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「……御礼、ですか?」
急な申し出に、ローズは目をパチクリとさせる。
「はい♪」
王女ルチアは、柔和に笑って返事した。
「クルッポー♪」
彼女の肩に乗る白い鳩も、歓迎するように一声鳴いた。
先程から、頭が追いつかない。
自分が助けた人物が一国の王女で、助太刀した騎士達はその護衛。
見返りなんて求めていない。
助けただけで、そのまま去るつもりだった。
まさか王女直々に、こんなことを言われるなんて…。
「いかがされましたか?」
「あっ、…えっと……」
「いいじゃねぇか」
答えに迷っていると、ネーロが横から口を出した。
「ローズ、ここは甘えとこうぜ」
「ネーロ…でも……」
「1日くらいは王族の世話になるのもいいだろ。高級料理にデカい風呂、温かい毛布が待ってるぜ〜」
ネーロは謎の誘惑をする。
ローズはそれには乗らず、首を横に振った。
「流石に悪いよ…」
「そんなことはございません。是非ともおもてなしさせてください」
今度はルチアが食い気味にそう言った。
ローズの背中を汗が伝う。
一国の王女に誘われてしまっては、簡単には断れない。
「ご心配なく。ご宿泊なら我が城をご利用ください。客室は多くございます故。ディナーもご用意させていただきます。御恩は必ず返す。我が一族の方針でございます」
「えぇと……」
「ほらほら、王女様もこう言ってるぜ。王族の好意を無碍にするのは逆に失礼ってモンだ。それに、いつモンスターが襲ってくるか解らねぇ森に泊まるよりはマシだろ?」
「……」
ネーロとルチアに挟まれ、甘い言葉を浴びせられる。
これによって、ローズはついに観念した。
「それでは…お言葉に甘えて……」
ローズは遠慮がちにそう言った。
しばらくすると、新しい馬車が数台走ってきた。
ローズとネーロは、ルチアの案内でそのうちの1つに乗った。
馬車の中には、木製のベンチのような椅子が2台と、その間に長方形の机。
まるで個室のようだった。
ローズとネーロ、それからルチアと白い鳩。
彼女達は、向かい合うように座った。
それから数分後、馬車はゆるりと動き出した。
「ローズ様は、今お幾つですか?」
「14…です…」
「14歳ですか!?まだそんなにお若いのに、お1人で旅をされているのですか!?凄いです!」
「おいおい1人じゃねぇよ。1人と1匹な」
ローズの隣で寝そべるネーロが、不満げに言った。
ルチアは興味深そうに、ネーロを見つめる。
「ネーロ様は猫ちゃんなのに、言葉を話せるのですね。お話ができる猫ちゃんと会うのは初めてです」
「まぁな。世界中で俺だけだろうよ。ちなみに、俺の方がローズより歳上だからな。年長者としてローズにいろいろ教えてやってんだ」
「ネーロ様、ご立派ですね!」
「だろ?」
ネーロは得意気に胸を張った。
その自慢話を聞き流しつつ、ローズはチラリとルチアの肩に乗る白い鳩を見た。
この鳩はローズ達に助けを乞い、ここまで連れてきた。
出会い始めは忙しなく鳴き回っていたのに、今ではルチアの肩の上で目を閉じている。
シュッと伸びていた首をしぼめていて、丸くなっている。
どうやら眠っているようだ。
「あぁ、この子ですか?」
ローズの視線に気づいたルチアが、白い鳩の頭を指で撫でた。
「この子はクラウド。私のお友達です」
「クラウド…。良いお名前ですね」
「ありがとうございます。この子、とても賢いんですよ。どんなに遠くへ行ってしまっても、必ず私の下へ帰って来られるのです。ね?クラウド」
ルチアは微笑み、クラウドの頬を優しくつつく。
「クル〜」
クラウドは、小さく間抜けに一声鳴いた。
返事というより、寝言のようだ。
「お昼寝の時はずっとこうで、私の肩を離れないんです」
「可愛いですね」
「ローズ〜、俺も可愛いだろ?」
「そーだね」
「思ってねぇだろ」
「フフッ」
適当のあしらわれるネーロに対し、ルチアはクスリと笑う。
それからすぐに、申し訳無さそうに右手で口を隠した。
「あぁ、ごめんなさい!つい……」
「いっ、いいえ。お気になさらず」
「つい…なんだよ?」
ネーロはニヤニヤしながら首を傾げた。
ルチアは気恥ずかしそうに、頬を赤くした。
「つい、微笑ましいなって、思ってしまったのです。お2人共、仲良しさんですね」
「そう…でしょうか?」
「まっ、俺達相棒だからな!」
「フフフ。ネーロ様とお話できるのが、なんだか羨ましいです。私も、クラウドとそんな風にお話してみたいのです。……あっ、国に入りましたよ」
馬車の扉に付いた窓から、外の様子が窺えた。
国の門を抜け、見えてきたのは石畳の道に、煉瓦造りの家々。
そんな景色の中を、いろんな種類の鳥が通り過ぎていく。
よく見ると、どの家にも鳥の巣箱が高い位置に設置されていた。
そして町を歩く人々の多くが、肩や頭に鳥を乗せている。
中には10羽以上の鳥を連れている者まで居た。
「これは……」
「何処も彼処も鳥ばっかだな」
「はい。この国の人々は、鳥さんと共に生きています。ほとんどの国民が、鳥さんを連れているのです。それが我が国、バードピア王国なのです」
「クルッポー!」
ルチアは瞳を輝かせながら語る。
いつの間にか、クラウドも起きていた。
国中を飛び回っている鳥達…。
ローズが知っている種類も、何羽か飛んでいた。
ツバメ、インコ、ヒヨドリ、コマドリ、メジロ、シジュウカラ、アカゲラ、マガモ、ハチドリ…。
それから、先生の名前にもなっているヒタキ。
ローズが知る鳥の名前の多くは、先生から教わったものだ。
「この国特有の文化ってところか。……てかよぉ、俺なんかが入国して良かったのか?猫は鳥を食うぞ。猫嫌いの愛鳥家も少なくないぜ」
ネーロが眉を潜めてルチアに問う。
「おっしゃる通りです。ですが、ネーロ様はローズ様の相棒ですので…。鳥さん達を食べないとお約束していただけるのでしたら、大丈夫です」
ルチアは指で「OK」のサインを作る。
その返答に対し、ネーロは呆れたように笑った。
「そういうことなら問題ねぇな。俺、その辺の分別はできてるからよ」
「ネーロが食べないように、ちゃんと見張っておきます」
「だ〜から!食わねぇっつってんだろ!」
「フフフ。お2人共、本当に仲良しなのですね」
「クルッポー♪」
馬車の中が賑わう。
つい先程出会ったばかりだというのに、ローズとルチア、ネーロとクラウドは、ほとんど打ち解けていた。
そして彼女達が盛り上がっているうちに、煉瓦の壁に囲まれた、大きな城が見えてきた。




