第37話 ザ・ラストバトル・オブ・今川
永禄7年(1564)6月。
俺達は高天神城を出立して5里(約20キロ)磐田と呼ばれる地に集結していた。蹴鞠王子こと今川氏真を総大将として朝比奈信置・泰朝・岡部正綱・元信・そして俺、浜寿四郎を前衛の大将とした総勢1万2千の軍勢。天竜川を挟んで曳馬城までは3里(約12キロ)の位置に布陣する。
それに対して曳馬城に立て籠もった松平家康率いる三河勢は8千。そのうちの6千が城の周囲で迎撃に当たる構えらしい。敵の主だった将は大久保忠員と忠俊、その息子の忠世・忠佐・忠寄・忠勝。全員大久保姓で同じ旗印に同じ具足の色。さらにほぼほぼ背格好まで一緒ときてる。ハッキリ言って全然見分けがつかなくて紛らわしい。これも作戦の一種なのか?
「まさか貴様と対等に馬を並べて共に戦う日が来るとは思わなかったぞ」
ニヤリと笑いながらヤスが言う。俺もまさか近習組揃い踏みになるとは思わなかった。先に命を落としたトミーにも此処に居て欲しかったな。
「この戦を勝利した後、我らがこれからの遠江・駿河を支えるのだ!誰一人としてこの戦で命を落とす事、許さんぞ!! 」
ノブが叫び、それに皆が呼応する。そうだ! こんなところで死んでたまるか!!
「殿はわが命に代えても必ずお守りいたします。私から離れてはなりませんよ! 」
馬から振り返り井伊直虎が言う。そう、今回の戦の前、我が浜家の家臣団にも変化があった。駿府での戦いのMVP、大潮勘八郎を是非家臣に引き入れたかったのだが
「拙者は更なる強さと戦いを求めて流浪する身なれば、誰にも仕えぬと決めているのです」
と断られてしまった。代わりに当家に加わったのが井伊家の女当主、井伊直虎だ。
駿府で蹴鞠王子を助けた際、一緒に保護した者に3歳ぐらいの男子が居た。王子の嫁である早川御前と居たからてっきり王子の息子かと思っていたのだが、それが井伊家当主の遺児・虎松だった。
「この御恩、我が命に代えてもお返しいたしまする」
直虎は戦が落ち着いてすぐに駆けつけ、そう言うと俺に付いてきてくれることになった。曳馬城攻略戦が片付いた後、井伊谷城を奪い取った奸臣・小野道好を討つのに力を貸すという条件付きで。
「よし、全軍で渡河を開始する! 一丸となって離れるな!! 」
王子の号令で陣形を崩さずに一気に川を渡る。初夏に差し掛かって水位の減った天竜川は騎馬の部隊で渡るのはそれほど難しくなく、それにくっつく様にして徒歩の兵も流されずに渡り切る。馬筏という作戦らしい。行軍速度は落ちるが、確実な作戦だ。
「殿!! 我らは渡河に時間がかかるゆえ、後ほど合流いたします!! どうかご武運を!! 」
いつもより大袈裟な感じの荷駄?に乗った軍監が後ろから叫ぶ。鉄砲は火薬を使う都合上、やむを得ないのだろう。
渡り切ったところに早速、大久保勢が襲い掛かる! こちらの方が兵の数は多いはずだが、まだ川を渡った所から陣形を建て直せていない中での強襲なので部隊によっては押されている。数は多くないのに籠城を選ばなかったのはコレを狙ってたからか!! しかも敵の主だった将が全員似たような格好なので、どこら辺の誰を狙って攻撃すればいいか、さっぱり分からない。対してこちらはどうするかと振り返ると
「元信! 正綱の部隊にもっと近付け! 二隊で協力して正面を撃破。」
「ノブ! 突出したヤスの右後方を守れ! 寿四郎はヤスの左に並んで突破だ! 」
なんか王子が軍配を掲げ、指示を矢継ぎ早に飛ばしている。それに反応した隊は動きが円滑になり、敵の戦列を押し返し始めていた。何この神采配能力!? お前こんなん隠してたんかいッ! と驚いていると王子はニヤリと口元を上げ、こう言った。
「唐の国には鞠を奪い合い相手の球門に蹴り入れる蹴鞠というものがあると聞いてな。貴様らの動きならガキの頃から分かっておるゆえ、鞠を前線の優位と考えれば容易いものよ。寿四郎! この好機を逃すな!! 正面がガラ空きぞ!! 決めて参れ!! 」
