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「……ネーロ、本当にこっちなの?」
「安心しろって。問題ねぇよ」
「何を安心すればいいの…?」
ローズは眉をひそめた。
現在ローズとネーロが進んでいるのは、背の高いススキ林の中。
一本道を進んでいるうちに、いつの間にか入り込んでしまったのだ。
引き返そうと提案したのだが、「このまま行けばいい景色が見える」とネーロに言われ、そのまま進むこととなった。
しかし小一時間歩いても、周りの風景はススキだけだ。
「……迷ってないよね?」
「失敬だなぁ。俺の道案内は完璧だぜ?」
「道って言えるの?ここ」
「なんだぁ?そんなに大変か?」
「歩き辛いんだけど……」
ネーロはススキの間をスイスイと抜けていく。
それに対しローズは、ススキの茎がいちいち足に引っ掛かる。
歩き辛いことこの上ない。
そして、時々穂が顔にぶつかってうざったい。
さらに種が首を伝って服の中に入り、くすぐったくて気持ち悪い。
こんな道を歩かせるネーロに、軽く殺意を感じ始めている。
そんな心中を気にする素振りも見せず、ネーロは先に進んでいく。
「……おっ、着いたぞローズ。来てみろ」
「やっと?」
ネーロに呼ばれ、ローズはススキを掻き分けながら歩くペースを上げる。
それからようやく、ススキ林を抜けた。
「……わぁ」
目の前に広がっていたのは高原。
青空と白い雲の元、緑の草原が広がっていた。
その中に黄色やオレンジの花が混ざっており、草原の中だと宝石のように輝いて見えた。
高原の中心には大きな池ができており、空の色を反射していた。
そんな高原を賑わせているのは、馬の群れ。
しなやかな体躯の栗毛の馬達が、草を食べ、水を飲み、駆け回っている。
「ここは”メアープラトー“って言う高原だ。草木に加えて綺麗な水も流れてるからな、馬達が子育てのために集まって来んだよ」
「いい景色…」
「聞いてねぇだろお前」
日に照らされ、風が吹く度にキラリと光る草原。
そこを走り回る馬の親子。
何故かいつまでも見ていられる気がした。
兵士だった頃、勿論遠征で国外に出ることはあった。
しかし移動中は馬車の中で作戦を立てたり、戦闘のイメージトレーニングをしていたりで、自然の風景なんて気にすることは無かった。
途中馬車がモンスターに襲撃されることもあったが、やはり対処に夢中で景色なんて見てなかった。
もっと外をよく見ておけば良かったと、今になってローズはそう思うようになった。
「池があるだろ?そこまで行ってみようぜ」
ネーロがそう言い、池の方へと歩いていく。
「あっ…待って……!」
ローズは遅れて、ネーロの後を追った。
池のほとりに、大きく平べったくて座りやすい岩があった。
ローズはそこに荷物を置くと、その横に腰掛けた。
「疲れたか?」
「ちょっとだけ」
先に座っていたネーロにそう訊かれたローズは、脹脛を揉みながら応えた。
「もうちょいで夕方だ。今日はもうここ拠点にして休むもうぜ」
「うん」
「まずテント建てるだろ?それから火起こして、飯の用意だ。全部揃ってるか?」
「テントは折りたたみ式のがあるよ。火もマッチがあるから大丈夫。食料もある」
「なら良しだ。そんじゃあ早速テント建てようぜ」
「ちょっとゆっくりしてから。……ん?」
ほんの小さく、蹄の音が聞こえた。
ローズが顔を上げると、目の前に仔馬が居た。
人間が珍しいのだろうか。
尻尾を振りながら、戸惑うローズに顔を近づける。
「なっ…何……?」
「ほぅ…。『見たことない生き物』だとよ。人間に会ったことねぇんだな。ガキは馬でも好奇心旺盛だなぁ」
ふとローズは、仔馬の顔に手を伸ばす。
仔馬はその手の匂いを嗅ぎ、頬を擦り寄せた。
ローズはそれに合わせるように、仔馬の頬を撫でた。
すっかり懐いているようだ。
「ブルルッ!」
遠くから、低い嘶きが聞こえた。
それに反応した仔馬は、ローズの元から走り去っていく。
着いたのは、大人の馬の傍だった。
どうやらその馬が親のようだ。
「警戒されてる?」
「そうだなぁ。野生動物は昔から人間の狩猟対象だ。馬は食っても美味ぇし、手懐ければ足になる。あの親馬は人間様の恐さ知ってんだろうなぁ」
ネーロはそう言いつつ、群れに戻る馬の親子を見送った。
それから何事も無かったかのように草を食べ始めた。
「まっ、今くらいが丁度いい距離感ってこったな」
「そうだね」
ローズはしばらく馬の群れを眺めた。
平和で長閑な風景。
空気も美味しい。
こんな時間を過ごすのは初めてだった。
「ふあぁあああ!……眠くなるくらい平穏だな」
「うん。………ッ!!?」
僅かだが、突然空気が変化した。
ローズは勘でそれを読み取り、双剣に手を掛けた。
いくつか木を押しのけるような音がする。
そして遠くの林を掻き分け、巨大なモンスターが飛び出してきた。
5メートルを超すであろうその巨獣は、身体は熊だが、頭はフクロウのようだった。
巨獣は馬の群れに突進していく。
狙いをバラけさせるためか、馬達はバラバラの方向へ逃げていく。
やはりスピードなら馬の方が上なのだろう。
巨獣が狙いを絞っている間に、全頭遠くへ逃げていった。
「まぁ、あんだけ集まってりゃ捕食者も寄って来るわな」
「ネーロ、あの怪物は?」
「フクロウ頭の熊。ありゃぁ“オウルベア”だ。普通の熊よりデカくて凶暴な奴だな。ご覧の通り肉食のモンスターだ」
オウルベアは辺りをキョロキョロと見回す。
そしてその視界に、ローズとネーロが入った。
低く唸りながら、右前足を出す。
「ッ…!!」
「おっと、見つかったなぁ。オウルベアは目が良いんだよ。顔がフクロウだからな」
ネーロの解説を聞き流しつつ、ローズは双剣を鞘から抜く。
オウルベアが雄叫びを上げ、ローズ達に襲い掛かった。




