。
彼女は多趣味だ。
料理はもちろん、庭園で花の手入れもしている。
そんなルチアが、ローズには羨ましく思えた。
ローズには、戦いしか無かったから…。
一方ネーロは、街中に下りていた。
全てを見渡せるように、家々の屋根を歩いていた。
見えてくるのは、頭や肩にカラフルなインコを乗せた若い女性。
広場でウコッケイを枕にして昼寝をする少女。
老人の後ろを付いて回るアヒル。
やはりこの国の人々は、常に鳥と共に居る。
「にしても……、人間以外マ〜〜〜ジで鳥しか居ねぇなぁ〜〜〜。それ以外の動物がまるで居ねぇ」
あまりに平和な昼下がり。
ネーロは体を伸ばし、屋根の上に寝っ転がった。
「……しっかし、あいつは何だったんだぁ?」
ネーロの頭を過ったのは、城の庭園に侵入してきた襲撃者。
彼はローズに敗北し、その場から逃走。
おそらく、今もこの国のどこかに居ることだろう。
「ありゃ多分、また襲ってくるだろうなぁ。ここに来る前のゴブリン達も無関係とは思えねぇし。……あの襲撃者、まさかな」
ネーロが空を見上げながら、尻尾をくるくると回す。
そうしていると、あるものが目に入った。
「……あ?あれは…」
ネーロの頭上を、白いオウムが通り過ぎていった。
そのオウムの頭には、黄色い羽が付いている。
「あいつ…王様の肩に乗ってた奴じゃねぇか」
ネーロがそう言って、むくりと立ち上がる。
オウムはというと、空中で急降下し、何故かとある家の煙突に飛び込んでいった。
「おいおい…。王の愛鳥が庶民の家に何の用だ?」
オウムの行動を怪しく思ったネーロは、急いで後を追う。
屋根から飛び降りると、件の家の窓辺にジャンプする。
そこから家の中を覗いた。
「ッ……!?」
ネーロは目を疑った。
家の中に居たのは、5体のゴブリンだったのだ。
3体は普通のゴブリンだが、残りの2体は格好が違った。
1体はローブを身に纏った、ズタボロのゴブリン。
フードを被ってはいないが、ローブの色と打撲の痕を見る限り、あの襲撃者と同一と見ていいだろう。
そして残る1体は、特に異彩を放っていた。
耳と鼻が他のゴブリンより尖っており、体も少し大きい。
首には何かのモンスターの牙で作られたネックレスが掛かっていて、紫のマントも羽織っていた。
さらに右手に杖を持っていて、その杖の先端には緑色の宝石が埋め込まれていた。
「ゴブリン・メイジ…。あいつが親玉か?」
ネーロが注目する杖のゴブリンは、偉そうに椅子に座っている。
他のゴブリン達は彼に対し、頭を下げていた。
杖のゴブリン…ゴブリン・メイジは、ローブのゴブリンに対して何かを言っている。
窓で遮られて聞こえないが、どうやら怒られているようだ。
(ローズに負けた件を責められてんだろうなぁ……。コイツら、姫さんを2回も襲ってる。狙いは何だ?……まさか姫さんの身柄もネタに、国を乗っ取ろうってのか?)