まさか蹴鞠がそのまま戦の采配スキルに直結するとか誰も思わんだろ普通!? だが言われて振り返るとヤスが突破しようとしている敵陣の左、大久保勢の居並ぶちょうど正面が守りが手薄になっている。その後方には大久保の総大将と思われる老将が僅かな騎馬を伴って後退していた。サッカーならまさにここがキラーパスの通る唯一のルート、氏真ジャパン先制点獲得の勝負所っ!! て感じだ。
「浜隊、総員突撃! 狙うはあの旗印の元に居る大久保忠……なんだったかしらんけど総大将だ!! 」
俺は家臣たちに号令をかけ、馬を前方に駆る!! 俺を囲うようにマグロと直虎が両脇に付き、後方から何騎もの味方兵が押し寄せてくる。こちらの勢いに気付いて年老いた将とその取り巻きは慌てて踵を返す。
「親父殿が狙われておるぞ!! 全軍後退して城に入るまで守れ!! 」
大久保(息子)の一人が叫ぶと前線が後退し、即座にこちら側に向かってくる。だがこちらの味方も続々と集結し、敵味方入り乱れての大混戦となった。進行方向に立ち塞がる敵兵と斬り結びながら城の虎口へと後退していく総大将を守る一団に少しずつ距離を詰める!! 間に合うか!?
しかしその時、大きな甲高い音が鳴り響き近くの地面が跳ねて何騎かの騎馬が崩れ落ちる。城の方を見上げると、塀にくり抜かれた窓のような所から突き出した鉄砲の筒先から煙が上がっていた。これでは鉄砲を警戒してこちらの兵は近付けない。その間に敵の総大将は虎口から城に入ろうとしている。それを指をくわえて見ているだけしかない、のだろうか? なんとか防げないものか!?
「殿ー!!! 間に合いましたぞー!! 」
軍監の声がして振り向くとそちらの方からとんでもない爆音がして次の瞬間、今度は曳馬城から何かが炸裂するような大きな音がする。何事かと思って見ると軍監の脇にある荷車に乗せられていたのは砲身の短い大砲・大筒だった! いや、この時代にそんなモンあったっけか!?
「小原が一味の蓄えていた火薬により、数発ですが使うことができるようになりました! 第二砲、いっきまっすぞー!!! 」
また大きな音がして曳馬城の一部に穴が開く。大久保隊の総大将と思われる一団は虎口から入城したが、逆に城内からは続々と外に這い出して逃げる人々の姿が見える。そしてその中に見える、配下に馬に乗せられている全身金色の鎧を着た男。松平家康! ちょうど1年前にここで小春の命を奪った張本人だ!!
アイツだけは絶対に許さん!! そう思って虎口に馬を進め、城に突入しようと手綱を握る手に力を込めた所で目の前に軍配がスッと差し出された。
「まだ早まるな、逃げた所を確実に包囲して仕留める!!
モトとマサは左に回り込んで海側、ヤスと寿四郎は右だ! 寿四郎はそのまま進んで裏手側を押さえよ。俺とノブで正面口は固める。こうなれば袋のネズミだ」
王子が冷静な判断で突入ではなく出口を塞いでの殲滅をチョイス。てかアンタ、それだけ戦場で采配を揮えんだったら最初から発揮してたら良かったんじゃね?
「なんだその顔は?『出来るなら最初からやれ』とでも言いたそうだな? 前にも言ったが俺は血生臭い戦などより蹴鞠の方が好きなんだ。だからこれを最後の戦と決めている。それに……お前らみたいに俺を信じてちゃんと動いてくれる者だったから、ここまで上手く戦果が上がったのだ。今まで父上譜代の家臣を率いても俺の策が発揮されることは無かったからな」
俺の聞きたい事をそのままスラスラと答えてくれる王子。これで戦から引退するなんて勿体ないとは思うが、他ならぬこの時代に来て最初の友人にして主君の望みだ。叶えてやるぜ!
俺はヤスと共に曳馬城の正面虎口から右側に進み、そのまま裏手の虎口へと周り込んだ。




