1-9
「ゼェ…ゼェ……」
「おいダイン、これ相当ヤベェぞ……」
「うるせぇ!!!」
崩壊した街中で、ダインは息絶え絶えになっていた。
眼前に居るのは、自分の背より遥かに大きなドラゴン。
金属のような硬い鱗。
コウモリのような大きな翼。
槍のように長く尖った角。
大鎌のように鋭い爪。
口元から燃え上がる炎。
まるで殺戮のためだけに造られたような姿だ。
何かに対して怒っているのか、それとも単なる暴走か。
ドラゴンの眼は、ギラギラと赤く光っていた。
「ガブリエラ…、僕もう限界だよ」
「やるしかないわ…。これが使命なんだから」
「畜生!他の奴らは何やってんだ!!」
この場に居るのは、”王の槍“に所属する4人。
風魔法を利用し、竜巻も起こせるウィン。
無数の剣を召喚でき、剣術を絡めた魔法を駆使するガブリエラ。
土魔法で大地を意のままにできるグラン。
そして、炎魔法を利用した破壊行為が得意なダイン。
”王の槍“の全メンバーは、現在13人。
遠征もないため、全員ソルブレアに居る筈だ。
にも関わらず、半分以上がこの戦場に来ていなかった。
”王の槍“は1人1人の強さが規格外。
最悪1人だけでもなんとかなる筈だった。
しかし現実を見ると、追い詰められているのは子供達。
目の前に居るドラゴンの強さは想像を超えた。
人なら食らえば跡形も無くなるレベルの攻撃を、このドラゴンは耐えて続けている。
何をやっても暴走が止まらず、そもそも攻撃が効いているかも怪しい。
ドラゴンの攻撃をギリギリで躱し、力を使い続ける子供達は既に消耗していた。
“ボォオオ!!!”
「ッ!!?」
子供達の隙を狙ったのか、ドラゴンが一瞬で炎を含む。
そしてそれを塊にして、ダインに向かって吐いた。
「ぐぅ!!!」
ダインは急いでガードの体勢を取る。
するとその瞬間、すぐ横から飛び出す影があった。
「なっ!?テメ!!」
飛び出したのは、ローズだった。
双剣を持ったローズは瞬時に体を回転させ、炎の塊を掻き消す。
そのままの勢いで、ドラゴンの鼻先に突っ込んだ。
”ガキン!!“
しかし金属音と火花を散らしながら、ローズは弾かれた。
上手く着地すると、近くに居たダインが因縁を付けに来る。
「おいローズゥ、助けられたと思ってねぇからなぁ!!」
「うん」
「つーか遅ぇんだよ!!!他の奴らは何やってんだ!!!」
「……ネオン、ハチェット、オリバーは死んだ」
「なんだと!?」
会話する2人に向かって、ドラゴンが迫ってきた。
しかし爪を突き刺そうとする瞬間、地面が盛り上がり、阻止される。
それから追い撃ちをかけるように、頬に向かって大量の剣が降り注いだ。
刺さりはしないものの、ドラゴンを後退させるには充分だった。
ローズとダインも、その隙を見て退いた。
「口喧嘩してる場合じゃねぇだろうがよ!」
「そうよ。けどローズ、来てくれて助かった」
グランとガブリエラが傍に来る。
少し遅れてウィンも合流した。
「えっと、さっき城の方で爆発があったけど、もしかしてそれで……?」
「うん…。3人ともダメだった」
「シンシアは?ローズいつも一緒でしょ?」
「シンシアは……今は動ける状態じゃないかも。精神的に」
「ハッ!!弱ぇ奴なんざ待ってられるか!!俺がぶっ潰す!!!グラン、テメェもやれ!!!」
「あっ!おいダイン!……ったく、しゃあねぇなぁ!!!」
これ以上の援軍は望めないと判断したのだろう。
ダインが啖呵を切り、拳に炎を纏ってドラゴンに突っ込んだ。
グランもそれに続く。
2人は暴れ回るドラゴンに、再び攻撃を始めた。
それを見るガブリエラの表情は、曇っていた。
ローズはそれが気になった。
「ガブリエラ、どうかした?」
「ダインは自信満々みたいだけど、正直倒せる気がしないの……」
「えっ…?」
「あのドラゴン、強いんだ」
ウィンが補足に入る。
「僕の風も、ガブリエラの剣も、ダインの炎も、グランの土魔法も効いてる感じがしない。力も強いから、このままじゃあいつに押し切られるかも」
「……確かに」
ローズは握った剣を見つめ、先程攻撃した時の感触を思い返す。
まるで金属でも殴っているかのようだった。
ウィンとガブリエラの言う通り、このまま続けてもジリ貧だろう。
戦い方を考えていると、少し離れたところから様子を見ていたネーロが走り寄ってきて、肩に乗った。
「あのドラゴン、相当ブチギレてんな。なんでキレてんのかいまいち聞き取れねぇ……」
「えっ!?」
「猫が、喋ってる……?」
「今は気にすんなガキ共」
突然現れた人語を話す黒猫に、ガブリエラとウィンは驚く。
ネーロはそれを慣れたように流す。
ローズはそれよりも、ネーロの言葉が気になった。
「解るの?ドラゴンの言葉」
「まぁな。でもあの状態じゃ上手く聞き取れねぇな。たまにブチギレると何言ってるか解らねぇおっさん居るだろ?それと一緒だ」
「大分違うと思うけど……」
「とにかく、倒せねぇなら怒りの原因なんとかして帰ってもらうしかねぇな。あのドラゴンは強ぇうえに執念深ぇ種類だから、一筋縄じゃいかねぇだろうが……」
「そう言われても……」
怒りの原因を知っているのは、ドラゴンだけだろう。
そのドラゴンも、我を失っている状態だ。
なんとかネーロがドラゴンの声を聞き取れるようにしなければならない。
しかし、どうやって?
