3-5
襲撃者が猛スピードでローズに迫る。
それに対し、ローズは一瞬背後に目をやった。
自分の後ろには、ルチアとネーロが居る。
ここから先に行かせれば、2人が危ない。
そう考えたローズは、迎え撃つしかなかった。
2人の距離は、すぐに縮まる。
至近距離に来たところで、襲撃者は片方のダガーの横薙ぎで、ローズの首を飛ばしに掛かった。
しかしローズは、集中力を上げていた。
身を低くして、完全にダガーを躱す。
そして、そのまま襲撃者の懐に入った。
「はァ!!」
“ドッ___!!!”
ローズが繰り出したのは、掌底打ち。
右手のひらの付け根を、思いっきり襲撃者の腹にぶつける。
「グベッ!!!」
肉が弾ける音と共に、襲撃者が再び吹き飛んだ。
そのまま派手に地面を転がる。
(今__!!!)
襲撃者を警戒しつつ、ローズはルチア達の元へ走った。
彼女らの安全が第一。
今のうちに、2人を逃がすために動く。
しかし、ここでネーロが声を上げた。
「ローズ!まだだ!」
「ッ……!!!」
ローズは慌てて振り返る。
黒い球体が1つ、こちらに向かって飛んできていた。
(これは……!ルチア様のところに落ちる!!)
そう推察したローズは、跳躍した。
空中で体を捻り、球体を蹴り返す。
その数秒後、球体が光を放った。
「ッ!!!」
“ドカァアアアアアアアアアアアアン!!!!”
球体が激しく爆発する。
直撃は免れたものの、爆風がローズを地面に叩きつける。
「カハッ___!!」
その衝撃で、一瞬呼吸が止まる。
だが、ローズの目は死なない。
背中を強く打ったものの、その反動を利用し、地に足を着ける。
それでもローズに安息は無い。
爆発の隙を見て、襲撃者が迫っていたのだ。
襲撃者が滑るように接近し、連続でダガーを振る。
あまりの猛攻に、ローズは徐々に押されていく。
だが、下がり続ければルチアとネーロに危険が及ぶ。
この戦況を変えたいと思った時、足下に小石が転がっているのが見えた。
ローズは小石を蹴り上げる。
“ベチッ!!”
小石は襲撃者の顔に直撃した。
怯んだところで、ローズは再び懐を侵略する。
それから右肘で、襲撃者の胸部を突き上げた。
「ゴボッ___!!」
唾液を吐き出しながら、襲撃者が後退する。
再び2人の間に距離ができた。
ネーロとルチアは、この様子をベンチの陰から見守っている。
「あいつ、徒手でもいけるのか」
「ローズ様……。……!!」
ルチアが目を見開く。
こちらに襲撃者を行かせまいと、立ちはだかるローズ。
その右腕から、血が滴っていた。
「ローズ様!血が……!」
ルチアが声を上げた。
その声は悲鳴に近い。
「さっきの猛攻で切られたんだろうなぁ」
「掠り傷です。問題ありません」
右手を赤く染めながら、ローズは構える。
ネーロもまた、冷静だった。
その顔からは、ローズなら負けないという自信が伺えた。
「……」
襲撃者がジリジリと距離を詰める。
威嚇するように、ダガーを打ち鳴らした。
ローズは襲撃者をよく観察する。
(何発か入れてるけど、やっぱりナイフは油断できない。だったら……!)
ローズは足下に散らばった石を拾い上げた。
そして襲撃者に向かって投げつける。
「ッ!!」
襲撃者はその投石を躱してみせる。
だが、ローズはそれを読んでいた。
時間差でもう1つ投げる。
“ゴッ!!”
