第3話 異世界転生?いいえただの生き地獄ですね
「貴様!若のフリをして何を企んでいる!?」
背後を取られ、先程のやり取りがウソのような冷たく低い声で耳元で呟かれる。首筋にヒヤリとする感触の何かが押し付けられ、それが刃物であるという事に気付いて危機感を感じるのに数秒かかった。
「ひいいいいいいっ」
「静かにしろ! こちらも屋敷を血で汚したくはない。黙って全部白状するなら殺しはしないでおいてやる。だが!! 」
小声だが確かに殺気が含まれた口調と共に首筋に当てられた腕に力が入る。おそらく皮一枚分ぐらいだが切られた部分にひりつくような痛みが走る。
「わかった! 分かりましたからっ!! 」
「だーから大声出すんじゃないと言っているだろう?手短に答えろ。ウチの若なんぞに化けて何のつもりだ?」
何のつもりか!? なんてこっちが聞きたいぐらいだ。このシチュエーションはさすがに後輩女子社員が話してた異世界転生ではありえないんじゃなかろうか。
ドキドキワクワクのファンタジー大冒険どころか、意味不明な状況のまま別の意味でドキドキのスリルしか味わえてねーんだが!!
ともあれ下手な嘘をついたら本当に喉笛搔っ切られそうだし「転生してきましたー♪」なんて正直に言っても信じては貰え無さそうだ……どころか首斬られるなコレ。
なので、気が付いたら浜辺にこの身体で倒れていた事、それ以前の記憶は別の誰かだったはずだが、ほとんど覚えていないという事にして説明してみることにした。
「はぁ!?別の人間から乗り移っただと!?そんな馬鹿な話信じられるか!! 」
首筋に当てられた刃物は食い込まないように加減しながら背中の辺りに鋭い膝蹴りを入れられる。
痛い! めっちゃ痛いよ小春さん!! 大人だから泣かないけど子供なら泣いてるぐらい悶絶する痛さだ。
あ、今の身体は中学生ぐらいだから泣いても良いのか、やらんけど。
その後は蹴飛ばされて畳に転がされ、通路に繋がる障子戸は閉められて刃物を押し当てられながら「本当の事を言え!!」と迫られ、説明を繰り返すと「信じられるか!」と殴られ蹴られるという、まさに昔の刑事ドラマの取り調べを再現してるみたいな地獄だった。
何より怖いのは顔とか目立つところには一切傷は付けられなくて、そんな徹底した仕打ちを仕掛けてるのがベテランぽい尋問官でもヤ〇ザでもなくどう見ても中学生くらいの女の子だというところ。
こえぇよマジで、アンタ何者だよ小春さん。
「しかし確かに【魂を移し替える】とか妙な術が使えるなんていう婆さん、昔どっかで出くわしたことがあったな……おい貴様、本当に若の身体なんだな?変装とかではなくて。」
何度目かの「信じられるかっ!!」からのバイオレンスの後、思い出したように呟いて顔やら鼻やらを掴んで引っ張り出す小春さん。
だから違うって言ってるでしょうが耳とか引っ張るの普通に止めて!!
その後こちらが抵抗できる意思ゼロなのを良い事に腕やら足やら胴体やらまで引っ張ったり捻ったりを一通り試してみて(マジで腕とか外されるかと思った)
「これだけ試しても化けの皮を剥がせないとなるとしかし……貴様の言い分を信じてみるより他になさそうだ。」
と彼女は呟いた。
いや気付くまでにコレは明らかにやりすぎよね。現代の警察でも誤認逮捕なら裁判沙汰だし、そういう経験はないけどマフィアにでも捕まったのかとおじさん思ったわ。
「しかし、そうとなれば貴様には当家の若として、他の者にバレぬよう振舞ってもらわねばならぬな!! 」
「はひ?」
「朝まではまだたっぷり時間はある! 一夜漬けなのは不安だがウチの若としてどう振舞えば良いか叩き込むから全部覚えろ!! 」
拷問的取り調べからの一夜漬けで替え玉として仕込まれるとか……
いやいやいや切り替え早すぎだろアンタ!!
こっちは殴られ蹴られで身体がボロ雑巾状態なんで、無実が証明されたからには休ませて欲しいんだが。
なんて俺の心の叫びは言葉にできるはずもなく、その昔新入社員だった時に2泊3日の社員研修で『社訓』やら『社会人としてのマナー』やら『営業の心得』やらを全部丸暗記させられた地獄を思い出しながら、その日は一睡もできないままで朝を迎える事になった。
転生? 2日目。
昨日はワケもわからず変な事に巻き込まれて最悪な一日だと思っていたが、今日も同じくらい最悪な一日だった。
「いやぁ、天気に恵まれて良い出立日和でしたなぁ!殿!!」
館を出てすぐ、飼い主に尻尾を千切れんばかりに振る犬のように小〇伸也似改め多羅尾(父)が弾んだような声で言う。
なーにがお出かけ日和だよ、こちとらお前の娘のせいでほぼほぼ一睡も出来てない上に全身アザだらけだぞ、オイぃ!? お前ん所の教育、どうなっとんじゃい!!