攻撃は効かないどころか、怒りを増幅させるだけだろう。
とはいっても、放っておけば被害も大きくなる。
ローズにとって、これ程難しい任務は過去には無かった。
「チッ!」
「ぐあっ!!」
あれこれ考えを巡らせているうちに、ダインとグランが吹き飛ばされてきた。
2人は地面を転がり、ローズ達の足元で止まる。
「ゼェ…ゼェ……!!調子乗りやがって!!あんのクソドラゴンが!!」
凄んでみせるダインだが、息が上がっており、体もボロボロの状態だ。
得意の炎魔法も使い続け、既に限界がきているのかもしれない。
グランも同じだ。
考える余裕を、ドラゴンは与えてくれないらしい。
“グルル……”
ふとドラゴンが、遠くの方に視線を向けた。
何か気になるもの、あるいは気に障るものがあったのだろうか。
ドラゴンはその方向に走り始めた。
「なに…?」
「……ッ!!まずい!そっちはダメだ!」
そう叫んだウィンが風を纏い、ドラゴンが向かった方に飛んでいった。
ガブリエラの表情にも焦りが出る。
ネーロはそれを見逃さなかった。
「おい嬢ちゃん、あっちに何かあんのか?」
「あっちは、街の人達が逃げてる方向なの!」
ガブリエラはそう言ってウィンの後を追った。
「おいローズ!」
「うん!」
「ダイン、止めなきゃマズそうだぜ!」
「待てやクソドラゴン!!」
ローズ、ネーロ、ダイン、グランもまた、後に続いた。
兵士達は国民の避難に負われていた。
1人1人が焦っている。
現在ソルブレア帝国が受けている被害が、過去最大のものだからだ。
そもそも襲撃なんて滅多に無い。
国は高く厚い壁に囲まれており、四六時中見張りが付いている。
そのため他国の襲撃にも、瞬時に気づくことができるのだ。
攻めてきた敵兵達を、圧倒的な力でねじ伏せる。
兵を送り込んだ国も攻め落とし、支配下に置く。
それで終わりだ。
しかし、今回の襲撃者は空から入ってきた。
それにより、壁に守られて平和だった街は、一瞬にしてパニックに陥った。
既に犠牲者が数百人出ている。
それでもまだ生きている人間を救うために、兵士達は奔走していた。
「え〜〜ん!」
人々が逃げ惑う中、1人の少女が泣いていた。
まだ5歳くらいだろう。
周りに親らしい者もいない。
近くに居た兵士が、少女に駆け寄る。
「お嬢ちゃん、1人かい?」
「えぐっ、うえっ、……パパとママ、居なくなっちゃった〜!!」
「それは辛いな。けどここは危ない!逃げよう!」
兵士が女の子を抱き上げる。
その時、急に地響きが聞こえてきた。
「ッ…!!まさか!!」
兵士の予感は当たった。
地響きは次第に大きくなる。
それから石畳の道を荒らし、建物を薙ぎ倒しながら、ドラゴンが姿を現したのだ。
「嘘だろ!?」
突然のドラゴンの襲来。
それを目の当たりにした者達は、一般人兵士問わずパニックになった。
悲鳴や怒号が飛び交い、人々が我先にと四方八方逃げ惑う。
中には女性や老人を押し退けてまで逃げる者も居た。
その光景に刺激されたのか、ドラゴンは無差別に炎を撒き散らした。
人々が燃え、一瞬で黒焦げになる。
建物が倒れて、逃場がいくつか塞がれた。
ドラゴンの登場によって、場は地獄と化した。
「くそっ!どうしろってんだ!?」
少女を抱く兵士もまた、混乱していた。
自分はいいからせめてこの娘だけでも。
そう思ってどこか安全な場所を探すが、見つかる訳がなかった。
そうしていると、体に寒気が走った。
いつの間にかドラゴンが、目の前まで迫っていたのだ。
無慈悲にも、ドラゴンは兵士に向かって火を吹いた。
「うっ……!!!」
兵士は死を覚悟した。
だがその時、小さな竜巻が兵士と少女を攫った。
それによって、ドラゴンの火は外れる。
竜巻は2人を巻き込んだまま、どこかへ飛んでいった。
代わりにドラゴンの目の前に現れたのは、ウィンだった。
「こっ、来い!僕が相手だ!!」
