第74話 ヒャッハーさん達って、ほんとにヒャッハーって言うんだな。
参照:登場する船の大きさ あくまで独自目安です。
小早……漕ぎ手10名 乗組み戦闘員約20名
関船……漕ぎ手60名 乗組み戦闘員約150名
安宅船……漕ぎ手100名 乗組み戦闘員約300名
魚兵衛丸……漕ぎ手200名 乗組み戦闘員約500名
小田原から魚兵衛丸に乗り込み、大船団で速度を合わせて東へ進むこと三日。三浦半島の先、三崎城の沖合を越えた所で帆が畳まれ、いよいよ敵である里見家の房州水軍と北条家の領地の境界線、浦賀水道へと入る。
三浦半島と房総半島の間にあり江戸湾の入り口である浦賀水道は、海にしては運河のような狭い水路になっていて横幅は大体10kmほど。なので大きな船が横並びに一度には入れないような構造になっている。その上から運河とは違って地形が入り組んでいるため、何度も切り返しを余儀なくされるのだ。
さらに戦略面で考えるなら浦賀水道を進んで中ほど、房総半島側が突き出た岬の根本付近に里見家の現在本拠地である佐貫城があり、引き返した場合には出口側に房総半島の先、里見家の代々の本拠地であった稲村城がある。大軍で攻め寄せるデメリットとして、狭い水路で立ち往生を食らうと挟み撃ちに遭う危険性が高まる。どおりで戦力では大きく上回るはずの北条軍が苦戦するわけだ。
「これより先はいつ、どの方面からも奇襲が来るものと考えよ。松千代丸が先頭、伊豆千代丸は安房からの挟撃に備え後方で、縦列に長い輪形陣を展開するように。そう全軍へ伝えよ」
氏康は忙しそうに配下からの報告を受け、またあちこちに伝令を飛ばしている。ウチの魚兵衛兄も大声で周りの船に檄を飛ばし、船団を切り盛りしていた。
「取り舵いっぱい! 船速弛めるな!! おう野郎ども!! ちゃんとついて来れてるかー!」
「大丈夫っすよアニキ、そんだけデカい声なら船団中に聞こえてらぁ! 」
「そりゃ違えねえな、たしかに! 」
近くで聞いてると手持ちメガホンでも通してるんじゃないか?って音量で叫びながら冗談を飛ばし合う魚兵衛兄とヒャッハーさん達。確かにこの音量なら漁船同士の連絡用無線とか無くても問題なく連携取れるわな。だからヒャッハー軍団ってのは声がデカいのか。
「さすが東国の海では名を知らぬ者の居ないと聞く魚兵衛殿じゃな。船団の統率が完璧に取れておる」
「おうよ。まあ海賊王の俺様にかかれば何処の海でも庭みてぇなモンさ」
え、マジでそんなに凄い人だったのウチの兄上!? 漁師・海賊連中に顔が利くただの釣りバカだと思ってたわ、ごめん。
「ほう。そんな魚兵衛殿から見て此度の海戦、どう捉えるか?」
「そうだなぁ……言っちゃ悪ぃケド北条の海軍は数こそ多いが、足の遅ぇ関船が多いし漕ぎ手は戦にゃ素人。俺らの言葉で言えば『ウスノロ』だ。
それに対して房州海賊って奴らは小早が中心で、漕ぎ手まで腕っぷしが強くて船の取り回しも速い。陸で言えば狼の群れみてぇな連中だって思っていい。ほっときゃどんどん船を乗っ取られるぜ。」
おいお~いそこまでボロクソ言っちゃって大丈夫かよ!? と思ったが事実、船団の前側では既に戦端が開かれているようで怒号や伝令の喧騒が聞こえてくるが、完全に混乱しきっているのかこちらには戦況を伝える伝令がやって来ない。そして戦局は恐らく、良い状況ではないようだ。
「だが安心しな、その為に俺が来た。船伝いに前線まで行って奪われた分の船は俺らが取り戻す。
そういう戦い方はな、俺ら海賊衆の方が武士より上だってトコ、見せてやるぜ! 」
言うが早いか後ろに詰めていた海賊衆全員に聞こえるような大声で叫ぶ。
「野郎ども! ここが俺らの出番だ!!
今からあの一番遠くに見える船まで渡って取られた分の船を取り戻す!
相手は房州海賊だ、気ぃ抜くなよ!!」
魚兵衛兄の一声で途端に甲板の上は騒がしくなり、船の上から梯子を降ろして近くの小早へ我先にと飛び降りていく銛を手にした海賊衆たち。その誰もが活き活きとした顔をしており、これから戦場へと向かうようには思えなかった。
むしろ「ヒャッハーようやく待ちに待った獲物だぜぃ♪」なんて言葉を発している若者も居る。ヒャッハーさん達って、ほんとにヒャッハーって言うんだな。
「寿四郎よ。ワシは天下泰平を目指しておるが、あのような者どもの生きる場も奪ってはならないとも考えておる。そなたはどうじゃ?」
急に難しい問題を氏康から突き付けられ、しどろもどろになる。確かに、戦が全く無くなればヒャッハーさん達の居場所は何処にも無くなるんだろう。でも、戦が続いて欲しいとだけは絶対に思えない。じゃあ、どうすればいいんだろうか?
「ははは、まあ良い。今のそなたにはちと難しすぎるか。だが心に留めておけ。
戦無き世が本当に誰もが生きやすい場であるかどうか、では本当の天下泰平とはどういうものかをな。
それを考え続ける事こそが、主君の役割であるとワシは思っておる」
そう呟く氏康の顔には憂いが滲み出ている。
だがその時、そんな氏康の頬を掠めるように一本の矢がこちらに放たれた!!




