プロローグ
「何だよ…、何、なんだよ……コイツ……!?」
戦場の真ん中で、兵士はそう呟いた。
威勢よく剣と盾を構えているものの、全身が震えている。
言葉も上手く出ず、歯がガチガチと鳴って噛み合わない。
その原因は、目の前の光景にあった。
血を流して倒れている、約10人の仲間の兵。
手足が斬り飛ばされている者、急所を刺されている者、顔の半分が無くなっている者……。
既に全員が絶命していた。
そんな死体や落ちた武器の中心に立っているのは、双剣を持つ白髪の少女だった。
その少女は真紅の瞳で兵士を見据える。
年端も行かない小柄な少女。
しかし兵士は少女に気圧され、思わず一歩後退った。
少女は表情一つ変えず、兵士に近づいていく。
「くっ……来るな……来るなぁ!!!」
兵士の叫びに動じることなく、少女は歩みを続ける。
するとその途中、さらに仲間の兵士が3人現れ、少女の背後を取った。
少女相手に必死な顔をした3人は、一斉に斬り掛かった。
“ザシュッ!!”
肉を斬る音が辺りに響いた。
血が吹き出し、雨のように降り注ぐ。
その惨状を見て、兵士はまた震え上がった。
血の雨を浴びているのは、少女の方だったのだ。
首を刎ね飛ばされた3人の体が、ゆっくり倒れる。
そしてそのうちの一人の首が、兵士の足元に転がってきた。
その表情は、少女に斬り掛かった時のものと変わらなかった。
きっと殺されたことにすら気づいていないのだろう。
「うっ…うわぁ!!……ヒャァアアアアア!!!!」
兵士は情けない悲鳴を上げた。
成人し、戦闘訓練を受けた10人以上の男が、まだ10代前半くらいの少女1人に惨殺されるこの状況。
おかしい。
ありえない。
恐い。
兵士の頭の中は、恐怖や困惑で埋め尽くされていく。
気づけば、少女は目の前に立っていた。
全身返り血塗れで、綺麗な白髪も赤黒く染まっている。
しかし少女は気にすることなく、双剣を構えた。
「こっ……この……化け物がぁあああああ―――――――――!!!!」
兵士は叫びながら、剣を振り上げる。
だがそれが振り下ろされることはなかった。
剣を持つ腕は、すぐに斬り落とされたのだ。
そして痛みに悶える暇を与えることなく、少女は躊躇なく兵士の首を落とした。
兵士の表情は、最期まで恐怖一色だった。
“パンッ!パンッ!パンッ!”
少女が兵士の顔を眺めつつボーっとしていると、戦場に発砲音が鳴り響いた。
空を見上げると、赤い煙が小さな雲のように漂っていた。
少女は無言で2本の剣を鞘に収める。
その赤い煙は、少女が属する軍の勝利を意味していた。
戦場の所々で、歓声が上がり始める。
「………」
戦争に勝利したにも関わらず、少女の表情は変わることはなかった。
ただ頬に付いた血を拭いながら、自軍の本拠地へと戻っていった。
戦争から数日後。
壁に囲まれた大きな国の前を、黒猫が訪れていた。
金色の目で、門を見つめている。
しばらく経つと門が開き、行商人が乗る馬車が出てきた。
商人は門を守る兵士と少し話した後、馬車を動かした。
「ニャァ」
馬車が近くに来たところで、黒猫は可愛らしい声で鳴いた。
それに反応し、商人は馬車を止める。
黒猫は身軽な動きで馬車を登り、商人の膝の上に乗った。
「おぉこれはこれは、可愛いらしい猫だなぁ。どうした?ついてきたいのか?」
商人は相当動物好きなのか、優しくそう言いながら黒猫を撫でた。
黒猫はフワ〜っと欠伸をしてから、口を開いた。
「わりぃけど遠慮しとくわ」
「なっ!?」
商人は驚いて手を離した。
黒猫の口から、生意気な男の声が飛び出してきたのだ。
「しゃっ…喋れるのか……?」
「あ?猫が喋っちゃダメなのか?おっさん」
「おっ……おっさ……」
「ンなことより、ソルブレア帝国ってのはあそこか?」
黒猫は前足で、商人が出てきた国を差した。
「あっ、あぁ……そうだが…」
「そうか」
黒猫はそれだけ言うと、馬車から飛び降りた。
商人はその姿を追おうとしたが、黒猫の姿はもうどこにも無かった。