これ以上誰も殺されないよう、ウィンはドラゴンの注意を自分に向けさせるため、攻撃を始めた。
空気で刃を作って飛ばした後、暴風を浴びせる。
ドラゴンは踏ん張り、暴風を耐える。
「……よし!…このまま!……ッ!!?」
このまま誰も居ないところへ吹き飛ばす。
そのつもりだった。
しかし、ドラゴンは徐々にウィンの方に迫り始めていた。
「くっ!……うぉおおお―――――――――!!!」
ウィンはさらに風量を強めた。
風に曝された石畳や建物がバラバラになり、吹き飛ばされる。
ドラゴンの体も少し押し戻された。
それでも地面に爪を突き立てているせいか、思いっきり吹き飛ばせない。
そのうえウィンも消耗しているため、この暴風を維持できない。
1分も経たないうちに、風は止んだ。
ウィンは前のめりに倒れ、息を荒げた。
その背中を潰そうと、ドラゴンが前足を上げる。
「ウィン!!」
そこへ大剣を持ったガブリエラが飛び出し、ドラゴンの前足を打った。
斬ることはできなかったものの、前足をウィンからずらすことはできた。
さらにそこへローズが双剣で畳み掛ける。
首を打つと、反撃が来る前に素早く下がった。
ネーロ、ダイン、グランも追いつく。
「流石だな、ローズ」
「逃げてんじゃねぇぞドラゴンコラァ!!!」
「これ以上暴れさせるかよ!」
そこから、ローズ、ガブリエラ、ダインが近距離から総攻撃を始めた。
グランも遠くから土で作った棘を発生させ、攻撃する。
時折ドラゴンはバランスを崩す仕草を見せるが、それでも決定打に至らない。
ネーロはその様子を、物陰から見ていた。
「やっぱ喚いてばっかで何言ってるか解らねぇ。動きを止めるしかねぇが、難しいだろうな……。クソが」
目を凝らし、耳を澄ますが、怒りの原因を聞かせてくれない。
ネーロはこの状況に、もどかしさを感じていた。
そんな中、ウィンがゆっくりと立ち上がる。
「はぁ…はぁ……僕も………やらない…と……」
ウィンを動かしたのは、責任感だった。
皆戦っているのに、自分だけ寝ている訳にはいかない。
その思いがウィンを立ち上がらせた。
魔法の使い過ぎで、体は限界を迎えていた。
それでも力を振り絞り、右掌に竜巻を作った。
そこに風の刃を混ぜ、ドラゴンに向かって放った。
竜巻は大きくなりながら、猛スピードで進んでいく。
だが、ウィンのこの気力だけで起こした行動は間違いだった。
「ッ!?」
「うおっ!?」
ドラゴンの傍に居たローズとダインはすぐさま避ける。
しかし、ガブリエラは反応が遅れてしまった。
「えっ……」
気づいた時には、ガブリエラは竜巻に巻き込まれてしまった。
物凄い速さで振り回され、体をズタズタに切り裂かれる。
「あっ……えっ…?」
狼狽えるウィンの目の前で、竜巻からガブリエラが放り出された。
意識はとうに無く、そのままグランが作った土の棘に落下する。
”グサッ“
子供達の目の前で、ガブリエラは串刺しになった。
棘が背中から腹にかけて貫通し、大量の血が溢れ出ている。
体が死を受け入れられていないのか、ピクピクと痙攣していた。
「ガブリエラ……!」
「チッ!」
「おっ…俺が棘を引っ込めとけば……」
突然の仲間の死に、子供達は衝撃を受ける。
特にショックを受けていたのは、ウィンだった。
「あっ……あぁ…」
ウィンにとって、ガブリエラは姉のような存在だった。
気弱な自分を、いつも引っ張ってくれていた。
少し強引なところもあったが、強くて優しい自慢の姉貴分だった。
そんなガブリエラが、死んでしまった。
自分の判断ミスのせいで。
「うわぁああああああああ―――――――――!!!!!」
ウィンはその場で発狂した。
泣き叫ぶ声に刺激され、ドラゴンがさらに暴れる。
「ウィン!」
「あんの馬鹿が!!」
ローズとダインが助けに入るが、その動きが視界に入ったのだろう。
ドラゴンがあたり一面に炎を吐き散らかした。
「熱っ…!」
「うおおおおおおおお―――――――!!!!!」
