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城内の訓練場では、13人の子供達が朝から訓練をしていた。
その中には、10歳にも満たない子も居る。
彼らは剣を振るい、魔法を唱え、競い合いながら、己の強さを磨いていた。
訓練場から聞こえてくるのは、気合いの入った声や剣を撃ち合う音、それからたまに爆発音
一生懸命に訓練に励むそんな子供達を見ながら、近くに居た2人の衛兵が会話をしていた。
「いや〜、朝からよくやるな。やっぱ子供は元気だなぁ。化け物級の強さが無ければ可愛いんたが」
「そりゃあ“王の槍”はそういう子供ばっか集められてるからなぁ。まぁ、味方な分心強いが」
「全員魔力持ちでどいつもかなり強力なんだよなぁ。本気出せば町一つ消し飛ばせる奴も居るって聞いたこともあるぜ」
「そりゃすげぇなぁ。俺もそんだけできればもっと出世してたんだろうなぁ……。いや、全員魔力持ってるってのは間違いだな」
「あ?そうなのか?」
「ローズだよ。ほら、あそこに居る」
一方の衛兵が指差したのは、木製の双剣を持つ白髪赤目の少女だった。
ローズと呼ばれた少女は、目にも止まらぬ速さで木剣を人形に撃ちつけている。
「ローズかぁ。名前は何度か聞いたなぁ。確か“赤い死神”なんて呼んでる奴もいたなぁ。あんな小娘が大層な異名貰っちまって。でも確かに、なんか不気味だなぁ。無表情だし。で、あの子が何だって?」
「“王の槍”の中じゃ、ローズだけ魔力が無いんだよ」
「えっ、そうなのか?でもかなり強いんだろ?魔力が無いってことは魔法が使えないんだろ?剣の腕は立つみたいだが、それだけで“赤い死神”だなんて呼ばれるか?」
「確かに剣より魔法の方が有利だよなぁ。……まぁ、とりあえず実力は見りゃ解るだろ。おっ始めそうだぞ」
2人の衛兵は、訓練場の方を向き直る。
丁度大柄の少年が、ローズに接近しているところだった。
「おいローズ!!」
大柄の少年がローズに突っかかる。
ローズは剣を動かす手を止め、振り返った。
「……なに?ダイン」
「さっきから木剣ペチペチさせやがってうるせぇんだよ!!邪魔してぇのか!!?アァん!!?」
「………。わかった、やめる。ごめん」
ローズは謝罪し、その場を立ち去ろうとした。
しかし、その態度も癪に障ったのだろう。
ダインと呼ばれた少年は、ローズの襟首を掴んで引き戻した。
「テメェ、ナメてんのか?」
「……ダイン?」
「俺は前から気に入らなかったんだよ!!その辺のガキすら使える魔法も使えねぇテメェと同格に扱われることがなぁ!!!」
ダインはローズを投げ飛ばした。
地面に激突する直前で、ローズは受け身を取る。
視線を上げると、ダインがガントレットを装備した両拳をガチガチと打ち鳴らしていた。
その度に火花が舞っている。
「テメェ調子乗ってるみてぇだからよぉ、解らせてやる。構えろや!!!」
「……うん、いいよ」
相変わらず抑揚の無い声で応えたローズは、人形の近くに木剣を置き、その傍に立て掛けていた双剣を手に取った。
その2本を鞘から抜き、ダインの前に立つ。
そして両方とも逆手に構えた。
2人が今にも戦い出す雰囲気を察してが、他の子供達が離れた。
訓練場の中心には、向かい合うローズとダインが残された。
「テメェのそのゴミみてぇな剣ごと焼き払ってやるよ!!」
ダインはそう言って、両拳を思いっきり打ち付けた。
すると両拳から炎が上がった。
「オラ死ねやぁ!!!」
ダインは燃える拳を振るい、襲い掛かった。
しかし、それでローズが戸惑うことはなかった。
燃える拳を軽々と躱し、双剣で止め、受け流す。
相手の攻撃を捌きながら隙を窺う戦法だ。
「んっ……」
ダインが大振りをかますところで、ローズはその拳を下から打ち上げた。
それから素早くガラ空きになった腹に前蹴りを食らわせる。
「げほっ!!」
ダインは苦悶の表情を浮かべて吹き飛んだ。
ローズは深追いすることなく、双剣を構えて次の攻撃を待った。
「テメェ、やっぱナメてるだろ……」
ダインはそうボソリと呟き、立ち上がる。
額には青筋が浮かんでいた。
苛立ちは完全にピークに達していた。
「殺す……ぶっ殺してやる!!!」
ダインは再び両拳を打ち付け始めた。
先程よりも強く。
より強く。
炎の勢いは最初よりも増していった。
そしてそれはダインの背より少し大きい火球へと形を変えた。
「消し飛びやがれぇ!!!!!」
ダインが火球を殴ると、それより小さいサイズの火球が飛び出し、ローズの方へと飛んでいった。
