3-4
城に入ると、ローズとネーロはすぐに客室に通された。
「……広い…ね」
「そうだな。流石は城の客室。しかも今夜はここに泊まっていいらしいぜ」
荷物を下ろした後、ローズはキョロキョロと部屋中を見渡した。
客室といっても、中は広く豪華だった。
高貴なデザインの絨毯に、脚の高いお洒落なテーブルと、向かい合うように配置された椅子。
そのテーブルには急須とカップ。
それからティーバッグと茶菓子が入った小さな籠が置かれていた。
部屋の隅には、カーテン付きの大きなベッド。
ローズが横になっても、あと1、2人は入りそうだった。
他にも作業用の机や、暇つぶしのための書物と本棚、姿見や来客用のクローゼット、アーチ型の窓と、かなり充実していた。
ソルブレアで過ごしていた部屋と比べて、あまりに豪華で広い。
そのせいか、落ち着かなかった。
それに対して遠慮を知らないネーロは、既にベッドに寝そべっていた。
「ローズ〜!このベッド、すげぇふかふかだぜ!しかもメチャクチャ温かい!」
「もう寛いでるし……」
「この毛布何使ってんだ〜?綿花か〜?それともやっぱ羽毛か〜?」
「破いちゃダメだよ」
「解ってら〜!」
ケタケタと笑いながら、毛布を触るネーロ。
破ったりでもしたら、やはり弁償させられるのだろうか。
城で使われている毛布だ。絶対に安くはない。
ネーロが誤って爪を出さないか、ローズは気が気でなかった。
“コンコン”
「ッ!?」
急にドアをノックされ、ローズは体を強張らせる。
「どっ…どうぞ」
震える声でそう言うと、ガチャリとドアが開いた。
「ローズ様、失礼致します」
「クルッポ〜」
入ってきたのは、ルチアとクラウド。
ルチアは外套からロングドレスに着替えていた。
頭には、鳥の羽を模ったティアラを付けていた。
「おぉ〜!姫さんらしい姿になったなぁ!」
「ルチア様、お綺麗です」
「そっ、そうでしょうか。ありがとうございます」
ルチアは照れくさそうに、頬を指で掻いた。
しかしすぐに咳払いをし、本題に入る。
「実は、父に御二人を紹介したく思いまして…」
「アンタのお父様ってことは、この国の王か」
「はい。ですが、父はまだ戻っていない様なのです。なので、父が戻るまでの間、お城を案内したいと思いまして」
「おぉ〜!いいじゃねぇか。なっ、ローズ」
ネーロはローズに視線を移す。
「えっ?…あぁ……うん……」
ローズは迷うように、ネーロとルチアを見る。
今日1日はこの城に宿泊することになったのだ。
どこに何があるかくらいは、把握しておいた方がいいのかもしれない。
「解りました。案内の方、よろしくお願い致します」
少し考えた後、ローズはそう言った。
するとルチアの顔が、途端に嬉しそうになる。
「はい!お任せください!」
こうしてルチアによる、バードピア城ツアーが開催された。
王室や大広間、浴場や厠の場所まで、ルチアは至極丁寧に教えてくれた。
「ここからは、お外に出ますね」
いったい何が嬉しいのか、彼女の足取りは軽く、表情は朗らかだ。
クラウドもまた、嬉しそうにルチア達の周りを飛び回っている。
「姫さんよぉ、やけに上機嫌だな」
ここでついに、ネーロがツッコんだ。
「フフフ。そうでしょうか?」
「ゴブリンから助けたとは言え、さっき会ったばっかの俺らに親切過ぎねぇか?いろいろと」
「私としては恩返しのつもりなのですが…、なんだか、楽しいのです」
ルチアは振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「……楽しい?」
ローズからすると、ルチアのその感情は意外なものだった。
ルチアは王族だ。
にも関わらず、素性の知れない旅人である自分をもてなしてくれている。
少なくとも、ソルブレアの王族はそんな面倒なことはしなかったし、嫌っていた。
恩があったとしても、使用人に全て任せていた。
だからこそ、今のルチアの”楽しい“という感情は新鮮なものだった。
「それでは、庭園に向かいます」
ローズとネーロは、ルチアに続く。
少し歩いたところで、背の高い植木の壁に辿り着く。
その真ん中が通り抜けられるようになっていた。
どうやらここが庭園の入り口のようだ。
「さぁ、中へどうぞ」
ルチアの案内で、ローズは中に入る。
「……わぁ」
思わず声が漏れた。
辺り一面、色とりどりの花が咲き乱れていた。
パンジーやネモフィラ、マリーゴールドやチューリップ等が植えられた花壇。
噴水には、赤や黄色や白の睡蓮。
鳥の銅像を囲うように咲く薔薇。
石畳の道に沿うように、一列に並んだツツジ。
ハナミズキやジャカランダのような花木まで植えられていた。
そんな花園を賑わせているのは、やはり鳥達。
馬車から見えた鳥の他、ウズラのような飛べない鳥まで歩いていた。
「こりゃあ見事だ」
ネーロですら感動している。
それくらいこの庭園は美しかった。
「フフフ。あそこでゆっくりしましょうか」
ルチアが案内したベンチに、ローズとネーロは座る。
ベンチの足元には、オウギバトが座っていた。
人に慣れているのか、逃げることはなかった。
目の前には、山吹が黄色い綺麗な花を咲かせていた。
「お花に囲まれて、鳥さん達が遊べる。そんな環境をイメージして造られました。ここまで造り上げるのに苦労しましたが、このお城自慢の庭園なのです」
「…美しいです。とても」