「浮かれる話ではないぞ、多羅尾よ! 寿四郎が殿と若殿のお気に召して頂けねばこの話も無くなるかもしれんのだ!! 寿四郎、殿への挨拶の準備はしておるな!? 」
仏頂面を変えずに馬を並べたオヤジが大声で怒鳴りつける。
本人にしてみれば馬の蹄音や風の音が五月蠅い分大声出してるだけで怒鳴ってるつもりじゃないかもだけど、そんなトーンで叫ばれたら徹夜明けの頭にガンガン響く。
あーもう、ちゃんとやるから怒鳴んなよ、ただでさえ頭痛いんだから。
「あーおほん、これなるは東駿河国衆、浜家が四男、浜 寿四郎にござりまする。
本日は今川治部大輔義元様にご拝謁賜り大変恐悦至極にございます。」
猛烈な眠気で脳はほぼ機能していないが条件反射で答える。昨日の夜中にこのやり取りは何十回も復唱させられたからな。ファーストフード店のメニュー読み上げ反復練習かと思ったわ。
「うむ、よかろう!では当家の成り立ちについても殿に説明できるな?」
模範解答の読み上げ成功に気を良くしたオヤジは次の質問を浴びせてくる。
その後はこの家の成り立ちから家族構成、駿河の情勢や今川家の事まで根掘り葉掘りちゃんと答えられるかの質問攻めに遭う事になる。
正直寝落ちして馬から転げ落ちないように意識を保つだけでこっちは精一杯なのだが、ほぼ脳死で昨日丸暗記させられた内容を順番に応えた。
俺が転生したこの「はま家」は元々地元の漁師だったのが腕っぷしを買われて豪族になり、地域がまるっと今川家の支配領域になった時にそのまま今川家の家臣ってことになったらしい。腕っぷしだけで成り上がった家柄なんだな。まさに下克上、って感じだ。
家族は元服した兄が3人と俺の4人兄弟、全員男子で数年後には長兄の寿太郎が当主の座を継ぐ予定だそう。まだ誰も会ってないんだが昨日は居なかったんかな。
その他、家臣と呼ばれるのは昨日居たおっさん達と住み込みの侍女(というか手伝いのオバちゃんみたいな感じかな)も含めて50人ほど。
転生前の現代社会でいうと従業員50人っていうとそこそこの会社だ。
有限会社ぐらいの感じだろうか。もちろんその上に中堅会社的な「城主」とか「有力武家」ってのが居て、その上となると社員規模3万人の一大企業『今川家』ってことになるんだが。
そんな大企業の御曹司に付き人程度とはいえ、下請けのそのまた下請けみたいなトコの小倅が「今日からここで働かせてくださいっ!!」って大丈夫なんだろうか?
何年も前に見たジ〇リ映画の、転生して名を奪われて意地悪魔女の経営する風呂で働かされる幼女の話を思い出しちまったよ。なんだったっけな、アレ。
「寿四郎!! 殿は、義元様は大変気難しいお方じゃ! ほんの少しの間違いもお許し下さらんじゃろう! 本当に大丈夫か!? 」
ひとしきりの質問と回答を何とか全問ほぼ正解でやり終えたところで親父が汗を拭いながら訪ねる。俺からしたらこの親父も海賊の親分みたいな屈強の男で充分怖いのだが、そんな奴ですら不安で焦るぐらいおっかない大社長なんか、今川義元ってのは。
俺の脳裏に名前の一部を奪って奴隷にする意地悪魔女が再び浮かんだ。
『寿四郎っていうのかい?贅沢な名だねえ。
今からお前の名前は寿司だ!!
分かったら返事をするんだよ!! 寿司!!! 』
とか……ないよな。
「殿!! 大丈夫でございますとも! この多羅尾、若が昨夜遅くまでご挨拶を稽古しているのを聞き及んでおります。」
馬の手綱を握りながら横で歩くタラちゃんがフォローを入れる……ってか、聞こえてたんだったらお前の娘が「やり直し!!」だの「寝るんじゃない!最初から!!」だの俺に怒鳴り散らしてたのもバッチリ聞いてやがったんじゃねえか! 放置かよ!
「それなら大丈夫だとは思うが……寿四郎!! 殿への挨拶からやり直しじゃ」
タラちゃんのフォローも意味なく、質問攻めがまた最初から繰り返される。そんなやり取りを結局何度も繰り返されながら目的地に着いたのは日もだいぶ陰った夕方前の事だった。
ま、そのやり取りは結局全部無駄になったんだけどね。
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