ローズは屋根の上に避難したが、ダインはそのまま突っ込んだ。
「近づけない。………ッ!!?」
屋根の上から、ローズは見てしまった。
辺り一面火の海にされ、逃げ遅れたグランとウィンが燃えていくところを。
2人共、ガブリエラの死によってすぐに動けなくなっていた。
そのガブリエラも、今じゃ黒焦げだ。
「おらぁ!!!」
ダインは炎を纏った拳で、顔面を殴った。
殴った箇所が爆発し、不意を突かれたドラゴンの体が傾く。
もう一発かまそうと、拳を構える。
しかし、パニックになったドラゴンが暴れ、爪に弾かれた。
「チッ!この野郎!!!」
なんとかガントレットで防いだダインが再び向かっていくが、ドラゴンの暴走が止まらない。
まともに攻撃を当てられず、弾かれ続け、ダインだけが傷ついていく。
「ダイン!一回退いて!」
ダインもまた頭に血が登っているようで、ローズの声も届かない。
「食らいやがれぇえええええ!!!!!」
渾身の一撃を狙ってか、ダインは全身に炎を纏う。
それから猛スピードで突っ込んでいった。
だが運が悪いことに、ダインの目の前にあったのはドラゴンの尾だった。
「ッ!!!?」
鞭のようにしなる巨大な尾で、ダインは打たれる。
そして炎を纏ったまま、遥か遠くへ吹き飛ばされてしまった。
「ダイン……」
あっという間に、ローズは一人ぼっちになってしまった。
途端に不安が過る。
ダイン、グラン、ウィン、ガブリエラ。
この4人が一緒でも敵わなかった相手だ。
1人で勝てる気がしなかった。
体勢を立て直したドラゴンが、遠くを見る。
このまま放っておくと、また国民を襲うだろう。
ローズは剣を握る手に力を籠めた。
できるかできないかじゃない。
やるしかないのだ。
死ぬ気でやるしか。
これは任務だから。
「やるよ。先生」
覚悟を決めたローズは、思いっきり屋根を蹴った。
一瞬で頭上を取り、思いっきり双剣で打つ。
ふらついたドラゴンに、さらに追撃する。
鼻先、首、右前脚、胸、横腹、翼、腰。
ドラゴンが追い切れない速さで双剣を当てていく。
ネーロは怒りを沈めて帰らせることを提案していたが、そんな方法も余裕もない。
翻弄させるには充分だったが、ドラゴンの全身を覆う鱗は硬く、やはり倒すには至らなかった。
「はぁ…はぁ……」
それでもローズは攻撃を止めなかった。
息を切らしながらも、今度は攻撃を横腹一箇所に集中させる。
いくら硬くても集中して叩けば、砕けると思ったからだ。
スピードをパワーに変え、突進を繰り返す。
だが、無茶な攻撃に耐えられなかったのだろう。
“バキッ!!”
「ッ!!?」
20回突撃を繰り返したところで、双剣が折れた。
二対の刃先が宙を舞い、地面に転がる。
双剣が折れたことでローズはバランスを崩し、転んでしまう。
転がったままなのは、危険だ。
すぐに立ち上がったが、目の前にダインを吹き飛ばした尾が迫ってきていた。
ローズは素早く地面を蹴って後ろに跳んだが、尾先が僅かに腹に当たった。
なんとか踏ん張ったものの、吐き気を覚える。
「うっ…!ゲホッ!ゴホゴホ!」
内臓にダメージが入ったのだろう。
ローズはその場で吐血した。
咳が止まらず、折れた剣を落とし、膝を付いてしまう。
(ダメだ。動かないと……。次が来る……!)
ローズは苦痛に耐え、前を見る。
ドラゴンは口に大量の火を含んでいた。
(燃やされる……逃げなきゃ………)
解っているのに、足が動かない。
ドラゴンは容赦なく、ローズに向かって火を吹いた。
”ドッ!“
「ぐぅっ!?」
火が届く直前で、ローズはいきなり横から突き飛ばされた。
何が起こったか解らず、反射的に衝撃が来た方を見る。
そこに居たのはシンシアだった。
“ゴォオオオオオ――――――――――!!!!”
唖然とするローズの前で、シンシアの姿が火炎に消える。
最期にシンシアが見せたのは、安心したような笑顔だった。




