第87話 ナス天、お前もか!
「半兵衛お前! どうしてこんな事を!? 」
後方へ控える兵達に矢を射掛けさせた竹中半兵衛に向かって怒鳴りつけるが、全く悪びれる様子も無い。むしろ愉快といった表情でそこには歪んだ感情が見え隠れしているような気がした。
「膠着状態を上手く切り抜けての上洛、こたびの三好との同盟成立。同じく策を用いる者としてこの半兵衛、足利幕府方にて策略を用いている者にどうしても興味が沸きましてな」
「そこをワシが上手い事声を掛けてやった、っちゅうワケだがや」
半兵衛の後方、他の馬に乗っている者より頭1つ低く見える猫背の貧相な男がだみ声で自慢げに語る。だいぶ昔には遡るが、この声は聞いた覚えがある。
「……木下藤吉郎」
「藤吉郎様は今では秀吉様と名乗っておられます」
「河野島じゃワシの用意した一夜城をよくもボロボロにしてくれたのぅ。せっかくの秘策を見してやったっちゅうのに、裏切られた気分じゃったわ……でもまあ、これでおあいこっちゅう事じゃの」
ずっと根に持ってたんだな、あの策を見破った事。確かにあの場では俺以外にアレがハリボテだって事を知ってる者は居なかったハズだから『俺のせいで秘策を台無しにされた』って気付いたのだろう。
「半兵衛、いつからだ?」
「秀吉様……殿はもう何年も前から事あるごとに我が元へ参られ、お誘いになられてました。3年になりますかな?」
「4年じゃ4年。三顧の礼どころか10回は駿河に参ったわ」
そんなに前からしつこく潜入工作を仕掛けていたのか。全然気付けなかった。
「初めは大言壮語ばかりで無視しておったのですが、本当に上洛を果たされた辺りで気になりまして」
「じゃから言ったじゃろう?ワシは有言実行じゃと」
俺を無視して二人で愉快そうに笑い始めたところに刀を抜いて斬りつけるが、目の前に横槍を突き入れられて防がれる。
「っと、今のは中々良い狙いだったっすね」
「……カニ、お前までそっちに付くのかよ」
「ダンナには悪いけど俺、美濃の出身なんだ。まだ幼い妹や弟やおっかぁの身を盾にされちゃ仕方ないよ」
今度はギリリ、と弓の弦を引く音が耳に入る。俺の斜め後ろ辺りから。
「ナス天、お前もか」
「東国よりも京の近くで戦乱に身を置いた方が名声を得られそうだからな。悪く思うな」
「お前がそういう男なのはわかっていたさ」
マグロが素早い動きでナスに斬りつけるが姿勢を反転して即座に逃げる。カニも俺の刀を弾いて半兵衛を守るように回り込む。半兵衛・カニ・ナス。裏切りが発覚するまで『頼りになる味方』だと思っていた仲間が秀吉を守る形で俺に刀を向けている。その事に少し心が痛んではいるが、今はそれどころの状況ではない。
「長政殿、申し訳ない。俺のせいで窮地に陥ってしまって」
「なんの、元より窮地は一緒。さてどうなさるかな?」
「この援軍に突撃して裏門に向かうよりは表門の方が味方は多い……んじゃないかな」
「気が合いますな。俺もそう睨んでおり申した」
長政はそう呟くと背後の兵にアイコンタクトを送り、一歩背後へと下がる。すると背後に控えてた一団は槍を構え、すぐさま半兵衛たちの方へと突撃を開始した。
「赤尾・海北・雨森!! 出来るだけ多く時を稼げ!」
「いまさら大将が城内へ逃げ込んだとてこの城は落城したも同然! 踏みつぶせ! 」
すぐさま秀吉も兵たちに指示を出し対応する。たちまち大勢の兵がぶつかり合う音が溢れ、怒号と剣劇の音がこだまする中を俺と長政は背後をマグロに守られながら人の流れと反対方向へと向かった。
城内に逃げ込むと勘違いしてもらったなら都合が良い。火の手が上がっている正門側なら敵も突破は出来ないハズだ。イチかバチか、そこを狙う!
正門近くで馬に跨り、消火活動にあたっている浅井の重臣たちに作戦を伝えて精鋭ばかりを100騎程度だが集めて馬に乗らせて支度をさせる。目的はただ一つ、当主の浅井長政を何とか無事に逃がす事。それだけだ。
「磯野・中嶋、先陣を切り活路を開け! 」
「殿……どうかご武運を」
「直経、俺が城から逃げおおせたらさっさと降伏しろ。命を惜しめ! 命あればいずれまた浅井の名を再興も出来よう」
見送りに立つ将へそう告げると長政は先陣の二人に目配せをする。そして先陣を切る30騎ほどが全速力で半分焼け落ちた正門へと突撃して突っ切り、その後に俺達が続いた。
「磯野様! 」
「我らは突っ切る! 援護せよ! 」
門をくぐった先には、まだ生き残った騎馬軍団が少しでも敵兵を正門に近付けさせないようにと戦っていた。こちらの姿と指示を確認して敵兵の進路を遮ってくれる。
「待て! 逃がさんぞ小童! 」
そこに立ち塞がったのは織田家の鬼・柴田勝家。
「殿! ここは我らが抑えます。早く! 」
磯野・中嶋とよばれた浅井家の武将二人とマグロが数騎の味方を連れ、勝家と向き合う。この状況下でマグロが離れるのは厳しいが、あんな化け物じみた猛将を抑えられるとしたらマグロしか居ないだろう。
そうして城門前を突破し、敵兵を倒しながらようやく小谷城の山道を抜けて視界が開けた所で聴いたのは、耳をつんざくような無数の爆発音。その音と共に味方の騎馬の多くが倒れ、俺の乗った馬もその場に倒れ込んで馬の上から振り落とされた。地面に叩きつけられる衝撃を感じながら、なんとか体勢を立て直し身体を起こしている最中にようやく遅れて「さっきの音は鉄砲で撃たれたのか」という事に気付く。
「長政殿、大丈夫か!? 」
「え、ええ。何とか……」
「ふん、仕留めそこなったか」
「貴様……信長! 」
ヨロヨロと起き上がった俺達の目の前には、燃え盛る炎の中で馬上からこちらを睨みつける一人の男が立ちはだかっていた。




