3-6
傷の手当てが終わり、ローズは救護室を出た。
ルチアに連れられ、国王が待つ玉座の間を目指す。
いよいよ国のトップと顔を合わせることになる。
ローズの表情が、自然と強張った。
その顔を見て、ルチアが優しく微笑む。
「ローズ様、そう緊張無さらずに。父は強面ですが、優しい方ですよ」
「はい……。ですが、国王様の前なので……」
「ローズ様は、本当にしっかりされてますよね。まだ14歳とは思えません」
「元は一国に仕えていた身でしたので……」
「一国……というと____?」
「ロ〜〜ズ〜〜!お前は2回も姫さん助けてんだ。ちっとの無礼くらいは赦してくれンだろ」
足下を歩くネーロが、何故か割って入ってきた。
「とりあえずリラックスして、ド〜〜ンと構えときゃいいんだよ」
「ネーロ…!ルチア様にも失礼だから……」
「フフフ。本当に仲良しさんですね」
ルチアがまた、無邪気に笑う。
その間にネーロが、ローズの肩によじ登った。
そして耳元に、ルチアが聞き取れないくらいの声量で語りかける。
「ローズ、ソルブレア出身ってことは隠しとけ」
「……どういうこと?」
ルチアには聞かれたくない。
その意図を汲み取ったローズは、小声で返した。
「ソルブレアが軍事国家だったからだ。他国に戦争仕掛けて力で支配する。それがお前の国のやり方だったろ」
「………」
「周辺国は当然ソルブレアを警戒してる筈だ。このバードピアだって、そこまで離れてる訳じゃねェ。いつ攻め込まれてもおかしくねェ位置にある」
「ヨハン様が居るし、今はもう大丈夫だと思うけど」
「『優しい王に交代したからもう戦争はしないよ』ってか?アホか。それで安心する奴が王なら速攻国滅ぶわ。そもそもヨハンが王になったのはつい最近だろうが。信頼を取り戻すにはメチャクチャ時間いるんだよ」
「お2人共、どうかされましたか?」
前を歩くルチアが、振り返ってそう言う。
「いっ、いえ…何も……」
「なんでもねぇよ〜」
「そうですか?もし何かお困りでしたら、いつでもお声掛けくださいね」
ルチアは不思議そうに首を傾げたものの、再び微笑んで歩き始めた。
ネーロは小声で話を戻す。
「とにかく、ソルブレア出身ってことは黙っとけ。特にお前は最強戦力だったんだ。姫さん助けたとはいえ、バレたらどうなるか解らねぇぞ」
「……うん」
少し寂しそうにしながらも、ローズはこの話を受け入れた。
「さぁ、着きましたよ。こちらです」
一際大きく荘厳な扉の前で、ルチアが止まってそう言った。
彼女の姿を確認すると、扉の両端に立つ兵士が扉を開ける。
「どうぞお入りください」
「はい……」
少し緊張しながらも、ローズはルチアの後に続いて入室した。
部屋の最奥。
玉座に座っていたのは、白い髭を蓄えた中年の男。
髭が濃すぎて、口元が見えない。
まるで、猛禽類をそのまま人間にしたような出で立ちだ。
頭の王冠が、まさに威厳を示している。
彼が座る玉座の隣には、側近の兵が1人。
そして彼の肩には、黄色い羽が頭に付いた白いオウムが乗っていた。
「お父様、お客様をお連れしました」
ルチアがそう言って頭を下げる。
そう、玉座に座る眼前の男こそが、このバードピア王国の王だ。
「ふむ。すまぬなルチア」
我が娘に礼を言うと、王はローズを見据えた。
その瞳は、まさに猛禽類のそれだ。
ローズは王の前で跪く。
「……お初にお目にかかります。私は、ローズと申します。隣の黒猫ネーロと共に、旅をしている身です」
やはりソルブレアに居た時の癖が抜けないのか、言葉遣いも丁寧だった。
ローズの歳不相応の振る舞いを見て、王は頷く。
「私はハリー。この国の王だ。ローズ君、話は聞いているぞ。2度に渡って娘を救ってくれたそうだな。心から感謝する」
「痛み入ります」
ローズは再び頭を下げた。
「……しかし、その若さでゴブリンの群れを圧倒し、襲撃者も追い払うとは……。ローズ君、きみはいったい何者なのだ?」
「………」
いきなり素性を探るような質問が飛んできた。
ハリー王の両眼は、まるでローズの腹の中まで覗いているようだった。
ソルブレアのことは話せない。
しかし、半端な嘘は見抜かれてしまうだろう。
ローズは腹を括って、ハリー王と目を合わせた。
