第86話 まさか過ぎる信長軍の奇策
その報告はこの城に着いたばかりでまだ戦う心構えの出来ていない俺には衝撃的なモノだった。
「本日夕暮れ過ぎ、敦賀金ヶ崎城に向かっていた足利義昭軍のうち一部の騎馬隊が南下、この小谷城へ向かっているとの報告です」
「なんだと!? 一体何奴だ? 数はどれくらいか?」
「数にしておおよそ3千から4千程度、旗印からして織田信長本隊かと」
馬鹿な!? 信長は今回の越前朝倉攻めの総大将として4万の軍勢を引き連れていたハズだ。それをほとんど残して抜けてくるなんて常識的に考えたら普通ではない。
「ほう、相変わらず無茶苦茶な奴よ。逆にこちらから攻め入る必要が無くなったわ」
それを聞いても動じることなく『あの男ならやりそうだ』くらいの表情を見せる長政。何だろう、自分の力だけで一代で下剋上を成し遂げた大名ってのはどいつもこいつも、こんなに奇抜なアイデアが普通のものなのか?
「ご報告! 織田信長勢、賤ケ岳を抜け、城下に火を放ちながらこちらに迫っております!! 」
続けてやって来た伝令は、もう既に小谷城の目と鼻の先まで信長軍が迫っている事を告げる。
報告の数字が正しければ信長の軍勢は騎馬ばかりが多くて4千。となればウチの騎馬隊と数に変わりはないハズだ。そこに浅井家の軍が加わってこちらは城があるメリットも考えれば、決して勝ち目のない戦いではない。
「ここはワシらが打って出ましょう!殿と浅井殿の手勢は敵が劣勢となった隙に後方より参られよ」
「先陣、頼めるか?俺達もすぐに出る」
「なんの。我ら【はま騎馬軍団】が天下の【武田騎馬軍団】にも劣らぬ事、見せつけて参りましょう」
その勇ましい言葉を信じて田中さん達、はま騎馬隊3千にまずは先陣を切ってもらう事にする。小谷城からも騎馬2千が出撃。山城であるメリットを駆使して、俺達は弓での援護射撃だ。
「まさか、これ程とは……」
「おのれ信長め、逆らった俺に対する仕打ちがコレか!! 」
外に出てみると琵琶湖のほとりに広がる小谷城の城下はこれでもかという位に火の手が上がり、燃え盛っているのが見えた。いかに戦国時代とはいえ占領した後で自分の領地にした時の事を考えれば、領民の恨みを買わないよう町に火をつけるようなことは最小限に留めるのがこれまでの鉄則だ。だというのに信長は、城下に住む者を一人たりとも生かしてはおかないというレベルの焼き討ちを行っていたのだ。
そして燃え盛る町を背に城門へと続く登り坂を続々と騎馬で駆け上って来る一団こそ、信長の居る本隊だろう。松明を持つ者の数こそ少ないが、馬の蹄の音からその数は決して少なくない事が伺える。
「はま騎馬隊、出撃! 奴らを踏みつけてくれる!! 」
騎馬隊長の田中さんを先頭にウチと浅井軍の騎馬隊の合わせて5千が続々と城門を出て、その迎撃に向かう。櫓からは援護射撃するように松明を持つ織田軍に向け矢を射かけてはいるが、暗さのためかそこまで損害を与えられていない。
真っ暗な中で松明を狙うなら狙いも定まるが、それよりも燃え盛る町の炎の方が明るいので目くらましになっているのだ。そこまで計算ずくで焼き討ちを行っているとしたら信長軍は大した策略だと思う。人道的には全く賛同は出来ないやり方だが。
それでも少しでも打撃を与えたいと思って矢を放ちながら、しばらくは敵味方が激突して槍や刀がはじけ合う金属音がこだまするのを見守っていたのだが、段々と金属音が近くなり城へ近づく敵兵の数が増えてきているのが分かった。
高低差・兵の数・質全てこちらが上回っていると思っていたのに押されている……のか?はま騎馬隊だってそんなに弱くは無いハズなのに。
「ヌハハハハ!! ぬるい! こんな程度の兵で幾つもの修羅場をくぐり抜けたこの鬼柴田を止められると思うてか!! ワシを止めたければ本物の武田騎馬軍団を目の前に連れてこい!! 」
近付いてくる蹄音の先頭に立つ大男が、2メートルはあろうかという巨大な薙刀を振り回して味方の騎馬隊をバタバタと切り刻みながら迫って来る。聞いた話が正しければアレが信長軍最強の武将、柴田勝家か。まるで化け物か何かみたいな強さだ。
味方が押していたら追撃に出るためにと開かれたままだった城門が閉じられ、何とか敵軍の侵入は阻んだものの敵の騎馬兵は腰に下げた革袋をドサドサと城門前に投げ捨てて切り返す。何かと思いながらも近付けずにいると次の瞬間、それらの上に松明が投げ込まれて一気に城門前の一帯が火の海に変わる。油を撒いて引火させたって事か。まさかそんな方法で城門を突破してくるとは思わなかった。
「全軍で消火にあたれ!! 」
「ダメです! 火の廻りが早すぎて間に合いません」
「殿!裏手門に美濃北方城主・安藤守就どのと竹中半兵衛殿が援軍3千を引き連れ来ております! 」
「すぐに会う! 裏門を開けよ」
何とか間に合ってくれたか半兵衛! 城に籠るにしても逃げるにしてもここで援軍はありがたい。表門の消火活動の指揮を任せ、早速に長政と共に裏門に向かう。
「寿四郎どの……」
「半兵衛! 助かった。何か使える策を……」
「殿!! 避けてくだされ!! 」
裏門から入ってきた半兵衛に早速話し掛けてる所をマグロから急に腕を引っ張られて後ろ側へよろめく。何事かと体勢を立て直すとなんと……俺が立っていたハズの場所には無数の矢が刺さっていた。