話をよく聞こうと、窓の隙間に耳を当てた。
すると……。
“ガシッ”
「うおっ!!?」
突然ネーロの体が持ち上がった。
何事かと振り返ると、目の前に衛兵が居た。
ネーロを掴み上げる衛兵の後ろに、さらに2人の衛兵の姿があった。
(やべぇ…。ちょいと目立ち過ぎたか?やっぱ鳥の国に猫はダメだよなぁ)
そう考えながら、ネーロは作り笑いをして弁明する。
「兄ちゃん達お疲れ〜。俺は旅でこの国に立ち寄っただけだ。鳥は食わねぇから安心してくれ。それよりこの家の中覗いてみてくれよ。やべぇからよぉ〜」
「……」
「……あ〜…。兄ちゃん達、大丈夫か?」
ネーロが喋れば、初対面の人間は大抵驚くものだ。
今もネーロは、かなり喋った方だ。
しかし、目の前の衛兵達は何のリアクションも取らない。
それどころか、一言も喋らないのだ。
「何か言えよ。流石に凹むぞ」
ネーロが文句を言うと、衛兵達がついに動き出した。
彼らが向かったのは、なんと家の入り口だった。
「ちょっ、おいおいマジかよ!」
衛兵が何の躊躇もなくドアを開ける。
その瞬間、中のゴブリン達の視線が集まった。
お互い威嚇し合うこともなく、ただ見つめ合う。
その様子は、まさに異様だった。
「……おい、何だこの状況………」
ネーロがそう呟いた時だった。
「……ホォ。ネズミガイタカ………」
ゴブリン・メイジがそう言った。
しわがれた声で、確かにそう言ったのだ。
人の言葉を、話したのだ。
「おいおい、俺はネズミじゃなくて猫だぜ。ゴブリンの大将、アンタ随分人語が上手いなぁ」
ネーロはあえておちょくるような口調で言い放つ。
「……シャベルネコトハ、メズラシイ」
「そりゃどうも。長生きし過ぎて人語マスターしちまったよ。アンタはもうちょい流暢に話せた方がいいぜ。で、この国の衛兵に見つかっちまったけど、どうすんだ?」
「モンダイナイ。スベテテノウチヨ」
ネーロの問いかけに対し、ゴブリン・メイジは右手を翳した。
すると衛兵達の背が、徐々に縮み始める。
頭部が大きくなり、耳と鼻が尖り、肌が緑色に変わる。
衛兵達の姿が、完全にゴブリンへと変わった。
「なるほど。手下を魔法で衛兵に変えてた訳か。コイツらだけじゃないんだろ?」
「ムロンダ。クニヂュウニワガハイカヲシノビコマセテイル」
「お前らの目的は何だ?」
「クニトリダ」
そう発言するゴブリン・メイジの目が鋭く光る。
「コノクニハ、ワレワレガトウチスル。コノクニハ、モウスグワレワレノモノトナル」
「やっぱ乗っ取りか。姫さんを襲う理由は?」
「ワレハ、コノクニノオウトナル。ヒメニハ、ワガコヲウンデモラウ」
「そういうことね…。そういやゴブリンは人間と交配ができたな……。それで正式に国王ってか…」
ネーロは気分が悪そうに舌を出す。
「それで、なんでバードピアなんだ?この国に何か恨みでもあるのか?」
「……コノクニニウラミハナイ。ドコデモ、ヨカッタ」
ネーロの問いかけに対し、ゴブリン・メイジの目の奥に、炎が宿った。
まるで、怒りや憎しみに燃えているような…。
「コノヨノニンゲンドモニ、キザミコムノダ。ワレワレノオソロシサヲ。コノクニノシハイハ、アシガカリニスギナイ」
「行く行くは、全世界を支配するってか……」
「ニンゲンドモハ、ワレワレニサカラエナクナル。ワレワレガ、ニンゲンヲフミニジルノダ」
人間に対して、相当な恨みを抱えているのだろう。
ゴブリン・メイジの語気が強くなったような気がした。
「ネコヨ。キサマニハ、コウショウノザイリョウニナッテモラウ」
「交渉の材料?」
「キサマト、オウヲコウカンサセル」
「俺と王様を交換だ〜?そりゃ無理だろ。全然釣り合ってねぇ」
「オウハ、キサマノシュジンニムスメヲタスケラレテイル。オウハ、ギリガタイ。コウショウニオウジルダロウ」
「そう上手くはいかないと思うがなぁ…」
「コイツハ、ダイジナザイリョウダ。トジコメテオケ」
ゴブリン・メイジが、ネーロを掴むゴブリンにそう指示する。
そのゴブリンは頷くと、家の奥へと進んでいった。
そして厨房に入ると、足下の木箱にネーロをぶち込んだ。
「やべぇ…。殺されはしないだろうが、どうすっかなぁ……」
暗く狭い木箱の中で、ネーロは小さく呟いた。