「幼い頃より、優秀な師の元で訓練を受けていたもので…。ここまで強くなれたのも、尊敬する師のお陰です」
「ふむ…。その師は、今はどうしている?」
「ある時突然、このネーロを残して姿を消しました。私は師を見つけるために、旅人になったのです」
「なるほど…」
ハリー王は顎に手を置きつつ、今度はネーロに視線を移した。
「そこの黒猫、ネーロといったな。きみは人の言葉を話すと聞いているが…」
「おっ、喋っていいのか?」
「なんと……真であったか」
軽い返事をしたネーロを見るハリー王の瞳が、少し見開かれた。
驚きのあまり、少々声が震えている。
「まさか、猫と会話をする日が来ようとはな…」
「おぅ、よく言われるぜ」
「ネーロ、失礼だよ」
王に対して軽く接するネーロを、ローズが嗜める。
「不敬罪になるから……」
「なんだよケチだな〜」
「ワハハ。構わんよ」
初めて聞こえた笑い声。
ネーロの口調に対して、意外にもハリー王は寛容だった。
「ところでネーロ君、きみはローズ君の師について、何か知らぬか?」
「そうだなぁ。あの人について言えるのは、メチャクチャ腕が立つってことくらいだな。俺に『ローズを頼む』とだけ言ってどっか行っちまったけど」
ネーロはローズに話を合わせている。
本当は作り話なのだが、その口調に淀みはいっさい無い。
「ふむ、そうか…。できることがあれば、我々も力になろう。君の師が早く見つかることを願っている」
「ありがとうございます」
「ところで、娘を守ってくれた礼として、きみ達に褒美を与えたいと思うのだが」
「褒美…ですか」
「左様。何か欲しいものはあるか?できる限りの期待に応えよう」
「欲しいもの…ですか……」
ローズは視線を落として考える。
そもそも報酬欲しさにルチアを助けた訳では無い。
いざ欲しいものと言われると、すぐには思いつかなかった。
ハリー王は期待に応えてくれるそうだが、図々しい願いは逆に申し訳ない。
いや、寧ろ遠慮する方が失礼なのか。
そうこう考えていると…。
“ぐうぅぅ〜〜……”
玉座の間に、低い音が鳴り響いた。
音の鳴り所は、ローズの腹の中だった。
「ローズ様、お腹が空いてしまいましたか…?」
「……みっともないところをお見せしてしまい、申し訳ございません…」
ルチアの問いかけに対し、ローズの頬が仄かに紅くなった。
「ふむ。2度に渡って戦闘を行ったのだ。仕方あるまい」
「じゃあ、王様。褒美はこのバードピアの名物料理でどうだ?」
「ふむ……。ローズ君はそれで良いかな?」
「あっ…はい」
「ふむ。さすれば極上の料理を振る舞うとしよう」
ハリー王はそう言って微笑んだ。
するとルチアが、身を屈めてローズに話しかける。
「ローズ様、よかったらこの後、御一緒にお茶でもいかがでしょう?」
「お茶……ですか」
「はい。ケーキもありますよ。ねっ、良いでしょう?お父様」
ルチアはねだるようにハリー王を見つめる。
彼も快く頷いた。
「良かろう。ローズ君の相手はお前に任せるとしよう。だがお前は2度に渡って狙われておる。用心することだ」
「お父様……かしこまりました」
ルチアは恭しく頭を下げた。
それからローズに向き直る。
「それでは、お部屋に参りましょうか。すぐにお茶とケーキを用意致します」
「はい。ハリー様、失礼致します」
「王様、またな〜」
ローズは深々と頭を下げると、ネーロ、ルチアと共に玉座の間を後にした。
部屋が静かになったところで、側近がハリー王に喋りかける。
「国王様。あのローズという娘を、ルチア様の傍に置いてよろしいのでしょうか?戦闘力といい、喋る黒猫を連れている点といい、得体が知れません」
「良い。対話をした限り、悪人とは思えなかったしの。それに、ルチアも歳の近い娘と触れ合えて嬉しいようだ」
「左様でございますか…」
「とはいえ、ルチアは2度も狙われておる。警護を万全にせよ。これ以上ローズ君の手を煩わせる訳にはいかん」
「かしこまりました」
側近が頭を下げると、ハリー王の肩に乗っていたオウムが翼を広げた。
そして王の肩から飛び上がると、部屋の窓から外へ出て行った。
「キースはまた散歩か?以前まで部屋の中で過ごすことが多かったのに、最近多いのぅ」
ハリー王は空へ飛んでいく愛鳥の姿を見送りつつ、不思議そうに首を傾げた。