それは襲撃者の頭に命中した。
鈍い音が鳴り、襲撃者がよろける。
その隙に、左手にさらにもう1つの石を持ったローズが急接近する。
襲撃者はふらつきながらも、右のダガーを投げた。
だが、この状態での投擲が、正確に当たる筈がない。
ダガーは空を切って、ローズの隣を通り過ぎた。
「ッ……!!」
迎撃のため、襲撃者が左手のダガーを振り上げる。
しかし、それが振り下ろされるより前に…。
“ガシッ”
ローズが右手で、襲撃者のダガーを持つ手を掴んだ。
「ッ!!?」
襲撃者にとってこれは予想外。
ローズはそのまま、石を持つ手に力を籠める。
“ゴッ!!…ガッ!!…ドゴッ!!…ゴッ____!!”
なんとローズは、左手の石で襲撃者を殴りまくったのだ。
固くて凹凸のある石が、襲撃者の体を徐々に傷つけていく。
「ゔッ……!!……グガァア!!!」
堪らず襲撃者は、力任せにローズの手を振り解いた。
しかし、ただで逃がす程ローズは甘くない。
その顔面に向けて、ハイキックを入れた。
襲撃者は派手に地面を転がる。
この戦況で寝続けるのは命取りだ。
震えながらも立ち上がる。
その際、足元にべチャリと血を吐いた。
襲撃者はギロリと、ローズの様子を伺う。
有利な状況にも関わらず、ローズは集中を切らしていない。
全くもって隙がない。
襲撃者は理解した。
この少女には勝てないと。
「……」
襲撃者は懐に手を入れた。
その手には、球体が握られていた。
「させない!」
投げられる前に、ローズが前に踏み込んだ。
それに対し、襲撃者が残りのダガーを投げる。
狙いは顔だ。
「ッ____!!」
ローズはギリギリでそれを避ける。
だがそこに隙が生まれた。
襲撃者は球体を地面に叩きつける。
“ボンッ”
その瞬間、拡がったのは煙幕だった。
襲撃者の姿が一気に見えなくなる。
「くっ……!!ルチア様!!」
煙に紛れて近づかれたらマズい。
ローズはネーロとルチアが隠れているベンチへ急ぐ。
「おぅ、戻ったか」
「ローズ様、腕を……!」
「まだ大丈夫です。………」
ローズは走ってきた方向を、注意深く見た。
襲撃者が迫ってくる様子はない。
どうやら煙に紛れて逃走したようだ。
しばらく待っていると、壊れた庭園の煙が晴れ、衛兵達の応援がきた。
その後ローズは、救護室で傷の手当てを受けた。
幸いなことに、切られた右腕は軽傷だった。
その場には、ネーロとルチアも居合わせていた。
「ローズ様、本当に申し訳ございません!私共の不備で、このような怪我を!」
ルチアは深々と頭を下げる。
その様を見て、ローズは慌てる。
「おっ、おやめください!私は…大丈夫ですから……。その……手当ての方、ありがとうございます……」
「ローズ様……なんて広い懐なのでしょう……」
「いちいち大袈裟だな姫さん……」
ネーロが呆れ気味に言っている間、ローズは包帯が巻かれた腕を見た。
(……私、まだまだ未熟だな)
負傷した結果、ルチアの心を傷つけてしまった。
そんな自分が、少し情けなく思えた。
ローズの心中を察してか、ネーロが口を開いた。
「素手が本領じゃねぇんだろ?武器持ってる奴相手に、あれだけやれンなら充分じゃねぇか」
「ネーロ……」
「次は剣で真っ二つ……だろ?」
「……うん!」
ネーロにしては優しい口調。
そのお陰か、ローズに少し元気が戻った。
ルチアの表情にも、仄かに笑みが戻る。
場が落ち着いたところで、救護室に1人の衛兵が走ってきた。
「姫様、国王様がお戻りです」
「あら、お父様が?」
ルチアは思い出したように、椅子から立つ。
しかし、衛兵の話はここで終わらなかった。
「……それと、国王様がお客様とお話がしたいと」
「私と…ですか?」
「ほぉ〜?いよいよ国王様とご対面かぁ」
それを聞いたネーロが、不敵に笑った。