「うわっ……!」
ローズは少し驚きながらも、その火球を斬り払った。
「まだ終わってねぇぞ!!!」
ダインが殴る度に、火球が飛ばされていく。
まるで大砲のような威力のものが、連続で飛ばされていく。
ローズが立っている場所には、次第に煙が立ち始めていた。
ローズの生死が解らないにも関わらず、ダインはどんどん撃ち込んでいく。
それは元の火球が無くなるまで続いた。
ダインが拳を止めた頃には、向かい側はボロボロだった。
白い煙で覆われ、焦げ臭い匂いが立ち込め、木剣や人形が燃えている。
「おいおいやり過ぎだろ……。流石に死んだろありゃあ……」
衛兵の一人が呆然としながら呟く。
他の子供達は何も言うことなく、ただ煙の方を見つめていた。
「へっ、呆気ねぇなぁ」
“ヒュッ”
「ッ!!?」
勝負が決まったと思っていたダインは、風を切るような音を聞き、咄嗟に振り返った。
上方からローズが、自身目掛けて突っ込んてくるのが見えた。
「なっ!?テメ……!!!」
避けようとするが間に合わず、ローズの空中からの蹴りが額にヒットした。
再び吹っ飛ばされるダイン。
このままでは追われまいと、すぐに立ち上がろうとする。
しかし胸部を踏みつけられ、ダインの首を挟むように刃が当てられた。
顔を上げると、ローズが双剣を鋏のように構えていた。
「ローズ……テメェ……!!」
「私の勝ち。いい?」
「クソが!!!」
ダインが悔しそうに地面を打つ。
ローズは剣を下げると、ダインから離れた。
すると、どこからとも無く拍手が聞こえてきた。
「見事!実に見事!」
中年で王冠を被った派手な装束の男が、高笑いを上げながら訓練場に入ってきていた。
衛兵2人は思わず姿勢を正す。
彼こそがこの国、ソルブレア帝国の国王だ。
国王はローズの目の前まで歩み寄った。
「ローズ、貴様の活躍は伝わっておるぞ。その瞬発力から繰り出される、剣術と体術を組み合わせた戦法……。実に見事だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「しかしまさか、ダインにも勝るとはなぁ。魔力が無いと聞いた時はどうしたものかと思ったが、杞憂だったようだ」
国王はチラリとダインの方を見る。
ダインは舌打ちし、そっぽを向いた。
その態度に激昂することなく、国王は言葉を続けた。
「貴様ら“王の槍”は我が帝国の最高戦力!その自覚を持ち、これからも励むのだ!」
「「「「はい!!!!」」」」
子供達は元気よく返事をする。
国王はそれで満足したのか、ゆっくりとその場を後にした。
訓練を終え、ローズ達は城の通路を歩いていた。
この後は学者達による講義を受けることになっている。
「ローズ〜!」
後ろから、幼い少女が駆け寄ってきた。
ローズは振り返り、その空色長髪の少女を抱き留める。
「シンシア……」
「えへへ。ローズすごいね!つよいね!」
「うん、ありがとう」
ローズは頭を優しく撫でてやる。
シンシアは満面の笑みを浮かべた。
「シンシアも、ローズみたいにつよくてかっこいいおねえちゃんになりたい!」
「なれるよ、シンシアなら」
「ほんと〜?」
「うん。シンシアには、私が持ってないものたくさんあるから」
「??……よくわかんないけど、うれしいな!」
シンシアは嬉しそうに、その場でクルクル回る。
その様子を見て、ローズの表情が少しだけ緩んだ。
魔力を持っていないせいか、ローズは他の“王の槍”の子供達からはあまり良く思われていない。
しかし、シンシアだけはこうして仲良くしてくれるのだ。
なかなか表情に出ないが、ローズはシンシアの笑顔が好きだった。
シンシアといろいろ話しているうちに、ローズは自分の部屋の前に来ていた。
「じゃあ、教本取ってくるから」
「うん!ローズ、またあとでね!」
シンシアに手を振った後、ローズは自室に入った。
必要最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋。
しかし、この時だけは目を引くものがあった。
「………え?」
机の上に一匹の黒猫座っており、ローズを見つめていた。
窓が開いている。
どうやらそこから入ってきたらしい。
「入ってきちゃったの?」
「にゃ〜」
「ここ、何もないよ」
「にゃ〜?」
「……おいで。外に出してあげるから」
「遠慮しとくわ」
「そう……。………えっ?」
唐突に入ってきた生意気な男の声に、ローズは驚愕する。
その声が黒猫から発せられたものだと気づくのに、時間は掛からなかった。