ルチアの説明に、ローズが反応する。
いつものポーカーフェイスが、心なしか穏やかになっている。
「ずっと見ていたいです」
「そう言って頂けて光栄です」
「お手入れも、大変ですよね」
「そうですね。私もお手入れを手伝っているのですが、土作りや剪定にお掃除…正直忙しいのです。ですが、庭師さんと一緒に頑張ってます」
ルチアは爽やかに笑ってそう言った。
その横顔を、ローズはチラリと見る。
目の前の花園は、ルチア達が一から造り出したもの。
人が造り出した自然の風景にも、また違った魅力があった。
「そういえば、近々植える予定のお花がありました」
そう言いながら、ルチアが立ち上がった。
それからローズに向き直る。
「ローズ様は、お花を植えたことはありますか?」
「ないです…」
「もしよろしければ、お花を植えてみませんか?」
「いいんですか?」
予期せぬ提案に、ローズは目を丸くする。
「はい。お花を植えるの、とても楽しいのですよ。ローズ様にも、是非ともご体験して頂きたく思います」
「やってみろよローズ。何事も経験だぜ」
ネーロもまた、背中を一押しする。
何事も経験…。
それは先生からもよく言われたことだった。
「…お花、植えてみたいです」
ローズは控えめにそう言った。
声は少し小さかったが、内心わくわくしていた。
ルチアはにっこり笑って頷く。
「解りました。ですがその前に、お着替えですね」
「着替え…?」
「はい。園芸はお洋服が汚れやすいので。園芸用のお洋服がありますから、是非そちらに」
「解りました」
ローズは頷き、ベンチから立った。
その時……。
「ッ…!!?」
ローズは異質な気配を感じ取った。
「ローズ様……?」
緊張で目が鋭くなったローズに、状況が読めないルチアは戸惑う。
それに対し、ローズの表情から何かを察したネーロが、ベンチから下りた。
「敵か?」
「多分」
どんな相手が来てもいいように、ローズとネーロは構える。
しかし、攻め込んできたのは何者でもなく…。
“ビュッ!!”
複数の黒い球体。
それらが突然庭園の中に投げ込まれた。
「マジか!!」
「ルチア様!」
「きゃっ!?」
球体が見えた途端、ネーロはベンチの下に素早く入り、ローズはルチアを抱えてベンチの後ろに飛び込んだ。
その直後…。
“ドォオオオオオオオン!!!”
1つの球体が爆発した。
土が、石が、花が、物凄い勢いで吹き飛んだ。
無論これで終わりではない。
“ドォン!!!ドォオオオン!!!ドォオオオオオオオン______!!!”
投げ込まれた球体は10発以上…。
その全てが、まるで連鎖するように爆発していく。
石畳の道が砕け、花が燃えがあり、銅像や噴水が形を失っていく。
「いったい何が……!?」
「ルチア様、伏せてください!」
頭を上げようとするルチアを、ローズは抑える。
「誰の仕業だ……!?」
ベンチの下から、ネーロは様子を伺う。
幸いなことに、ベンチの近くに球体が落ちてくることはなかった。
しかし、いつの間にか庭園に白煙が発生していた。
それをどうにかできる筈もなく、爆発が終わった頃には、先が見えない程に煙が立ち込めていた。
「ルチア様、お怪我はありませんか?」
「はい…ローズ様は、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ですが……」
ローズはベンチから顔を出し、表情を曇らせた。
視界が悪過ぎる。
それに、襲撃者がこれだけで終わらせるとは思えなかった。
「やられたな。これ下手に動けねェぞ」
「そうだね。……もしかして、犯人の目的って…」
「あァ、ルチアだろうな」
「私…ですか!?」
驚きの声を上げるルチアに、ローズは頷く。
球体がベンチの近くに飛んでこなかったのは、ルチアを傷つけないようにするため。
そして視界を悪くしたのは、ルチアを攫いやすくするためだろう。
「ごめんなさい、ローズ様、ネーロ様…。私のせいで……」
「ルチア様のせいではありません。必ずお守りします」
ローズは全神経を集中させた。
逃げる鳥達の羽音。
何かが崩れるような音。
空気が切れる音。
一つ一つの僅かな音を、聞き逃さない。
風に乗ってくる葉や花弁。
吹き荒れる砂埃。
煙の流れも見逃さない。
「ローズ様……」
心配そうにローズを見守るルチア。
そんな彼女の首目掛けて、後ろから手が伸びてきた。
「ッ_______!!!」
謎の手が届く前に、ローズが動いた。
その手を手刀で弾く。
そして、煙の向こうに強力な蹴りを入れた。
“ドッ!!!”
「ウ”ゥ”!!!」
腹を蹴り抜いた感覚があった。
手の主が小さく呻き、吹き飛ぶ。
その風圧で、煙が少し晴れた。
「………!!」
吹き飛ばされた襲撃者が、ムクリと起き上がる。
カーキのローブで全身を包んでおり、手も同色の手袋で覆っている。
背丈は成人男性程ではあるが、体型からして人間とは思えない。
頭部がその2、3倍あるように見えたからだ。
“ジャキッ”
襲撃者が、懐から2本のダガーを抜いた。
どうやら、力尽くでルチアを奪うつもりのようだ。
「ッ……!!」
ローズは徒手の構えを取る。
得意の双剣は、客室に置いてきてしまった。
相手のダガーの腕がまだ解らない上に、ローズが使えるのは素手のみ。
この状況は、ローズの方が不利だった。
“ビュッ!!!”
風を切るような音と共に、襲撃者がローズに襲い掛かった。




